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王都
頑張りすぎない②
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授業ノートを整理したり城を書いたりしているとジルさんが帰って来たので出迎える。
お風呂から上がったジルさんに、
「お腹の傷チェックの時間ですよ。見せてください」
と、ちょっとだけコーデロイ先生の物真似を取り入れて言ってみる。
「なかなか手厳しい先生だな、君は」
…おお。”先生”だってさ。
初めて呼ばれる敬称にうきうきしながら捲られた服の下を覗いてみると、相変わらず岩石のように鍛えられた腹筋は受けた傷跡を遥か昔の出来事のように肉体の記憶から消し去ろうとしていた。
さすがの回復力。
嬉しいけど、もう消毒したり包帯巻いたりしなくて良いんだと思うと少し寂しい。もちろん治ったことが一番嬉しいんだけど。
でもせっかく先生と呼ばれたからには先生っぽいことがしたいというくだらない欲が湧いて来たので、世話を焼かせてもらう事にした。
「あの練り油、傷口に傷薬としても使えるんです。保湿も兼ねて塗っておきますね」
練り油を手に取ってカチカチの腹筋に塗り込む。
血流をよくすると傷跡の治りが早いって聞いたことがあるので、少し指に力を入れて簡易的なマッサージらしいものも施した。
「ありがとう。アキオが手当てをしてくれたから、あっという間に治ったな」
「あっという間に治るのは精霊の力でしょう?」
「それもあるが、こんなに綺麗に傷口が修復したのは初めてだ。アキオのおかげだ」
「それは、ジルさんが今まで消毒や負傷後の処置をせずにゴシゴシお風呂で洗っていたからです!」
「そうだったな」
「もう、本当に……。よし、これで完璧です。
…あ、そうだ。ジルさん、ありがとうございます、食堂でのこと。自由にして良いって言ってくれてすごく嬉しかったです」
「ああ。自分の家だと思って好きにすれば良い。
………と言いたいところだが、本当は私もユリッタと同じ気持ちだ。1人で出歩かせたくないというのが本音だが、君の前でつい格好をつけてしまった。自分を取り繕うなど私もまだまだ未熟だな」
なんと。
ジルさんがカッコつけた……。
全然そんなふうに見えなかった。
僕もまだまだ未熟だな。
「ジルさんも格好つけたりするんですね。なんだか意外」
「心の底で君にいい印象を与えたいと考えていたのだろうな。
……1人にしたく無いというのが本音であることに変わりはないが、ただ今日の医務室での君を見ていたら、大丈夫だと、そう感じた。
軍人たちは皆頼りになる。助けが必要な時は誰にでも頼ると良い」
いい印象どころか。
こんなに好きなのに。
とは口が裂けても言えないので、くいっと呑み込む。
「はい。皆さん優しそうだから、いつも安心してお城を歩けます。本当にありがとうございます」
「ああ。とはいえ心配くらいはさせて貰うぞ。
私の仕事中は精霊の見守りを付ける。逐一君の様子を報告させたりはしないので安心してくれ。少しでも危険だと精霊が感じれば、その時はすぐに知らせてもらうがな」
「お仕事中に精霊と意思疎通なんて、ジルさん疲れてしまいませんか?」
「見守らせるくらいならなんということは無い。アッザは…父は、私などよりも数倍容易にやってのけるがな」
「精霊のお父さん、そんなに凄いんですか?」
「彼は精霊そのものだ。呼吸をするように自然に精霊を操る」
「それは是非見てみたい……けど、目には見えないのですよね。
そういえば、ジルさんのお父さん、アッザさんとブランディスさんは今何をされているのですか?
お城ではまだお会いしたことないと思うので…」
「あの二人は自由を好いているからな。今は旅をしている」
聞くとブランディスさんは元軍人らしい。
軍では手が行き届かないところへの支援を、個人的にアッザさんと一緒にやって回っているのだそう。
旅人かあ。
旅の資金はどこから出ているのか訊ねると、大きい町には日本で言う単発バイト紹介所みたいなところがあって、そこで紹介された場所で日銭を稼いでいるらしい。
稼ぐといっても移動は自力だし宿も野宿が多いから、お金はそこまで必要無いのだという。
どんだけタフな人たちだ。
自分たちのお金を使って人助けの旅をしているなんて僕の常識では考えられないけど、まあ……ジルさんの親御さんだもん。
「そういえば、昼食後は図書館に行ったらしいな。オグルィ先生の講義はわかりやすいか?」
「はい、とても。
あっ、でも聞いてくださいジルさん。
オグルィ先生の声ってすごく心地よくて眠たくなるんですよ。お腹いっぱいになった後だから余計にうとうとしてしまいました」
「そうか。そのまま昼寝でもしてしまえば良かったろうに」
「そういう訳にはいきませんよ。みなさんが一生懸命働いている中でお昼寝なんて」
「……君は少々頑張り過ぎてしまう節がある」
「いいえ、そんなことありません。
もちろん頑張ろうとは思っています。でも、今までジルさんと一緒に過ごして来て、今日コーデロイ先生ともお話して、力を抜くことの大切さが分かってきたんです。だから今は、頑張り過ぎないようにしようって思って張り切ってるんです!………ん?」
小さく拳を握り高らかに宣言をしてみると、自分が発した言葉の矛盾に気づき首を傾げる。
「ははっ、頑張り過ぎないことを頑張り過ぎていたら意味がないだろう」
ジルさんが声を出して笑った……!
