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王都
雨の音②
しおりを挟む湯船に肩まで浸かると、疲れがお湯に溶け出す。体が勝手に、ふぅ、と小さくため息を吐き出した。
「アキオは、雨は嫌いか?」
同じように隣で湯浸かるジルさんがそう言った。何でも見抜くこの目は鋭く優しい。
僕は彼に対して自分の話をすることに、いつの間にか抵抗が無くなっていた。
「はい……僕、小さい時よくベランダに出されてたんです。晴れてる時はまだ良いけど、雨の日は寒いし汚れるし、頭痛くなるし。
ちょっと、それを思い出してしまって。少し気持ちが落ち込んでたのかもしれません」
「そうか。話してくれてありがとう」
「…ジルさんにお話しすると、なんだかとっても安心する気持ちに変わるんです。僕も、聞いてくださってありがとうございます」
過去は怖いけど、怖くない。
ジルさんが僕の過去を受け入れてくれたように、僕も受け入れることが出来た。だから、変な話をしてごめんなさいじゃなくて、聞いてくれてありがとうって気持ちになる。
それもなんだかあたたかかった。
「アキオ。君は元々強い子だったが、より強くなったな。自分自身を誇りなさい」
……褒められてしまった。ジルさんからご褒美を貰ったみたいだ。自分の中に宝物がまたひとつ増えたようで胸が熱くなる。
「はい」
僕は力強く答えた。
心が緩むと、いろいろな話をしたくなる。
僕はオグルィ先生との話を思い出し、次の話題を投げた。
「ジルさん。聞きたいことがあるんです」
「何だ?」
「ブランディスさんって、元軍人さんだったんですか?」
「……あぁ、そうだが…誰かに聞いたのか?」
いつもよりほんの少しだけ淀む声。
やはり知られたくない事だったのだろうか。
「……オグルィ先生に」
そうか、と言って、先程の僕みたいに今度はジルさんが天井を見上げる。
そしてなぜか言いづらそうに、
「ブランディスは、若くして最高司令官の座に着いた」
と、すごいエピソードを放り込んで来た。
「最高司令官……?
親子で最高司令官だったのですか?すごい……」
「その立場になったのは戦後だが、彼は戦時中から軍人をしていたんだ。
少人数の部隊である町の防衛にあたり、死者を出さず樹木の被害も最小に抑えたことがある。彼が任された地に来た敵襲はだいたい数分で沈んでいるし、救命や医学の知識も豊富だ。しかし軍ここで自分のしたことは、決して充分だとは思っていないのだろう。国から与えられる勲章は全て拒否し、ついには軍人を辞めて助けの必要な者のところへと自由に旅するようになった」
「ジルさんのお父さん、とっても勇敢で優しい方なんですね。それに、すごく強いんですね!」
僕は今、目をキラキラさせている自信がある。
親子揃って最高司令官なんて、かっこよ過ぎじゃないか?
住む世界が、やはり違う。
そんな僕を見てジルさんがちょびっっっとだけ不機嫌そうにしたのを見逃さなかった。
表情の違いが分かってきたのは嬉しいけど、気に障ることを言ってしまったのなら謝りたい。
「……アキオは興味を持つだろうと思っていた」
やっぱり不機嫌そう。
「すみません、根掘り葉掘り聞いてしまって。失礼でしたよね……」
「そうではない。
ただ……アキオの興味が父にとられると、その度に私は父に妬いてしまうことに気が付いた」
やいて……
「やく、って、もしかして嫉妬って事ですか?」
「そうだ」
………………
「…ふふっ……」
「アキオ……?何か変なことを言っただろうか」
「………だって、ジルさんっ……ははっ、真顔で『妬いてしまう』なんて、面白くてっ…すみませっ。
ジルさんもそんなこと思ったりするんだなって、意外で……」
「そんなに、面白いか?よく分からんが、アキオが楽しんでくれたのならそれでいい」
キリッとした顔でそんなこと言うジルさんがおかしくて、しばらく笑いがおさまらなくなってしまった。
けたけた笑っていると、いつのまにか彼の不機嫌はどこへやら、すっかりいつもの優しい顔に戻った。
「でも、ジルさんはブランディスさんのこともアッザさんのことも誇りに思っていますよね?
とっても伝わってきます」
「ああ。それは間違いない。だからこそ私も負けていられないと思う。もちろん勝負ではないが、やはり理想があると熱くなってしまうものだ」
「ジルさんの理想って?」
「国民全員が教育を受ける権利を平等に有し、それを何の規制もなく行使できるようにすることだ。
食糧に困ることなく、正しい情報を得、人間らしい生活を送る。それが出来ない人間が、まだそこらじゅうに居る。
……理想ではなく、現実にしてみせる」
「ジルさん。僕も…何ができるか分からないけど、できることがあったら教えてください。ジルさんのその理想、僕も叶えたいです」
「ありがとう。アキオがこの世界に来てくれて、私は本当に嬉しい。私だけでなく、皆がそう思っている」
「僕もこの世界に来れて良かった。
ジルさん、いつもありがとうございます」
「事が落ち着いたらいろんな場所へ行こう。
見せたい景色がまだたくさんある」
「楽しみです。
もちろん、お城に居るのもすごく楽しいですよ?たくさんの人たちとお話しできて嬉しいです」
「そうか。それは良かった」
これから起こることを楽しみにする気持ちも、人と話すことを心から楽しむ気持ちも、この世界に来てから学んだ。
これからもっといろんな気持ちを知りたい。
低く落ち着いた声を聞いているうちに、いつの間にか雨音は消え去っていた。
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