ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

旅最終日②

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「ジルさん…歩いてみてもいいですか?」

僕の言葉に力強く頷くジルさんに抱き起こされ、ベッドを背にして立つ。

数歩先に移動したジルさんを見据えて、左右の足で交互に地面を踏みしめるイメージを頭の中に描く。

ひと呼吸おき、心を落ち着けて……。

グッと左足を踏ん張り、右足を前に出す。目線は先に、真っ直ぐ前を見て。両腕を少し広げたジルさんに向かって行くように。
次は地に着いた右足を踏ん張って、左足を前に。ぐらっと揺れたことに動揺しては最後、一瞬で気持ちを冷静に戻し、左足を地に着かせる。一度両足の平でしっかりとバランスを整え、もう一度右足を前に出した時、左足の力がカクっと抜け、いきなりかかった体重に膝が耐えきれず完全に体勢が崩れてしまった。

転げてしまう前に、ジルさんが鋭い反射神経で僕を抱きとめた。


「やっぱり…だめでした」


杖が無いと、足の力だけではどうしてもまだ心許なくて針先の上に立った様な不安定さが残るのだ。
この不安定な感覚はいつまで経っても消えない。

「焦ることは無い。少しずつ練習すれば良い」

ジルさんはそう言ってくれるけど、今日はいけるかもと思っていただけに結構ショックだ。まさか3歩しか歩けないなんて。

ため息とともに返事をすると、扉からコンコンコン、とノック音がした。


「武装偵察第一部隊アフメト・メテです。司令官、少しよろしいですか?」

「入れ」

3歩って…と打ちひしがれているところに「失礼いたします」という声が響いて扉が開き、メテさんと、その後ろにはイガさんも立っていた。

2人は一瞬驚いた顔をして顔を見合わせ、何故か(主にメテさんが)とってもニヤけ顔になった。
どうしたんだろう?

・・・・・・

なるほど。
僕、今ジルさんに抱き止められたままだったんだ。
見ようによっては抱き合っている風にも思える。

いいえこれは違うんです。
そう弁明する前に、あろう事かジルさんは僕をお姫様抱っこしてきた。そしてゆっくりとベッドに下ろす。

まあ歩けないから仕方ないんだけど、杖を取ってくれるとか、ベッドまで支えてくれるとか、たかが3歩の距離を何もお姫様抱っこで運ばなくても。

2人とも、とても楽しそうだなあ。
すっごくニヤニヤしているなあ。
人の気も知らないで。

「すまない、もう出発の時間か」

「あぁいいえ!出発まではまだあるのですが、常駐軍が司令官を呼んでいると宿のご主人から連絡がありまして。なんでも、最後に挨拶をしたいとの事です」

メテさんの報告に、ジルさんは
「そうか。では私はもう一度駐屯地に顔を出すことにする。昨日顔を見られなかった隊員も居るのでな。
2人はアキオと共に降りてくれるか?馬車で落ち合おう」
と答える。

「「分かりました」」

…2人とも、さっきまでニヤニヤしてたのに急に軍人らしくキリッとしちゃって。

「アキオ、買い忘れたものがないか、2人と一緒にもう一度市場を周って見てみるといい」

「はい、ありがとうございます」

買い忘れたもの、と言っても、この町の名物である塩漬けはスタンダードなものからジャムが塗ってあったりスパイスが効いていたりする変わり種まで、初日に買って貰っちゃったしなあ。


考えながら、「では頼んだ」と出て行くジルさんに行ってらっしゃいを言って送り出し、再び楽しそうにニヤニけ出した2人を見上げる。





ジルさんに続いて僕たちも宿を後にし、市場に向かって歩き出す。
荷物はメテさんが持ってくれた。

「なぁんだ~。てっきり愛の抱擁かと。もうそこまで進んだのかと思ってびっくりしたよ」

2人にことのいきさつを話し誤解を解くと、メテさんは残念そうにした。

「ええ。お邪魔してしまったものとばかり」

イガさんまで…。

「それでアキオ君、昨日はどうだった?」

ふんわりとした質問だけど、つまり写真の件はどうだった?ということだろう。

そうだ。
今日の目標その1。イガさんとメテさんに写真のことを話す。
メテさんの言葉でそれを思い出し、意気揚々と報告を始める。
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