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旅路
優しい人たち
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日本で言うと手巻き寿司パーティーみたいな感じだろうか。やったことは無いけど。
薄めのナンに、好き好きに具材を巻いてソースを付けて食べるらしい。
ツリーハウスでは、ジルさんが作ってくれたザウの塩漬けとビュゼの炒め物に、チーズと胡椒を乗っけて食べたことがある。あれは非常に美味しかった。
広げたシートの上に座って、屋台で買い込んだお肉や豆、野菜や色々なソース、スパイス、チーズなどを広げる。
ちなみに皆、チーズもヨーグルトもひっくるめて『発酵乳』と呼んでいた。
ナンは手のひらサイズのが20枚くらいあったけど、僕は朝ごはんをいっぱい食べたから1枚で満腹。野菜を多めに少しだけお肉を巻いて、カレー風味のソースとレモンみたいに酸味の効いたソースに付けて食べた。
それにしても皆さんよく食べる。
ジルさんの食欲が異常なんだと思っていたが、イガさんもメテさんも負けず劣らずだ。
メテさんはムキムキだからなんとなく分かるけど、イガさんは線が細いのに、どこにそんな量入るの?ってくらいどんどん吸い込まれていく。
やっぱりあれだけ走り続けると体力消耗するんだろうな。
みんなの腹が満たされ、シートの上で各自目の前に広がる自然に浸っていると、湖の上ををふわっと風が渡って僕の頬をかすめた。
風に晒された頬から体の中心に向かって温もりが広がる。良質な繭の中に閉じ込められているようだ。
感じる視線に隣を見上げると、ジルさんの深い紫色の瞳がこちらを向いていた。
この目に何度助けられてきただろう。
普段は軍人らしい鋭く険のある目が、こうして時折り柔らかく変化するのだ。
どちらからともなく小さく頷くと、僕は何かに背中を押されたように、自然と言葉を紡いでいた。
「イガさん、メテさん、お話ししたいことが」
2人に向き合って姿勢を正す。
「まずその前にイガさん、メテさん、そしてジルさん。僕を助けてくださってありがとうございます。それだけでなく、親切にお世話をしてくれて、こうして王都まで運んでいただいて本当に感謝してもしきれません」
3人に見守られて、僕の中に小さく芽生えた勇気が少しずつ膨らんでいく。
「何をどう話せばいいか分からないので、単刀直入に言います」
早まりそうになる呼吸を落ち着かせ、イガさんとメテさんを真っ直ぐ見つめる。
「僕は、別の世界から来た人間なんです」
穏やかだった2人の顔に、ゆっくりと驚愕の色が滲み出した。
「自分の部屋で寝ていたはずなのに、気づいたらあの地下室にいたんです。あそこで過ごしているうちに、自分が攫われて監禁されていると分かりました。隣の部屋には、おそらくこれから『商品』として売られていくであろう人たちがいることにも気づきました。
どうしてこうなったのかなんて考える余裕もなくて正直辛かったとかしんどかったとか、そういうのもよく分かりません。
ジルさんが助けてくれて一緒に生活するうち、僕にとって非常識的なことが次から次へと起こりました。
僕の世界には魔法なんて無いし、さっきの町みたいに大きな樹木も存在しません。人間が獣化するなんて物語の世界だけです。同性同士の間に子孫が残せるなんて、基本的にあり得ません。
自分の書く文字も、一字一字よく見れば変なウニョウニョした模様だけれど何故か読めるし。
何が何だか分からないことばかりだけど、でも、ここで生きてみようと思いました。皆さんに恩返しがしたいから。
でも、隠したままで自分を偽っていては、皆さんの側にはいられない。
せめて本当のことを伝えないといけない」
驚いた顔をしていたイガさんとメテさんだったが、次第に柔和な表情に変わっていった。滲み出る穏やかな雰囲気に、改めてこの人たちの優しさを思い知らされる。
そうだ、皆が不思議に思っているであろうことについてもきちんと解説しておかなければ。
「僕の世界では皆さんのように身長が高い方は珍しいんです。成長も、早いのか遅いのか・・・。昨日の燻製屋のロレンソさんや息子のアルタン君は、僕には2人とも20代後半に見えたんです。
だからその、僕がこの世界の方々にとっては幼く見えるのも、おそらく成長速度にギャップがあるからだと・・・」
