128 / 171
王都
雨の音②
しおりを挟む湯船に肩まで浸かると、疲れがお湯に溶け出す。体が勝手に、ふぅ、と小さくため息を吐き出した。
「アキオは、雨は嫌いか?」
同じように隣で湯浸かるジルさんがそう言った。何でも見抜くこの目は鋭く優しい。
僕は彼に対して自分の話をすることに、いつの間にか抵抗が無くなっていた。
「はい……僕、小さい時よくベランダに出されてたんです。晴れてる時はまだ良いけど、雨の日は寒いし汚れるし、頭痛くなるし。
ちょっと、それを思い出してしまって。少し気持ちが落ち込んでたのかもしれません」
「そうか。話してくれてありがとう」
「…ジルさんにお話しすると、なんだかとっても安心する気持ちに変わるんです。僕も、聞いてくださってありがとうございます」
過去は怖いけど、怖くない。
ジルさんが僕の過去を受け入れてくれたように、僕も受け入れることが出来た。だから、変な話をしてごめんなさいじゃなくて、聞いてくれてありがとうって気持ちになる。
それもなんだかあたたかかった。
「アキオ。君は元々強い子だったが、より強くなったな。自分自身を誇りなさい」
……褒められてしまった。ジルさんからご褒美を貰ったみたいだ。自分の中に宝物がまたひとつ増えたようで胸が熱くなる。
「はい」
僕は力強く答えた。
心が緩むと、いろいろな話をしたくなる。
僕はオグルィ先生との話を思い出し、次の話題を投げた。
「ジルさん。聞きたいことがあるんです」
「何だ?」
「ブランディスさんって、元軍人さんだったんですか?」
「……あぁ、そうだが…誰かに聞いたのか?」
いつもよりほんの少しだけ淀む声。
やはり知られたくない事だったのだろうか。
「……オグルィ先生に」
そうか、と言って、先程の僕みたいに今度はジルさんが天井を見上げる。
そしてなぜか言いづらそうに、
「ブランディスは、若くして最高司令官の座に着いた」
と、すごいエピソードを放り込んで来た。
「最高司令官……?
親子で最高司令官だったのですか?すごい……」
「その立場になったのは戦後だが、彼は戦時中から軍人をしていたんだ。
少人数の部隊である町の防衛にあたり、死者を出さず樹木の被害も最小に抑えたことがある。彼が任された地に来た敵襲はだいたい数分で沈んでいるし、救命や医学の知識も豊富だ。しかし軍ここで自分のしたことは、決して充分だとは思っていないのだろう。国から与えられる勲章は全て拒否し、ついには軍人を辞めて助けの必要な者のところへと自由に旅するようになった」
「ジルさんのお父さん、とっても勇敢で優しい方なんですね。それに、すごく強いんですね!」
僕は今、目をキラキラさせている自信がある。
親子揃って最高司令官なんて、かっこよ過ぎじゃないか?
住む世界が、やはり違う。
そんな僕を見てジルさんがちょびっっっとだけ不機嫌そうにしたのを見逃さなかった。
表情の違いが分かってきたのは嬉しいけど、気に障ることを言ってしまったのなら謝りたい。
「……アキオは興味を持つだろうと思っていた」
やっぱり不機嫌そう。
「すみません、根掘り葉掘り聞いてしまって。失礼でしたよね……」
「そうではない。
ただ……アキオの興味が父にとられると、その度に私は父に妬いてしまうことに気が付いた」
やいて……
「やく、って、もしかして嫉妬って事ですか?」
「そうだ」
………………
「…ふふっ……」
「アキオ……?何か変なことを言っただろうか」
「………だって、ジルさんっ……ははっ、真顔で『妬いてしまう』なんて、面白くてっ…すみませっ。
ジルさんもそんなこと思ったりするんだなって、意外で……」
「そんなに、面白いか?よく分からんが、アキオが楽しんでくれたのならそれでいい」
キリッとした顔でそんなこと言うジルさんがおかしくて、しばらく笑いがおさまらなくなってしまった。
けたけた笑っていると、いつのまにか彼の不機嫌はどこへやら、すっかりいつもの優しい顔に戻った。
「でも、ジルさんはブランディスさんのこともアッザさんのことも誇りに思っていますよね?
とっても伝わってきます」
「ああ。それは間違いない。だからこそ私も負けていられないと思う。もちろん勝負ではないが、やはり理想があると熱くなってしまうものだ」
「ジルさんの理想って?」
「国民全員が教育を受ける権利を平等に有し、それを何の規制もなく行使できるようにすることだ。
食糧に困ることなく、正しい情報を得、人間らしい生活を送る。それが出来ない人間が、まだそこらじゅうに居る。
……理想ではなく、現実にしてみせる」
「ジルさん。僕も…何ができるか分からないけど、できることがあったら教えてください。ジルさんのその理想、僕も叶えたいです」
「ありがとう。アキオがこの世界に来てくれて、私は本当に嬉しい。私だけでなく、皆がそう思っている」
「僕もこの世界に来れて良かった。
ジルさん、いつもありがとうございます」
「事が落ち着いたらいろんな場所へ行こう。
見せたい景色がまだたくさんある」
「楽しみです。
もちろん、お城に居るのもすごく楽しいですよ?たくさんの人たちとお話しできて嬉しいです」
「そうか。それは良かった」
これから起こることを楽しみにする気持ちも、人と話すことを心から楽しむ気持ちも、この世界に来てから学んだ。
これからもっといろんな気持ちを知りたい。
低く落ち着いた声を聞いているうちに、いつの間にか雨音は消え去っていた。
11
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる