ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

おまじない①

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年祝い・・・。誕生日のことかな?

「生まれた日を毎年お祝いする、ということですか?それならあります」

あります、と言っても実家では言わずもがな。
13歳の時に施設で誕生日会をした時、初めて自分の生年月日を知ったくらいだ。
その施設でも同じ月の子供はまとめて一緒に祝われていたから、「この日が自分の誕生日だ」って意識は特に無かったけど。

「なら話は早い。アキオの年祝いに私から贈りたい。それなら構わんだろう?アキオの生まれた日はいつだ」

構わんだろう?って。
いくら誕生日でも構うよ。
誕生日だからってそんな高そうなものをプレゼントされちゃ困る。

いや、でも待てよ。
僕がジルさんからのプレゼントを受け取れば、僕もジルさんに誕生日プレゼントを渡す理由が出来るのでは?それはジルさんに会う口実になるのでは?

口実なんか無くても会いに行きなさいよとは思うが、この際使えるものは使う精神でいかなくちゃ。
それにそのくらいの理由が無いと、軍城に入るの緊張しそうなんだもの。まだお城は見たこと無いけど、でも絶対凡人には足がすくむような荘厳さだろうということは想像に易い。

宿のテーブルに置いてある月表を見る。


「あ・・・ちょうどあとひと月後です」


「分かった。ひと月後が楽しみだな」


そっか。ここへ来てもうそんなに経っていたのか。2ヶ月も監禁されていたんだものね。

時の流れは早い。

先輩や上司が週に一度はこの言葉を口にする理由が分かった気がする。
特にジルさんといると、時間が経つのがとても早く感じる。


「ジルさんのお誕生日は?」

せめて僕が、雀の涙程度でもお金を稼げている時期で有りますように。
3ヶ月、いや4ヶ月。4ヶ月後以降でお願いします。

「私は2ヶ月前に迎えたばかりだ」

10ヶ月後か。
それまでにはなんとか、なんとかお金を稼げるようになっていたい・・・。
弱気になってはだめだ。目標ができたのは良いことだ。ジルさんに良いものをプレゼントするために、頑張ってたくさん働こう。
働く前に、まず自立しなくてはいけないけど。

でもそれはそれとして、誕生日と言わず早めにお礼はしたいんだけどな。
市場で何かいい感じのものがあれば良いんだけど。
ここの人たちって、何をプレゼントするのが無難なんだろう。
まあ最適なものを見つけたとしても、一文無しの僕は人のお金でしか買えないからなあ。


というか、2ヶ月前まで20代だったってこと?
ありえない。

こんな佇まいで、20代・・・。
目の前の人物をじろじろ見ると、未だに上半身裸だということに気が付いて思い切り目を逸らす。

「ジルさん、服着てください。冷えてしまいますよ」

「そうだな。アキオ、手当をしてくれてありがとう」

この程度、ジルさんにしてもらっていることに比べたら・・・そう言ってしまいそうになる口を押さえ込んで、
「こちらこそ。いつもありがとうございます」
と伝える。

自分が今伝えるべきことは、謙遜ではなく感謝だ。
表現し切れないと分かっていても、出来る限りは伝えたい。

僕の返答に頷いたジルさんはその逞しい体をやっとシャツで覆ってくれた。
全く、目に悪い。

「アキオと過ごしていると時の流れが本当に早いな。もうこんな時間だ」

そう言って広げた懐中時計の針は、11時少し前をさしている。
大変だ、明日も5時起きなのに。
しかもジルさんは今日お仕事で疲れているのに話を長引かせてしまった。
でも、同じことを考えてくれていたのが分かって嬉しくなってしまう。

「僕もこうやってジルさんとお話ししていると、すぐに時間が過ぎてしまいます。明日も早いですから、今日はもう寝ましょう」

「ああ、そうしよう」


ジルさんが微笑むたびに、僕も少しずつだけど自然と自分の顔が緩んでいる様な感覚を覚えていた。
まだうまく笑えてはいないかもしれないけど、いつかジルさんにたくさん笑顔を返したい。

しかし、寝ましょうとは言ってみたものの、さてどうしようか。

僕は多分『ひとり』という状況に少しナーバスになっているんだと思う。
ひとりで寝たら魘されて、ひとりでお風呂に入ったら過呼吸を起こした。

再び記憶に侵される気がして、ひとりで寝るのはちょっと怖いな・・・そう考えていた時、メテさんが言っていた「甘えたら良い」を思い出す。

甘える。
甘えるのって、こういう時でいいんだっけ。
えっと、メテさんはどうするって言ってた?
腕を絡ませて?目を見て?
話半分に聞いていたから全然覚えてない。

腕を絡ませるのはハードルが高いので、ひとまず今ジルさんが着たシャツの裾を掴み、目をじっと見つめる。

「アキオっ、どうした?」

メテさん、これ合ってる?
ジルさんびっくりしてるよ?

「えっと、その、ジルさん・・・」

しかし退くことはできず名前を呼ぶと、一瞬たじろいだジルさんもすぐにいつもの優しい声色に変わり、「ん?」とこちらを覗き込む。

「一緒に、寝てください・・・」

・・・・・

合ってますか?
メテさん、本当にこれで合ってますか?
ジルさん目が点になっているみたいなんですけど。

何がだめだったかな。
というか、今これどういう感情なのかな。
最近は表情を読むのが上手くなってきたと思っていたから、ここまで分かりづらいのは久しぶりだ。


「あの、やっぱり」

「もちろんだ」

無言の空気に耐えきれなくなって発言を撤回しようとすれば、重低音の肯定が響いた。


「いいんですか・・・?」

「ああ。寝る前に一度顔を洗って来る。アキオは先に布団に入って暖かくしておきなさい」

「はい」

顔を?さっきお風呂に入ったばかりなのに。

言われた通り布団に潜り込んで、もぞもぞと良いポジションを見つけていると洗面台から『パンッ!』という乾いた音が聞こえてきた。

へっ?

どうしたんだろう。蚊でもいたのかな。
この世界にも蚊っているのかな。
鳥や馬や、イノシシに似た生物までいるんだから生態系は似ているのかもしれない。


あれこれ考えているうちにジルさんが戻る。顔をよく見ると両頬が少しだけ赤い。洗う時に擦り過ぎてしまったのだろうか。
照明を落としたジルさんは僕の隣に潜り込んだ。


「アキオ、眠れそうか?」

ほっぺを凝視する僕に言う。

「はい。よく眠れそうです」

大きな体が同じ布団に入った瞬間、全身が暖かさに包まれ、安堵と睡魔が襲う。

「ジルさん、おや・・・すみ、なさい」

「ああ。おやすみ、アキオ」

何とか挨拶だけはせねばと横を向いて顔を見ながら声を発せば、同じくこちらを向いたジルさんのほっぺが目に入る。
暗くて赤いのは分からないけど、眠気が支配する体にムチをうち、無意識に最後の力を振り絞っていた。

「いたい、いたい、とんで・・・」

触れた頬はとても暖かかく、手を通して全身に伝ってくる熱に耐えきれなくなった僕の意識は、心地よい眠りの中に誘われていった。
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