「だからかあ! 良かった~~っ!!」
突然メテさんが場違いとも思えるような叫びを上げた。
「・・・へ?」
「いや、24歳のアキオ君がこんなに小さいのはなんでだろうってずっと思ってたんだよ。もしかしたら生まれてから今までずっと満足に食べることが出来なくて栄養が足りなかったのかな、とか。
俺、救出の時に一度気を失っているアキオ君をチラッと見たんだ。
あれから司令官がきちんと食事のサポートしていたはずなのに縦にも横にも大きくなってないから何か病気でもあるんじゃないかって心配で心配で。
それに今日も昨日も全然食べてないから体調が優れないのか、それとも食べ物が合わないのか、もう色んなこと考えちゃって」
そんな1週間やそこらで大きくなれるなら苦労しないけど、成長が早そうなここの人たちにとっては、健康的な生活をしているのに一向に育たない僕が不思議だったのかもしれない。
「僕としては、皆さんの食欲にびっくりしています」
「アキオ君の世界ではアキオ君サイズが一般的なんだね?食欲が無い訳ではないんだね?」
「成人男性の平均くらいかな、と。容姿やスタイルは人種によって違うから、もっと大きな人ももちろんたくさんいます。
でも2メートルは世界的に見ても大きいと思います。
それに食欲も、むしろあるくらいです。皆さんよく食べるなあ、と感心してしまいました」
「そっかそっか~うん!良かった良かった!」
「えっと・・・」
「メテ、アキオ君が言いたいのはそういうことではないと思いますよ?」
「え?何がですか?」
メテさんの素っ頓狂な声に、なんだか力が抜けてしまった。
「ごめんなさいアキオ君、勇気を出して話してくれたのに聞き手がどうしようもないうすらとんかちで」
イガさんも苦笑いでため息をつく。
この世界の人もうすらとんかちとか言うんだ。
でもなんだか、メテさんのおかげでこの場から一気に緊張感が消え去って、さすがだなあと思う。
たしかにイガさんの言う通り思っていた反応とはちょっと違ったけど、僕がウジウジと思い詰めている間にも、純粋な心配を向けてくれていたということがとてもとても嬉しい。本当に2人には頭が上がらない。
「アキオ君は、司令官から一通りこの世界の成り立ちについて聞いているんですよね?」
「はい」
「異世界の扉のことも?」
イガさんの問いに頷くと、2人は眉尻を下げて今にも泣き出しそうな顔になってしまった。
「アキオ君、不安で不安で仕方なかったでしょう。よく耐えましたね」
「大丈夫だよ!この国の王様はとても頼りになる。きっと力になってくれるはずだ」
イガさんに両手を握られ、メテさんに肩を優しく叩かれる。
「正直に言うと、イガさんもメテさんも、きっと僕を受け入れてくれる、そうであって欲しいとどこか心の奥で願っていました。
やっぱりお2人はとても優しいのですね。
でも、この世界では異世界人を召喚してはいけないし、そもそもそんなことが出来るような魔力を持つ人はいないんでしょう? だから僕の存在自体が禁忌というか・・僕はこの世界の人たちにとっては、不都合でしかないんじゃないかって」
「そんなことありません!そんなこと言わないでください」
「そうだよ。アキオ君はどちらかというと巻き込まれた側だ。
確かに、正直に言うとあり得ないって思うよ。でもアキオ君は嘘をついていない。それは分かる。
どうしてこういうことになったのか俺たちにも全然分からないけど、先のことは王都に着いてから考えよう!俺たちに出来ることはなんだって協力するから!
ね、イガさん」
「もちろん。それに、こんなことでも起きなかったらアキオくんと出会えませんでした。今はこの出会いを喜びましょう。
どうか気に病まないで」
本来存在してはいけない僕を、こうやって受け入れて、励まして、力になると言ってくれる。
やっぱりこの人たちには敵わない。
釣り合う人間にならなければ。
王都ではどう言う処遇をされるのかわからないし、ほんの少し怖いけど、そんなこと思っている場合では無い。
せめてこの世界の歴史や政治や法律くらいは勉強して、皆さんに面倒をかけないように自立しなきゃ。
なんだか活力が湧いてきた。こういうのも初めてだ。生きることに対して積極的な感情が芽生えることも元の世界では無かった。
初めてでもこの気持ちの正体が『活力』から来るものだってはっきり分かるのに、ジルさんへの気持ちの正体が未だに分からないのは何でだろう?
