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王都
運命の日③
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◆
「やあアキオ君、この間ぶりだね」
「先生、こんにちは」
「その後どうだい?体調など崩していないかい?」
「はい。おかげさまで、弱音を吐きながら元気にやっています。体も心も」
「それはとても健やかだね。困ったことがあれば何でも言ってね。
……さて、さっそく本題に入ってもいいかい?」
「おねがいします……」
拳にギュッと力を込めていると、大きな手が優しく背に触れた。隣を見上げる。
差しかけた霧がすっと晴れて気分が楽になった。
「君の脚についてだ。診断が遅くなってすまないね」
「そんな…お忙しいのにありがとうございます」
「単刀直入に言おう。
アキオ君が今後生活する上で……杖が不要になることは無いと思う」
空気が揺らいだのがわかる。部屋全体の空気だ。背に触れる指には不自然に力が入り、珍しくジルさんも動揺しているのが伝わる。
「つまり、完治することは無い、ということか?」
「そういうことだ」
「何故だ!私の処置が悪かったのだろうか。何か無茶な動きでもさせてしまったのか」
ジルさんが声を荒げる。彼の足にも力が入っている。立ち上がりたいのを必死に我慢しているようだ。
「いいや、司令官殿。あなたの処置は的確だ。マッサージもリハビリも。さすが、衛生部の講習を毎度トップで修了しているだけのことはある」
「では、何故……」
「むしろ、よくここまで回復したと驚いているくらいだ。
アキオ君。君は幼い頃から長い時間をかけて、傷付いては治りを繰り返した。その蓄積に加えて、このたびの事件が決定打になったんだろう」
「そう……ですか。分かってはいました。子供の頃からの怪我はただの怪我じゃないって」
「アキオ……」
大丈夫。僕は大丈夫。
でも、ずっと迷惑をかけ続けるのは……
だめだ。何を考えても堂々巡りに陥る未来が見える。何も考えないように脳を押さえ込むと息が苦しい。
八方塞がりになった僕に、先生はさらにこう続けた。
「……実は、それだけじゃなくてね」
「まだ何かあるのか?」
「ああ。ほんの微量ではあるけれど、アキオ君の体から魔力が確認できた」
魔力。
コーデロイ先生から僕とは縁遠い単語が出た瞬間、思考の活動能力が限界を迎えたように頭の中でパラパラと崩れた。
考えることを諦めた途端に、少し楽になった。
「どういうことだ。王は、アキオからは魔力を感じ取れないと」
言葉にできない疑問をジルさんが投げかけてくれる。
僕には今、何がわかるのか何がわからないのか、わからない。
「国王陛下が魔力を感じ取れなかったのは、アキオ君から発生している魔力ではないからだろうね」
「魔力の出所は、アキオではないということか」
「そうだ。あくまで纏わりついてるって感じかな。それも精密に検査しなくちゃ分からないほど微量に」
「なるほど、それはつまり……」
ジルさんが何かを察したような顔をする。何のことだかよくわからない。
先生はこう続ける。
「これはあくまで予想だけど……
召喚術は、体が切り裂かれるほどの衝撃を打ち消しながら発動するといわれているだろう?
