ある時計台の運命

丑三とき

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王都

ある古文書の中の物語②

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「……アキオ殿。これを続けるのは、危険を伴う可能性があると分かっておるのか?」

オグルィ先生は、いつも柔らかなその表情をキっと引き締め、今までにない気迫で問い詰める。
歴史を変えてしまうかもしれないと言う危険性はどこの世界だって同じだろう。
それでも僕の気持ちは変わらない。


「はい。知りたいです。この世界の全員が知るべきだと思います」

本当は、よそものの僕が言っていい言葉じゃないことは分かってる。
でもあんな顔の王様を見てしまったからには、ジルさんの理想を聞いてしまったからには、真実を明らかにしたいという気持ちは抑えられない。


「……分かった。王が承諾しておるのなら、わしも止められん。しかしこれだけは約束じゃ。アキオ殿、無理して夜更かしなどしてはいかんぞ?」

怖い顔をしていた先生だったが、ころっといつものお茶目な笑顔に戻り、人差し指を立てながら言う。

「はい!分かりました。ありがとうございます、先生」

「はー、こりゃ、返事が良過ぎて逆に心配じゃわい。本当にわかっておるのか?アキオ殿、夜更かしは肌に毒じゃからの?」

「……そうなんですか?」

「ああ、わしを見ぃ、ピチピチじゃろ?」

先生はお髭の生えていないほっぺたをさして見ろ見ろと顔を近づける。
その肌は100歳とは思えないほどのハリがあり、思わず触りたくなるような卵肌だった。
先生といる時はいつもお髭を見てしまうから気づかなかった。

「ほんとだ。先生のお肌、とってもきれいですね」

そうじゃろうそうじゃろうとご機嫌な先生はこう続けた。

「きちんと食べ、充分な睡眠をとり、身なりを整える。
そんな当たり前のことをできん人間が大勢おる。アキオ殿のやっておることは間違いなく、このような世の中の状況を抜け出すための大きな歯車になるじゃろう。
……ありがとう、アキオ殿。
わしにできることは何でもしよう。決して一人で抱え込んではならん。決してじゃ。分かったな?」

その声はとても心強くて、ほんの少し迷いのあった気持ちに明るい光を照らしてくれた。

「分かりました……約束します。本当にありがとうございます」

よろしい、と頷いた先生。
ジルさんの理想はきっと、彼だけでなくこの国全員の理想なのだろう。
そこに近づく一端となれる可能性があるのが、たまらなく嬉しかった。



「してアキオ殿。最近はどうじゃ?」

先生からも古文書の読み説きを許可されて安心したのも束の間、お話が分かりやすいでお馴染みの先生が、めずらしく曖昧な質問を投げかけてきた。

「どう……?」

「ほれほれ、ジルとじゃよ。仲良くやっておるか?」

声を弾ませる先生。人の恋路に首を突っ込む様子は80歳ほど若返ったかのように楽たのし気だ。

「あ……はい、まあ、ぼちぼち」

「なんじゃパッとせん返事じゃのう。もしやとは思うが、仲違いでも?」

「いいえ、そういう訳では…。
ただなんというか、好意の示し方がわからないんです。ジルさんはどんなことをされたら嬉しいのかなっていつも考えるんですけど、本当に喜んでくれてるか不安になることもあって」

「ほぅ。ちなみにこれまでどんなことを?」

「お風呂で頭と背中を洗ったり、手をマッサージしたり、怪我の手当てをしたり。
でも今までジルさんにしてもらったことに比べると、全然足りなくて……」

ジルさんには料理を作ってもらったり生活全般のお世話をしてもらったり、泣き言を聞いてもらったり。優しい言葉で励ましてくれるし、大きな手で頭を撫でてくれると心が暖かくなる。
僕もジルさんのことを支えたいと思うけど、これじゃ負んぶに抱っこだ。
そんな自分がやるせなかった。

「オグルィ先生なら、ジルさんが何をされたら嬉しいか分かりますか?」

「アキオ殿がしてくれることなら何でも嬉しいと思うが……そうじゃな、君がジルにされて嬉しかったことを思い浮かべてみるのはどうじゃ?相手にされて嬉しかったことは、相手も喜んでくれる筈じゃと思うがな」

ごくごくシンプルな答えに驚いた。
ジルさんは心も体も強いから、僕が何をやってもそれは彼にとってなんてことないと思っていた。
でもそうじゃないよね。人に優しくされたり思われたりすると誰だって嬉しいし、心が温かくなる。


「そっか……なんか分かった気がする。
ちょっとよく、考えてみます……!」

「はっはっは、まあそう難しく考えるでない。どんな小さなことでも、ジルは君の真心を受け止めてくれるじゃろう」

「はい。
やっぱり先生はなんでも知ってるんですね。
先生も、誰かに想いを寄せたことはありますか?」

「ん?ワシか? ワシはのぅ……」


———ガチャ

先生が質問に答えようとした時、図書館の扉が空いた。
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