ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

未来③

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先に下で待っていたジルさんに「お待たせしました」と言い、馬車に乗り込んだ。


イガさんの引く馬車、その馬車から身を乗り出し周囲を警戒するメテさん、隣にはジルさん。

この光景が最後だと思うと、少し、いやかなり寂しい。

窓の外の風景は足早に移り変わり、王都までの道のりを彩る。


「アキオ、やはり気分が優れないか?」

ジルさんの言葉に、メテさんもチラッと心配そうにこちらを見た。

「いいえ、体調は全然大丈夫です。でもなんだか少し寂しくて…。
すみません、皆さんはあくまでお仕事中なのに。
でも本当に楽しい旅でした。色々な物を見ることができて、たくさんの人とお話しすることができて、幸せでした。皆さんと一緒に過ごした時間は絶対に忘れません」

過ぎ去った日々を思い返すうち、自分の口から別れの言葉のようなものが羅列されていたことに気が付いたのは、全てを出し切った後だった。
隣をを見上げると、ジルさんは思いがけず難しい顔をしていた。

「何を言っている。君の幸せはこれからだ」

力強い声でそう語る。
窓から入る陽の光に照らされた彼の顔は、ひときわ凛々しく頼もしく見えた。

「はい」

なんか、夢みたい。
これからもずっと一緒にいられるって言われているみたいで舞い上がってしまうじゃないか。
ジルさんはそんなつもりで言ってるわけじゃないことは分かってる。
でも、人間というのは自分の都合の良いように解釈してしまうものだ。


「アキオ、こちらに来るか?」

下を向いてぐだぐだ考え込んでいると、斜め上から聞こえてきた声にはっとする。

こちら?

隣には、自分の膝をぽんぽん叩くジルさん。強烈な視線を感じ扉に目を向けると、メテさんが激しく首を縦に振っている。

「………はい」

どうにでもなれ。


返事するやいなやヒョイっと持ち上げられ、鍛え上げられた脚の上に着地した。
背中は分厚い胸筋と腹筋に支えられている。
いつもは遥か上にある顔が、すぐ後ろにある。


ちょっと待って?
ジルさんの吐息が、髪の毛に当たっている。
吐息でわずかに動いた髪の毛は僕の頬を掠めた。

「アキオ、あちらを見てみろ、フロクスが咲いている」


ジルさんが喋るたびにこちらに直接振動が伝わり、体全体に熱が広がってゆく。

それどころじゃ無いんですけど、と思いながら何とか窓の外に目を向けると、ピンク色のような薄紫色のような花が地面いっぱいに広がっていた。
あちらで言う芝桜に似ている。

「きれい…」

「鮮やかな草花が多くなったのは、王都に近づいている証拠だ」

「そうなんですか?」

「ああ。植物にも魔力が流れている。そして魔力の多い植物ほど力強く美しく育つ。王都には古くから魔力が強い人間が集まるからな。古来より積み重なった魔法の痕跡が植物にも流れ込んでいるのだろう」

へえ…。

陽の光を受けた朝露が風になびき、辺り一帯がきらきらと波打っている。
こういうお花見も素敵だな。
花見といえばヤマザクラやソメイヨシノのイメージが強いけど、芝桜で花見ってのも粋だ。

「事が落ち着いたら花見でもしよう」

…ジルさんに心を読まれた。
くっついているから考えている事が伝わってしまうんだろうか。あ、そういえば今くっついてたんだ。
美しいピンク色に心を奪われて忘れていた。

再び意識すれば、ドクドクと自己主張の激しい心臓が復活する。

「こ、この世界にもお花見の文化があるのですか?」

「アキオの世界にもあるのか?」

「はい。僕の世界では通常『桜』と呼ばれる花を見ます。樹木に咲く薄桃色の小さな花で、満開の桜の下でお弁当を食べたりお散歩したり。
樹木と言っても、この世界のとは比べ物にならないくらい小さな木ですが」

「頭上に咲く薄桃色の花か。さぞ美しいのだろうな。見てみたいものだ」


不思議だなあ。
全く違う世界で同じような文化が存在するなんて。
やはり美しい花を前にした人間の行動パターンは決まっているのだろうか。
ジルさん達にも日本の桜、見て欲しかったな。
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