アキオ君が受けたダメージは召喚による魔力で、そのダメージが君にいまだに纏わりついているんだと思う。実際にそういう人を見たことはないけど、さまざまな文献にある異界人の症状とほぼ一致している」
「………」
ジルさんは静かに下を向いている。何かを考えているのか、何も考えられないのか、どっちだろう。
「これで君が誰かから故意に召喚された可能性は、ほぼ確実といっていいだろう」
………ああ、
そうか。
わかった。
今まで僕は、召喚されたという事実の不安定さに気づいていなかった。
どうやってここに来たのか。この世界の歴史と照らし合わせてどうやら『召喚』というものらしいと無理矢理に理解しようとしたけど、それは憶測に過ぎなかった。
でも、今その憶測が事実だとわかった。
「先生……ありがとう、ございます。
ジルさんも、ありがとうございます」
「アキオ君……大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
「無理をするな」
「無理は、してないです。何故だかわからないけど……本当に大丈夫なんです。
少しだけ悲しい気持ちはあるけど。それよりも、不確実だったことが明らかになったことに、なんだかとても安心しています。晴れやか、というか」
不思議だ。
歩けないのは悲しいけど、なぜか大丈夫。
誰に、なぜ、いつ召喚されたかはまだ分からなくてとても不安だけど、なぜか大丈夫。
「それに何より……ジルさんが作ってくれたこの杖を手放さなくていいと思うと少しだけ嬉しいんです。なんだか、おかしな気分です。悲しいのに嬉しい。複雑だけど、嫌じゃない」
「アキオ……」
ジルさんも先生も、困っている。困った顔で嬉しそうに笑ってる。
人間の感情って難しいんだなあ。
「じゃあ、まあ、アキオ君がそう言うなら、いっか」
コーデロイ先生から、お茶目な1ウインクをいただいた。空気に似合わない明るく軽い声が僕の心を軽くした。
そっか。人間の感情は難しいようで簡単なんだ。
嫌なら良くない。
嫌じゃないなら、いい。
「はい。いいです!
あ、でもリハビリは頑張りたいです。動かなくなっちゃうのは怖いから」
「そうだね。少しは動かしておいた方がいいだろう。リハビリを受けたくなったらいつでも来て。まぁ、最高司令官殿がいるから大丈夫だろうけどね」
「ジルさん、何でも知ってます。とても頼りになります」
「アキオ君のために、それはそれはたくさん勉強しておられるからね」
「コーデロイ医師、アキオに余計なことは……」
ジルさんが言葉を詰まらせた。
今日は珍しいことだらけだな。
「これはこれは申し訳ございません。
…おっと、もうこんな時間。部下に呼ばれていたんだった。毎度突然呼び出してすまないね。あっ、魔力の件は私が独断で調べたことなので安心してくれ。他の隊員には、アキオ君の出自について何も伝えていない」
「いつも助かっている」
「コーデロイ先生、ありがとうございます」
先生は笑顔でひとつ頷き、光を放って消えた。
「やあアキオ君、この間ぶりだね」
「先生、こんにちは」
「その後どうだい?体調など崩していないかい?」
「はい。おかげさまで、弱音を吐きながら元気にやっています。体も心も」
「それはとても健やかだね。困ったことがあれば何でも言ってね。
……さて、さっそく本題に入ってもいいかい?」
「おねがいします……」
拳にギュッと力を込めていると、大きな手が優しく背に触れた。隣を見上げる。
差しかけた霧がすっと晴れて気分が楽になった。
「君の脚についてだ。診断が遅くなってすまないね」
「そんな…お忙しいのにありがとうございます」
「単刀直入に言おう。
アキオ君が今後生活する上で……杖が不要になることは無いと思う」
空気が揺らいだのがわかる。部屋全体の空気だ。背に触れる指には不自然に力が入り、珍しくジルさんも動揺しているのが伝わる。
「つまり、完治することは無い、ということか?」
「そういうことだ」
「何故だ!私の処置が悪かったのだろうか。何か無茶な動きでもさせてしまったのか」
ジルさんが声を荒げる。彼の足にも力が入っている。立ち上がりたいのを必死に我慢しているようだ。
「いいや、司令官殿。あなたの処置は的確だ。マッサージもリハビリも。さすが、衛生部の講習を毎度トップで修了しているだけのことはある」
「では、何故……」
「むしろ、よくここまで回復したと驚いているくらいだ。
アキオ君。君は幼い頃から長い時間をかけて、傷付いては治りを繰り返した。その蓄積に加えて、このたびの事件が決定打になったんだろう」
「そう……ですか。分かってはいました。子供の頃からの怪我はただの怪我じゃないって」
「アキオ……」
大丈夫。僕は大丈夫。
でも、ずっと迷惑をかけ続けるのは……
だめだ。何を考えても堂々巡りに陥る未来が見える。何も考えないように脳を押さえ込むと息が苦しい。
八方塞がりになった僕に、先生はさらにこう続けた。
「……実は、それだけじゃなくてね」
「まだ何かあるのか?」
「ああ。ほんの微量ではあるけれど、アキオ君の体から魔力が確認できた」
魔力。
コーデロイ先生から僕とは縁遠い単語が出た瞬間、思考の活動能力が限界を迎えたように頭の中でパラパラと崩れた。
考えることを諦めた途端に、少し楽になった。
「どういうことだ。王は、アキオからは魔力を感じ取れないと」
言葉にできない疑問をジルさんが投げかけてくれる。
僕には今、何がわかるのか何がわからないのか、わからない。
「国王陛下が魔力を感じ取れなかったのは、アキオ君から発生している魔力ではないからだろうね」
「魔力の出所は、アキオではないということか」
「そうだ。あくまで纏わりついてるって感じかな。それも精密に検査しなくちゃ分からないほど微量に」
「なるほど、それはつまり……」
ジルさんが何かを察したような顔をする。何のことだかよくわからない。
先生はこう続ける。
「これはあくまで予想だけど……
召喚術は、体が切り裂かれるほどの衝撃を打ち消しながら発動するといわれているだろう?
