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王都
元最高司令官②
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「ま、そうは言いながら、今でも城におるんじゃがの」
こっちを向いて、茶目っ気たっぷりにウィンクをして見せた先生。
これまでの絶望ややりきれなさやに胸を掻き乱されながらも、自分の人生の全てを受け入れているように見えた。
「ジルさん言ってました。先生たちが時代を積み重ねて来てくれたから今があると。それに先生の授業はわかりやすいと評判だって聞きましたよ?
みんな先生のこと大好きなんです。僕も先生のこと大好きです。先生、ありがとうございます」
「アキオ殿……」
先生は顎のおひげを右手で撫で付けた。
「そうじゃな。今もまだ人攫いや路上生活者が多く平和とは言えん。が、少しずつ、確実にいい方向に向かっておる。
何と言ったって我が国の最高司令官は優秀じゃからの」
目を細めてどこか誇らしげな先生。
「はい。びっくりしました。ジルさんがあんな功績の数々を残していたなんて」
「ははっ、さすがはあの両親の子じゃ」
晴れやかに笑う先生は、口を大きく開け、目尻にしわをつくり、愛嬌を撒き散らしている。
先生の人気は授業のわかりやすさだけではなく、この何とも言えない可愛らしさにも秘訣があると思う。
僕は、ちょうど昨日ジルさんとの話題にも上がった二人のことを知るチャンスだと思い、興味津々に聞き返す。
「ブランディスさんとアッザさんのことですか?」
「そうじゃ。アキオ殿も聞いておったか」
「はい。今は旅をしてるって」
もちろん、アッザさんをジルさんの恋人だと勘違いしていたことは伏せておく。
「そうか。昔より状況は良くなったとはいえ、まだまだ支援が行き届かんのが現状じゃ。あの二人の力はこの国に必要不可欠じゃ」
これまた誇らしげに言う先生に、ひとつ疑問が湧く。
「先生は、なぜお二人のことをご存知なのですか?
それに、なんだか詳しそう」
「そりゃあブランディスは元軍人、わしの部下じゃったからの」
……初耳。
へー。
知らなかった……。
ジルさん、教えてくれなかった。
昨日お話ししたのに。
「アキオ殿?」
はっ!
先生の声で我に帰る。
今僕は、ブランディスさんが軍人だったことをジルさんから教えて貰えなかったからって、少し拗ねてしまった。
別に、軍人かそうじゃないかが問題なのではない。
昨日ご両親のお話ししたんだから、その時に教えてくれても良かったじゃん、と、一瞬思ってしまったのだ。
ジルさんに想いを寄せてるからってこういう思考になってしまうのはとっても失礼だ。
ジルさんのことをなんでも知りたいなんて僕の自分勝手なわけだし、相手が話さなかったことに対して拗ねるなんて絶対ダメだ。
落ち着け落ち着け。
「その…初めて、聞いたもので」
「ふむ」
おひげに手を当てながら少し考える。
どうやら、このスタイルが何か考える時の癖のようだ。
「わしが二人のことを教えても良いが、アキオ殿はジルの口から直接聞きたかろう?
気になることは聞いてみなさい。相手を知ると言うのは、愛情を深める上でとても大切なことじゃよ」
「イガさんやメテさんにもそう言われました。
……先生、僕は今、ジルさんが教えてくれなかったことに対して一瞬拗ねてしまったようです。
こういうのは、相手に対してとても失礼ですよね」
いけないことをしてしまったような罪悪感を先生に懺悔する。
俯きながら落ち込んでいると、
「はっはっはっは!!アキオ殿は、少々真面目すぎる」
先ほどよりも大きく、けたけた笑い出した先生。
「あの僕、変なこと言ってしまいましたか…?」
「いやいや、違うんじゃよ。これは失敬」
目尻に涙を滲ませ、込み上げる笑いに大きな肩を揺らしていた先生は、ごほんごほんと息を整えて言う。
「アキオ殿は、誰かを愛おしく思うのは初めてかね?」
「……はい」
恐るべし年の功。
そんなことまで見抜かれるなんて。
「好きな相手に嫉妬したり拗ねたりするのは至って自然なことなんじゃよ。自分を責める必要などない。アキオ殿は堂々としておれば良い」
「堂々と、ですか?」
「ああ。誰かを愛おしく思う感情があろうとなかろうと、それは人それぞれ、自由じゃ。
中にはそのような感情を持たん者もおる。それとてまた素晴らしいことに変わりはない。固定観念に縛られず生きていくというのも、大変尊い生き方。
しかしアキオ殿の中には愛情が芽生えた。今は扱い慣れん感情に困惑することもあると思うが、せっかく生まれた感情じゃ。大切にして損は無いよ。アキオ殿、どうか自分を大切にの」
ぽんぽんと僕の頭を撫でる手は、ジルさんよりも重みがあって、まるで小さな子供をあやすように穏やかだ。
そして先生の言葉は全部、「先生が言うなら間違いない」ってなる。
おじいちゃんがいたら、先生みたいな感じなのかな。
今まで家族のことなんて考えててもしょうがないと思っていたけど、今は考えるだけでわくわくする。
ここに来て大切な人が増えていくたび、胸がいっぱいになるような心地よさを感じる。しかしそれに比例して怖さも大きくなる。
拒絶された時の恐怖か、失った時の恐怖か。
幸せとはもしかしたら危ういものなのかもしれない。
でも、これで良いと言わんばかりに僕の心は溶け出して幸せに浸ってく。
「先生、ありがとうございます」
こっちを向いて、茶目っ気たっぷりにウィンクをして見せた先生。
これまでの絶望ややりきれなさやに胸を掻き乱されながらも、自分の人生の全てを受け入れているように見えた。
「ジルさん言ってました。先生たちが時代を積み重ねて来てくれたから今があると。それに先生の授業はわかりやすいと評判だって聞きましたよ?
