ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

生い立ち③

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「決して冷たい人間などではない。
何も感じる事ができなくなったのも、君の中の奥深くにある君の”心”が、これ以上アキオを傷つけまいと守ったのだろう。
世の中の歯車は想像以上に複雑だ。誰かがやらなければいけないことは、必ずしも誰もが望む事ばかりではない」

ジルさんはたまにすごく難しい事を言う。でも、なんとなく意味は分かる。本当になんとなくだけど。

「自分の親しい者を守る為に戦えば、誰かの親しい者が傷つく。そういう仕組みの上に成り立っている理が山ほどあって、私たちはその理の上を歩んでいる。だからその度に心を痛める。
そして痛んだ心は、必ず癒える時が来る。
私は君の心を癒やしたい」

布団を伝ってジルさんの低い声が僕に優しく届き、床を伝って、壁を伝って部屋全体に響く。
どうしてこんなに優しい声が出せるんだろう。
僕を囲う全てが、温かい何かに包まれているみたいだ。

「今すぐに乗り越える必要は無い。君が両親を恨む必要も無い。どんな親でも、君にとってはたった1人の父でたった1人の母なのだろう?どう感じていようと自由だ。記憶は大事にして良い。これから先その記憶に傷つけば、その度に必ず私が癒やす。それでは駄目か?」

そうか。
こんなに尻を叩いてくれてる人がずっとそばにいたのに、僕は偏屈に身をすくませ全てを受け入れるフリをして全ての事から逃げていただけだったんだ。ずっと足を踏み出すことに躊躇していた。
自分が何を恐れているのか、何を求めているのか、わかっているようでわかっていなかったから。

今度こそ素直に認めよう。母が死ぬほど怖かった。父が死ぬほど怖かった。でも愛して欲しかった。
人攫いは憎い。地下での生活は辛かった。苦しくて恐ろしくて逃げ出したかった。あんな目にもう二度と合いたくない。
でも今はとても幸せだ。これから先何を求められても従うつもりだった。例え元の世界に戻らないといけないとしても。でも、帰りたくない。ずっとこの世界にいたい。
ジルさんが好きだ。ジルさんのそばにいたい。ジルさんに恩返しをしたい。ジルさんに相応しい人間になりたい。

全てを認め始めた僕の中で様々な感情の芽が力強く育ち、その力に気圧されて何かの壁が決壊したように涙が溢れる。
僕のびしょ濡れの顔をジルさんが拭っても拭っても、どんどん溢れる。

止まらない涙に洗い流されて、眠りにつく頃には僕の心はスッキリと晴れ渡っていた。
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