ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

修学旅行の夜

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旅は順調に進んでいた。
2つ目の町はビーローの町と言って、木に実る果実を染料にした染め物が有名だった。
ペカンの町よりも幹は細くスっと真っ直ぐに伸びていて、葉は固く細長い。地球で言うヤシの木に似ている。
宿に移動するまでに市場も見物した。
イガさんが服を選んで買ってくれて、僕は新たに濃いカーキ色のシャツと白いスボンを手に入れた。

ジルさんは僕が1人で風呂に入ることに最初はあまり良い顔をしなかったが、「もう24歳ですから」と言ったら渋々オッケーしてくれた。でも心配性のジルさんのことだから、もしかしたら空気の精霊に僕の入浴タイムを見張らせているかもしれない。

この周りを可憐な精霊が取り巻いているのかなあ、なんてファンタジーな妄想を浮かべながら図々しくも一番風呂をいただいて、ジルさんがお風呂に入っている間は「若い者同士で話すこともあるだろう」とイガさんとメテさんの部屋に連れられた。

そして現在ベッドの上でわいわい楽しく会話に花を咲かせている。
・・・若い者って、ジルさんもそんなに変わらないけどね。



「じゃあ、アキオ君の世界では男性と女性が結婚するってこと?」

メテさんは僕が昼間に言った「同性同士では子孫が残せない」が気になったらしく、結婚事情等々を問うてきた。


「はい、基本的には。この世界で異性間での婚姻が認められ始めているように、僕の世界でも同性同士で結婚できる国は増えていますし、交際もそれほど珍しいことじゃなくなってきています。
でも僕の周りにはそういうカップルがいなかったし、まだまだマイナーであることに変わりはないですね」

「アキオ君も?」

「え?」

「アキオ君も女性が好きなの?」

メテさんの鋭い質問に一瞬考えあぐねた。


「そう・・・だと、思います」


「思います?」

僕のあやふやな返答を不思議に思ったのか、荷物の整理をしていたイガさんも隣に腰掛けて会話に加わる。


「一般的にはそうだから。僕もそうなんだろうなって。
でも正直、そういう気持ちになったこと自体無いのでなんとも・・・」


「アキオ君、人を好きになったことないの?」

大きいメテさんと大きいイガさんに挟まれてベッドに腰掛ける僕の気分は、まさに囚われた宇宙人だ。

「交際経験はあります。でも相手の気持ちと自分の気持ちにギャップを感じてしまって、やっぱり僕のは違うんだって気付くんです」

「そっかぁ」

「この歳になってまで、変ですよね」

17歳の時に交際した人には「秋雄君が考えてることが分からない」と言われ、19歳の時の人には「全然私のこと好きじゃ無いでしょ?なんでオッケーしたのよ」と言われ、22歳の時の人には「こんだけ誘っててあなた性欲無いの?あり得ない」と言われた。

交際するとは何か、結婚するとは何か、愛とは何か。
僕はやはり、いつまで経っても父と母に縛られているのだろう。2人の気持ちを知るためだけに女性の愛を利用した最低な人間だ。付き合えば何か分かると思った。
何も分からなかった。


「変じゃないよ!恋をするかしないかはその人の自由だと思うし。それに、これから先に何が起こるかなんて、誰にも分からないでしょ?」

「はい・・・」

「でもそっか。アキオ君は女性しか好きになれないと決まったわけじゃないのか。うん」

メテさんはぶつぶつ何かを呟いたかと思ったら、

「可能性は無限大ってことだね!」とウィンクをよこす。


「こら、メテ。そうやってずけずけと人様の事情に踏み込むものじゃありませんよ」

「イガさんは気にならないんですか?アキオ君の恋愛事情」

「それは、なりますけど・・・」

「でしょ?」

2人が僕を置いてどんどん会話を進めるのでついて行くのに精一杯だが、ドラマの修学旅行みたいで楽しい。

こういうのに特別憧れがあった訳では無いが、実際にやってみるとやっぱりうきうきするってもんだ。
そうそう、こんな感じで『お前◯組の◯◯ちゃんが好きなんだろ?』『は?なんで分かったんだよ』 『見てりゃ分かるって!』『そういうお前こそ同じクラスの◯◯が好きなくせに』『そうだよ悪いかよ!俺さ、明日告ろうと思ってるんだ』『まじか!望み薄だろ・・・相手クラスのマドンナだぞ』『じゃあ、俺が勇気出すからお前も告れよ』『はあ?何でお前に決められなきゃいけねえんだよ!』とかいうやつ。青春ど真ん中のやつ。僕も出来た。


「アキオ君は可愛らしいし、お話ししているととても癒されますし、この世界の人たちに言い寄られてしまうかもしれませんね」

「昨日も今日も町の人の視線が凄かったしね」

確かに視線はすごかった。
僕たちが通るたびに町ゆく人が振り返り、羨望の眼差しを向ける。

「でもそれは、皆さんがかっこいいからでしょう?」

そう。今日も軍人ズが凄かった。振り返る人はそのほとんどが顔を赤らめていた。
ちょっとオジサンみがあるっぽい人までニヤけていた。
軍人の威厳はオジサンまでも魅了するのかと恐れ入って、すごいなあ、すごいなあと一つ覚えの感想を心の中で唱えていたのだ。

「「アキオ君・・・」」

なぜか突然憐れみの目を両脇から向けられる。

そうだ。僕もやらないと。
この修学旅行みたいな夜を思い切り楽しまなければ損だ。

「お二人は、どちらがどちらをオトしたんですか?」

何だか青春ドラマに出てくる高校生になったみたいだ、と思いながら気持ちを弾ませて問いかける。


「ああ、それは俺がイガさんに・・・」

「「えっっ!?!?」」



・・・えっ?