アキオ君が受けたダメージは召喚による魔力で、そのダメージが君にいまだに纏わりついているんだと思う。実際にそういう人を見たことはないけど、さまざまな文献にある異界人の症状とほぼ一致している」
「………」
ジルさんは静かに下を向いている。何かを考えているのか、何も考えられないのか、どっちだろう。
「これで君が誰かから故意に召喚された可能性は、ほぼ確実といっていいだろう」
………ああ、
そうか。
わかった。
今まで僕は、召喚されたという事実の不安定さに気づいていなかった。
どうやってここに来たのか。この世界の歴史と照らし合わせてどうやら『召喚』というものらしいと無理矢理に理解しようとしたけど、それは憶測に過ぎなかった。
でも、今その憶測が事実だとわかった。
「先生……ありがとう、ございます。
ジルさんも、ありがとうございます」
「アキオ君……大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
「無理をするな」
「無理は、してないです。何故だかわからないけど……本当に大丈夫なんです。
少しだけ悲しい気持ちはあるけど。それよりも、不確実だったことが明らかになったことに、なんだかとても安心しています。晴れやか、というか」
不思議だ。
歩けないのは悲しいけど、なぜか大丈夫。
誰に、なぜ、いつ召喚されたかはまだ分からなくてとても不安だけど、なぜか大丈夫。
「それに何より……ジルさんが作ってくれたこの杖を手放さなくていいと思うと少しだけ嬉しいんです。なんだか、おかしな気分です。悲しいのに嬉しい。複雑だけど、嫌じゃない」
「アキオ……」
ジルさんも先生も、困っている。困った顔で嬉しそうに笑ってる。
人間の感情って難しいんだなあ。
「じゃあ、まあ、アキオ君がそう言うなら、いっか」
コーデロイ先生から、お茶目な1ウインクをいただいた。空気に似合わない明るく軽い声が僕の心を軽くした。
そっか。人間の感情は難しいようで簡単なんだ。
嫌なら良くない。
嫌じゃないなら、いい。
「はい。いいです!
あ、でもリハビリは頑張りたいです。動かなくなっちゃうのは怖いから」
「そうだね。少しは動かしておいた方がいいだろう。リハビリを受けたくなったらいつでも来て。まぁ、最高司令官殿がいるから大丈夫だろうけどね」
「ジルさん、何でも知ってます。とても頼りになります」
「アキオ君のために、それはそれはたくさん勉強しておられるからね」
「コーデロイ医師、アキオに余計なことは……」
ジルさんが言葉を詰まらせた。
今日は珍しいことだらけだな。
「これはこれは申し訳ございません。
…おっと、もうこんな時間。部下に呼ばれていたんだった。毎度突然呼び出してすまないね。あっ、魔力の件は私が独断で調べたことなので安心してくれ。他の隊員には、アキオ君の出自について何も伝えていない」
「いつも助かっている」
「コーデロイ先生、ありがとうございます」
先生は笑顔でひとつ頷き、光を放って消えた。
応援ありがとうございます!
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