ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

恋愛講義①

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話は弾み、いつの間にか陽も傾いてきた。
遅めの昼食兼夕食に、宿の食堂で頼んだものを部屋に運んでもらった。いわゆるルームサービスというやつだ。
僕はまだ食欲が無かったので、いろんな野菜を煮込んだスープだけ頼んでもらい、3人でわいわい楽しくランチをする。

メテさんがグースィの肉(僕の世界でいう鶏肉)を苦手だと言ったのには驚いた。
筋肉ある人ってタンパク質ばかり摂取しているという偏見があったけど、メテさんはパンや米が好きらしい。ルームサービスも炭水化物のオンパレードだ。

鍛えることにハマって、味気ねぇと言いながら鶏むね肉と茹で卵とブロッコリーしか食べていなかった先輩が見たら何て思うだろう。


メテさんは着痩せするタイプなんだろうな。いつもの軍服よりも、部屋着の方がより筋肉が際立って見える。

イガさんは、連日ユニコーンの方を見ることが多かったけど改めて人間の姿を見るとやっぱりこちらも美しい。
初めて会った時は、美しさよりもその体に背負った大きな銃や刀らしき武器に目が行き、どちらかと言うと軍人らしい勇壮な印象だった。
こうして普段の姿を見ていると、武器は似合わないし、そして見た目からは想像できないほどよく食べる。
背筋がスッと伸びてお行儀も良くて、どこの高級御食事会場かと見紛うほど物静かに食べているのに、いつの間にかあの皿を空に、この皿も空にするイガさんを見つめて、メテさんが目を細める。
2人を見ていると、やっぱり心がほんわかする。


食後、僕はメテさんの恋愛講義を受けている。
大口を叩いておきながらどうすれば良いのか全く分からなかったので「教えてください。僕はどうすればいいのでしょうか」と早速2人を頼ってしまったせいだ。

イガさんを落とした”恋愛の先輩“であるメテさん曰く、
「そんなの簡単だよ。思いっきり甘えればいいんだ」
とのこと。
人さし指を立てて堂々と説く姿に条件反射的に「おお~」と感嘆の声を上げそうになるが、ジルさんには今まで散々甘えてきている自分に気が付きはっとする。

「でも、僕もうたくさん甘えてしまっています。これ以上迷惑かけるのは・・・」

「迷惑だなんて思わずに、もっと素直になったらいいんだよ。聞きたいことがあったら聞けばいいし、してほしいことがあったらお願いすればいい。そうやって素直に自分を主張できるって、人としてとても魅力的だと思うけどな~」

「魅力的・・・」

イガさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、メテさんの話に耳を傾ける。

言われてみれば、僕は今までジルさんから与えられる優しさをただ受け入れるだけで、自分から甘えに行ったことはほとんど無かった気がする。そうか、自ら行動せねばいけないんだ。

「アキオ君は、司令官にして欲しいことや聞きたいことはありますか?」

イガさんが問う。
して欲しいことは、今のところ至れり尽くせりって感じだから思いつかない。聞きたいことは・・・

「あの写真の方が誰なのか、聞きたいです」

「司令官なら、快く答えてくださると思いますよ」

そう。ジルさんなら何でも教えてくれると思う。ツリーハウスで僕が自分から何もしようとしなかった時も、何でも言え、何でも聞け、何でも好きな事をしろと言ってくれた。

でも、その答えがもし・・・

いいや・・・!知らないままよりは良いと思う。もしあの綺麗な人がジルさんの大切な人だったとしても、これは僕自身の問題だ。僕がジルさんに堂々と気持ちを伝えられるくらい、人として成長しようというそういう話だ。だからジルさんに恋人の1人や2人居たって関係・・・無くはないけど、でも、最初の一歩さえ踏み留まっていては何も始まらない。


「わかりました、聞いてみます。
お二人のおかげで勇気が出ました」

生い立ちを話すのに覚悟を決めたり、何かを訊ねるのに覚悟を決めたり、人生は覚悟の連続だということに最近気付いた。
今までは、そういう決断をせずに生きてきた。
ただ入った郷に従うだけ。
けれど、このごろとても“生きてる”って実感する場面に遭遇することが多い。それもこれも、この世界に来たお陰だ。

「アキオ君の勇気、司令官は絶対に分かってくれますよ」

「はい・・・!」


その後のメテさんの講義は「隣に座って膝をこうくっつけて」「腕はこう絡ませて」「扇情的な目で見つめて」と、何故か接待じみたものになっていった。

イガさんが「聞かなくて大丈夫ですよ」と言ったのでとりあえず聞き流して、お茶のおかわりを飲んだり、食堂のお品書きを吟味してさっぱりと甘いものでも食べるか悩んだりしていたら、講師のメテさんに「不良生徒」呼ばわりされた。

「純粋なアキオ君に変なこと教えないでください」と抗議するイガさんに、メテ先生は「アキオ君はいつまでも司令官と親子だと思われてていいの?」とこちらに矢を向ける。

「それは嫌です」

そうだ、忘れていた。
市場のご主人にも親子だと思われていたし、ジルさんにも14、5歳の子供だと思われていた。
誤解は解けたものの、見た目は変えられない。
子供ではないけど「子供同然」くらいには思われているかもしれない。

「ほら、アキオ君も嫌だって」

「はいはい。可愛いアキオ君を変な風に仕込んでいる暇があったら、さっさと片付けてください。もうじき司令官がお戻りになりますよ」

「はーい、わかりましたよー」

「あ、僕も」

「アキオ君は座っていてください。今は体を大事に」

ぶつくさ言いながら食器を片付けるメテさんの後に続こうと立ち上がれば、イガさんに止められる。

「すみません・・・。ありがとうございます」


「・・・アキオ君、大丈夫ですよ」

「へ?」

背中にイガさんの手が添えられる。僕を落ち着かせるように静かに呟くイガさんは、どこか不安そうな目をしている。

「絶対に大丈夫です。自分を信じてあげてください」

「はい」

いつも元気で優しいイガさんだけど、今はちょっと悲しそう。何でだろう?
悲しそうだけど、でもやっぱり優しい。「大丈夫」と言われると、本当に大丈夫な気がしてきた。

イガさんの言葉の意味を考えているうちにジルさんが帰ってきた。

自分達の部屋に戻るイガさんとメテさんに別れとお礼を告げる。
そして、丁度お仕事モードからプライベートモードに切り替わったジルさんにおかえりなさいを言うと、いつもの柔らかい笑みをくれた。


ああやっぱり、僕はこの人が好きなんだ。
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