ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

約束②

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日も傾きだした頃、フロクスの波を抜けた僕たちは目線の高さほどある麦の畑を進んでいた。
夕日が麦の穂に反射して、まるで朱色に染まった世界をかき分けているようだ。

メテさんもいつもの体勢のまま感嘆の声を漏らしている。


いつも通りの楽しい時間。
たった数日しか過ごしていないのに、いつのまにかこれが僕の日常になってしまった。
この日常から離れるのは名残惜しいけど、ジルさんが言ったように僕の幸せはこれからだ。何の根拠もないはずの言葉なのに、本当にそんな気がする。
言葉の力というのは不思議なもので、時に想像を超える安心感や活力をくれる。
そしてそれがジルさんの言葉なら、尚更大きく僕に響く。


夕日に染まったジルさんはさらに僕にこんな言葉を投げかけた。

「君が自分のことを素直に話してくれるようになって私は嬉しい。これから何があっても、恐れず思ったままを伝えて欲しい」


彼の甘い言葉に唆されてつい心の内を明かしてしまいそうになるが、ぐっと堪える。

僕の気持ちを知らないからそんな事が言えるんだ、と一瞬いじけそうになったものの、やっぱり喜びが勝ってしまうのは惚れた弱みというやつだろうか。
人に嬉しいと言われたことがこんなにも嬉しい。

メテさんが言った通りだ。
素直になった方が魅力的だと教えてくれたメテさんに感謝しなくては。

「ジルさん。素直な僕は…魅力的、ですか?」

「ああ。君は出会った時から魅力的だが、素直に気持ちを伝えてくれる君はより素敵だ」

良かった…。
僕は変われていたんだ。

自分で努力しているつもりでも周りからの評価は伴わない、なんてことよくある話だ。
実際今までそんなことばかりだった。
努力して親を振り向かせようとしても空回りしてばかりだった。いつしか努力するのもやめてしまった。
でもやっぱり頑張れば頑張った分、人は変われるんだ。
それを皆が教えてれた。

自分の中だけでなくジルさんの中の僕も変わっていたことに、なんだか全てが救われたような気がした。

「良かった…」


ついつい安堵に包まれるも、メテさんの視線が『まだまだ勝負はこれからだよ!』(たぶん)と訴えかけていることに気づき我に返る。
そう、僕の勝負はここからだ。
今までは毎日一緒にいられたけれどこれからはきっとそうはいかない。
確か軍には、密かにジルさんへ想いを寄せる方々もいるとかいないとか。
そんな中で、僕は果たして本人に気持ちを伝えられるくらい素敵な人間に成長できるのか。それを考えると少し怖いけど、でも大丈夫。僕は変わることができた。この先も努力ひとつで何だって出来るはずだ。

ジルさんから貰った感情を、ずっと大切にしたい。

その思いさえあればきっと自分から幸せを掴み取れる。

ジルさんの言葉をもう一度思い返し、これから待ち受けている幸せに思いを馳せながら、麦畑を彩る心地よい朱色の光にだんだんと意識がまどろんでいった。
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