みんな先生のこと大好きなんです。僕も先生のこと大好きです。先生、ありがとうございます」
「アキオ殿……」
先生は顎のおひげを右手で撫で付けた。
「そうじゃな。今もまだ人攫いや路上生活者が多く平和とは言えん。が、少しずつ、確実にいい方向に向かっておる。
何と言ったって我が国の最高司令官は優秀じゃからの」
目を細めてどこか誇らしげな先生。
「はい。びっくりしました。ジルさんがあんな功績の数々を残していたなんて」
「ははっ、さすがはあの両親の子じゃ」
晴れやかに笑う先生は、口を大きく開け、目尻にしわをつくり、愛嬌を撒き散らしている。
先生の人気は授業のわかりやすさだけではなく、この何とも言えない可愛らしさにも秘訣があると思う。
僕は、ちょうど昨日ジルさんとの話題にも上がった二人のことを知るチャンスだと思い、興味津々に聞き返す。
「ブランディスさんとアッザさんのことですか?」
「そうじゃ。アキオ殿も聞いておったか」
「はい。今は旅をしてるって」
もちろん、アッザさんをジルさんの恋人だと勘違いしていたことは伏せておく。
「そうか。昔より状況は良くなったとはいえ、まだまだ支援が行き届かんのが現状じゃ。あの二人の力はこの国に必要不可欠じゃ」
これまた誇らしげに言う先生に、ひとつ疑問が湧く。
「先生は、なぜお二人のことをご存知なのですか?
それに、なんだか詳しそう」
「そりゃあブランディスは元軍人、わしの部下じゃったからの」
……初耳。
へー。
知らなかった……。
ジルさん、教えてくれなかった。
昨日お話ししたのに。
「アキオ殿?」
はっ!
先生の声で我に帰る。
今僕は、ブランディスさんが軍人だったことをジルさんから教えて貰えなかったからって、少し拗ねてしまった。
別に、軍人かそうじゃないかが問題なのではない。
昨日ご両親のお話ししたんだから、その時に教えてくれても良かったじゃん、と、一瞬思ってしまったのだ。
ジルさんに想いを寄せてるからってこういう思考になってしまうのはとっても失礼だ。
ジルさんのことをなんでも知りたいなんて僕の自分勝手なわけだし、相手が話さなかったことに対して拗ねるなんて絶対ダメだ。
落ち着け落ち着け。
「その…初めて、聞いたもので」
「ふむ」
おひげに手を当てながら少し考える。
どうやら、このスタイルが何か考える時の癖のようだ。
「わしが二人のことを教えても良いが、アキオ殿はジルの口から直接聞きたかろう?
気になることは聞いてみなさい。相手を知ると言うのは、愛情を深める上でとても大切なことじゃよ」
「イガさんやメテさんにもそう言われました。
……先生、僕は今、ジルさんが教えてくれなかったことに対して一瞬拗ねてしまったようです。
こういうのは、相手に対してとても失礼ですよね」
いけないことをしてしまったような罪悪感を先生に懺悔する。
俯きながら落ち込んでいると、
「はっはっはっは!!アキオ殿は、少々真面目すぎる」
先ほどよりも大きく、けたけた笑い出した先生。
「あの僕、変なこと言ってしまいましたか…?」
「いやいや、違うんじゃよ。これは失敬」
目尻に涙を滲ませ、込み上げる笑いに大きな肩を揺らしていた先生は、ごほんごほんと息を整えて言う。
「アキオ殿は、誰かを愛おしく思うのは初めてかね?」
「……はい」
恐るべし年の功。
そんなことまで見抜かれるなんて。
「好きな相手に嫉妬したり拗ねたりするのは至って自然なことなんじゃよ。自分を責める必要などない。アキオ殿は堂々としておれば良い」
「堂々と、ですか?」
「ああ。誰かを愛おしく思う感情があろうとなかろうと、それは人それぞれ、自由じゃ。
中にはそのような感情を持たん者もおる。それとてまた素晴らしいことに変わりはない。固定観念に縛られず生きていくというのも、大変尊い生き方。
しかしアキオ殿の中には愛情が芽生えた。今は扱い慣れん感情に困惑することもあると思うが、せっかく生まれた感情じゃ。大切にして損は無いよ。アキオ殿、どうか自分を大切にの」
ぽんぽんと僕の頭を撫でる手は、ジルさんよりも重みがあって、まるで小さな子供をあやすように穏やかだ。
そして先生の言葉は全部、「先生が言うなら間違いない」ってなる。
おじいちゃんがいたら、先生みたいな感じなのかな。
今まで家族のことなんて考えててもしょうがないと思っていたけど、今は考えるだけでわくわくする。
ここに来て大切な人が増えていくたび、胸がいっぱいになるような心地よさを感じる。しかしそれに比例して怖さも大きくなる。
拒絶された時の恐怖か、失った時の恐怖か。
幸せとはもしかしたら危ういものなのかもしれない。
でも、これで良いと言わんばかりに僕の心は溶け出して幸せに浸ってく。
「先生、ありがとうございます」
応援ありがとうございます!
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