「ふふ、本当だ」
なんだか僕もおかしくなってきて、箸が転んでもおかしい年頃に戻ったみたいに2人で静かに笑い合った。
◆
お風呂から上がったジルさんに、
「お腹の傷チェックの時間ですよ。見せてください」
と、ちょっとだけコーデロイ先生の物真似を取り入れて言ってみる。
「なかなか手厳しい先生だな、君は」
…おお。”先生”だってさ。
初めて呼ばれる敬称にうきうきしながら捲られた服の下を覗いてみると、相変わらず岩石のように鍛えられた腹筋は受けた傷跡を遥か昔の出来事のように肉体の記憶から消し去ろうとしていた。
さすがの回復力。
嬉しいけど、もう消毒したり包帯巻いたりしなくて良いんだと思うと少し寂しい。もちろん治ったことが一番嬉しいんだけど。
でもせっかく先生と呼ばれたからには先生っぽいことがしたいというくだらない欲が湧いて来たので、世話を焼かせてもらう事にした。
「あの練り油、傷口に傷薬としても使えるんです。保湿も兼ねて塗っておきますね」
練り油を手に取ってカチカチの腹筋に塗り込む。
血流をよくすると傷跡の治りが早いって聞いたことがあるので、少し指に力を入れて簡易的なマッサージらしいものも施した。
「ありがとう。アキオが手当てをしてくれたから、あっという間に治ったな」
「あっという間に治るのは精霊の力でしょう?」
「それもあるが、こんなに綺麗に傷口が修復したのは初めてだ。アキオのおかげだ」
「それは、ジルさんが今まで消毒や負傷後の処置をせずにゴシゴシお風呂で洗っていたからです!」
「そうだったな」
「もう、本当に……。よし、これで完璧です。
…あ、そうだ。ジルさん、ありがとうございます、食堂でのこと。自由にして良いって言ってくれてすごく嬉しかったです」
「ああ。自分の家だと思って好きにすれば良い。
………と言いたいところだが、本当は私もユリッタと同じ気持ちだ。1人で出歩かせたくないというのが本音だが、君の前でつい格好をつけてしまった。自分を取り繕うなど私もまだまだ未熟だな」
なんと。
ジルさんがカッコつけた……。
全然そんなふうに見えなかった。
僕もまだまだ未熟だな。
「ジルさんも格好つけたりするんですね。なんだか意外」
「心の底で君にいい印象を与えたいと考えていたのだろうな。
……1人にしたく無いというのが本音であることに変わりはないが、ただ今日の医務室での君を見ていたら、大丈夫だと、そう感じた。
軍人たちは皆頼りになる。助けが必要な時は誰にでも頼ると良い」
いい印象どころか。
こんなに好きなのに。
とは口が裂けても言えないので、くいっと呑み込む。
「はい。皆さん優しそうだから、いつも安心してお城を歩けます。本当にありがとうございます」
「ああ。とはいえ心配くらいはさせて貰うぞ。
私の仕事中は精霊の見守りを付ける。逐一君の様子を報告させたりはしないので安心してくれ。少しでも危険だと精霊が感じれば、その時はすぐに知らせてもらうがな」
「お仕事中に精霊と意思疎通なんて、ジルさん疲れてしまいませんか?」
「見守らせるくらいならなんということは無い。アッザは…父は、私などよりも数倍容易にやってのけるがな」
「精霊のお父さん、そんなに凄いんですか?」
「彼は精霊そのものだ。呼吸をするように自然に精霊を操る」
「それは是非見てみたい……けど、目には見えないのですよね。
そういえば、ジルさんのお父さん、アッザさんとブランディスさんは今何をされているのですか?
お城ではまだお会いしたことないと思うので…」
「あの二人は自由を好いているからな。今は旅をしている」
聞くとブランディスさんは元軍人らしい。
軍では手が行き届かないところへの支援を、個人的にアッザさんと一緒にやって回っているのだそう。
旅人かあ。
旅の資金はどこから出ているのか訊ねると、大きい町には日本で言う単発バイト紹介所みたいなところがあって、そこで紹介された場所で日銭を稼いでいるらしい。
稼ぐといっても移動は自力だし宿も野宿が多いから、お金はそこまで必要無いのだという。
どんだけタフな人たちだ。
自分たちのお金を使って人助けの旅をしているなんて僕の常識では考えられないけど、まあ……ジルさんの親御さんだもん。
「そういえば、昼食後は図書館に行ったらしいな。オグルィ先生の講義はわかりやすいか?」
「はい、とても。
あっ、でも聞いてくださいジルさん。
オグルィ先生の声ってすごく心地よくて眠たくなるんですよ。お腹いっぱいになった後だから余計にうとうとしてしまいました」
「そうか。そのまま昼寝でもしてしまえば良かったろうに」
「そういう訳にはいきませんよ。みなさんが一生懸命働いている中でお昼寝なんて」
「……君は少々頑張り過ぎてしまう節がある」
「いいえ、そんなことありません。
もちろん頑張ろうとは思っています。でも、今までジルさんと一緒に過ごして来て、今日コーデロイ先生ともお話して、力を抜くことの大切さが分かってきたんです。だから今は、頑張り過ぎないようにしようって思って張り切ってるんです!………ん?」
小さく拳を握り高らかに宣言をしてみると、自分が発した言葉の矛盾に気づき首を傾げる。
「ははっ、頑張り過ぎないことを頑張り過ぎていたら意味がないだろう」
ジルさんが声を出して笑った……!
「ふふ、本当だ」
なんだか僕もおかしくなってきて、箸が転んでもおかしい年頃に戻ったみたいに2人で静かに笑い合った。
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