バッッッ!!と音をたてる勢いで両サイドの2人が思い切り立つから、びっくりしてますます萎縮して、余計囚われた感が強まった。


「アキオ君、気づいていたんですか?」

「・・・な、なんで?」

2人は目を見張って至極当たり前のようにびっくりしているが、びっくりしたのはこっちだ。気付かれていないとでも思ったんだろうか。そりゃ、そうは言ってもお仕事中だし、わかりやすくいちゃいちゃなんて全然してなかったけど、表情に『愛おしい』って出てた。

「いつから気付いていたんですか・・・?」

「いつって、最初から。お2人が迎えに来てくれて、馬車に乗って出発する前に。イガさんのたてがみを撫でるメテさんの目が、なんか・・・そうかな、って」

「本当に最初の最初だね・・・。
アキオ君ってなんというか、他人のことに関しては鋭いというか」

「ですね」

僕が鋭いのかな。2人が分かりやすいだけだと思うけど。
メテさんだけじゃなくて、イガさんも僕やジルさんに向ける表情とは全然違う顔でメテさんを見る時がある。

ふむふむ、気付かれまいと振る舞っていても、『愛』は隠し切れないのだな?

「それで・・・どちらがどちらに」

あわや話が変わるところだったので、会話の流れを元に戻す。
ちょっとしつこかったかも知れないが、メテさんは快く話してくれた。

「俺がイガさんに惚れたんだ。
って言ってもね。なかなか落ちてくれなくて、それはそれは苦労したんだよ。1年以上口説き続けてやっと!」

「本当に。あまりにもしつこくて異動願いを出そうと思ったくらいです」

「しょうがないでしょ?イガさんがしぶとかったんだから」

バレてしまったならしょうがない、とばかりに色々教えてくれる2人からは、言い合いをしているとは思えないほど丸く甘い雰囲気が漂っている。

「メテさんは、イガさんのどういうところを好きになったんですか?」

「分かりやすく言うとね、ずばり!一目惚れだよ」

「一目惚れ・・・」


「それだけじゃない。優しくて、優秀で、几帳面で、料理も上手で、ちゃんとしてるように見えて朝は弱いし、そこらへんに生えてる雑草食べちゃうし」

「それは獣体の時だけでしょう!それに雑草じゃありません」

「そういうところが可愛くて仕方ないんだよ」

「恥ずかしげも無くペラペラと・・・」

イガさんは僕と話していると癒されると言ってくれたけど、僕も2人といるととても癒される。
2人の間にあるのは間違いなく『愛情』なんだと分かる。

幸せそうな2人を見ていると、僕も幸せになる。



「アキオ君・・・今、笑った?」

メテさんが僕の顔を覗き込んで言う。同じような事をジルさんにも言われた事がある。
思わず頬が緩んでしまっていたようだ。失礼に思われただろうか。

「「可愛い~~!」」

「ぐへ」

両サイドからの圧迫で変な声が出てしまった。すりすりされて、なでなでされて、もうされるがままだ。
どうやら気分を害してしまったわけじゃないらしい。

「うちの子にしちゃいた~い」

「何言ってるんですか、あなたの方が年下でしょう」

「だってイガさん、こんなんすぐ悪い虫がついちゃいますよ?」

「そうですね、それは深刻な問題です」

「どうします?アキオ君が王都で生活する上で、護衛をつけますか?」

「そのあたりは司令官が既に考えておられると思いますよ?アキオ君が異世界人という点でも、最低限護衛は必要でしょう」

2人は打って変わって真剣な面持ちに変わり、スケールの大きいことを言い出す。
護衛なんて、ジルさんの話を聞く限りじゃ軍人も業務が大変そうなのに。私生活までお世話していただくなんて滅相もない。

「いや・・・僕は大丈夫だと・・・」

「「いけません!」」

ピシッ!っと厳しい言葉が降ってきた。

ご飯の前にお菓子を食べちゃいけません。
宿題する前に遊びに行っちゃいけません。
夜更かししちゃいけません。

そういう類の「いけません」を、怖い顔の”ふり”をして子供に言い聞かせるように叱る2人は、さながら親のようだ。
この2人の子供はとっても幸せになるだろう。
2人が結婚して、もし子供が生まれたら、僕もすりすりなでなで可愛がりたい。

何気ない幸せが、死ぬほど嬉しい。

「イガさん、メテさん」

「はい」
「なに?」

「本当に、色々と、ありがとうございます」

こんな捻りのない言葉でしか感謝を述べられないのが情けないけど、2人は目を細めて「こちらこそ」と言い、両サイドからのすりすりなでなでを再開してきた。
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