やはり僕もまだまだ勉強不足ということか。
よし。王都に着いたら色々勉強するぞ。
薄めのナンに、好き好きに具材を巻いてソースを付けて食べるらしい。
ツリーハウスでは、ジルさんが作ってくれたザウの塩漬けとビュゼの炒め物に、チーズと胡椒を乗っけて食べたことがある。あれは非常に美味しかった。
広げたシートの上に座って、屋台で買い込んだお肉や豆、野菜や色々なソース、スパイス、チーズなどを広げる。
ちなみに皆、チーズもヨーグルトもひっくるめて『発酵乳』と呼んでいた。
ナンは手のひらサイズのが20枚くらいあったけど、僕は朝ごはんをいっぱい食べたから1枚で満腹。野菜を多めに少しだけお肉を巻いて、カレー風味のソースとレモンみたいに酸味の効いたソースに付けて食べた。
それにしても皆さんよく食べる。
ジルさんの食欲が異常なんだと思っていたが、イガさんもメテさんも負けず劣らずだ。
メテさんはムキムキだからなんとなく分かるけど、イガさんは線が細いのに、どこにそんな量入るの?ってくらいどんどん吸い込まれていく。
やっぱりあれだけ走り続けると体力消耗するんだろうな。
みんなの腹が満たされ、シートの上で各自目の前に広がる自然に浸っていると、湖の上ををふわっと風が渡って僕の頬をかすめた。
風に晒された頬から体の中心に向かって温もりが広がる。良質な繭の中に閉じ込められているようだ。
感じる視線に隣を見上げると、ジルさんの深い紫色の瞳がこちらを向いていた。
この目に何度助けられてきただろう。
普段は軍人らしい鋭く険のある目が、こうして時折り柔らかく変化するのだ。
どちらからともなく小さく頷くと、僕は何かに背中を押されたように、自然と言葉を紡いでいた。
「イガさん、メテさん、お話ししたいことが」
2人に向き合って姿勢を正す。
「まずその前にイガさん、メテさん、そしてジルさん。僕を助けてくださってありがとうございます。それだけでなく、親切にお世話をしてくれて、こうして王都まで運んでいただいて本当に感謝してもしきれません」
3人に見守られて、僕の中に小さく芽生えた勇気が少しずつ膨らんでいく。
「何をどう話せばいいか分からないので、単刀直入に言います」
早まりそうになる呼吸を落ち着かせ、イガさんとメテさんを真っ直ぐ見つめる。
「僕は、別の世界から来た人間なんです」
穏やかだった2人の顔に、ゆっくりと驚愕の色が滲み出した。
「自分の部屋で寝ていたはずなのに、気づいたらあの地下室にいたんです。あそこで過ごしているうちに、自分が攫われて監禁されていると分かりました。隣の部屋には、おそらくこれから『商品』として売られていくであろう人たちがいることにも気づきました。
どうしてこうなったのかなんて考える余裕もなくて正直辛かったとかしんどかったとか、そういうのもよく分かりません。
ジルさんが助けてくれて一緒に生活するうち、僕にとって非常識的なことが次から次へと起こりました。
僕の世界には魔法なんて無いし、さっきの町みたいに大きな樹木も存在しません。人間が獣化するなんて物語の世界だけです。同性同士の間に子孫が残せるなんて、基本的にあり得ません。
自分の書く文字も、一字一字よく見れば変なウニョウニョした模様だけれど何故か読めるし。
何が何だか分からないことばかりだけど、でも、ここで生きてみようと思いました。皆さんに恩返しがしたいから。
でも、隠したままで自分を偽っていては、皆さんの側にはいられない。
せめて本当のことを伝えないといけない」
驚いた顔をしていたイガさんとメテさんだったが、次第に柔和な表情に変わっていった。滲み出る穏やかな雰囲気に、改めてこの人たちの優しさを思い知らされる。
そうだ、皆が不思議に思っているであろうことについてもきちんと解説しておかなければ。
「僕の世界では皆さんのように身長が高い方は珍しいんです。成長も、早いのか遅いのか・・・。昨日の燻製屋のロレンソさんや息子のアルタン君は、僕には2人とも20代後半に見えたんです。
だからその、僕がこの世界の方々にとっては幼く見えるのも、おそらく成長速度にギャップがあるからだと・・・」
「だからかあ! 良かった~~っ!!」
突然メテさんが場違いとも思えるような叫びを上げた。
「・・・へ?」
「いや、24歳のアキオ君がこんなに小さいのはなんでだろうってずっと思ってたんだよ。もしかしたら生まれてから今までずっと満足に食べることが出来なくて栄養が足りなかったのかな、とか。
俺、救出の時に一度気を失っているアキオ君をチラッと見たんだ。
あれから司令官がきちんと食事のサポートしていたはずなのに縦にも横にも大きくなってないから何か病気でもあるんじゃないかって心配で心配で。
それに今日も昨日も全然食べてないから体調が優れないのか、それとも食べ物が合わないのか、もう色んなこと考えちゃって」
そんな1週間やそこらで大きくなれるなら苦労しないけど、成長が早そうなここの人たちにとっては、健康的な生活をしているのに一向に育たない僕が不思議だったのかもしれない。
「僕としては、皆さんの食欲にびっくりしています」
「アキオ君の世界ではアキオ君サイズが一般的なんだね?食欲が無い訳ではないんだね?」
「成人男性の平均くらいかな、と。容姿やスタイルは人種によって違うから、もっと大きな人ももちろんたくさんいます。
でも2メートルは世界的に見ても大きいと思います。
それに食欲も、むしろあるくらいです。皆さんよく食べるなあ、と感心してしまいました」
「そっかそっか~うん!良かった良かった!」
「えっと・・・」
「メテ、アキオ君が言いたいのはそういうことではないと思いますよ?」
「え?何がですか?」
メテさんの素っ頓狂な声に、なんだか力が抜けてしまった。
「ごめんなさいアキオ君、勇気を出して話してくれたのに聞き手がどうしようもないうすらとんかちで」
イガさんも苦笑いでため息をつく。
この世界の人もうすらとんかちとか言うんだ。
でもなんだか、メテさんのおかげでこの場から一気に緊張感が消え去って、さすがだなあと思う。
たしかにイガさんの言う通り思っていた反応とはちょっと違ったけど、僕がウジウジと思い詰めている間にも、純粋な心配を向けてくれていたということがとてもとても嬉しい。本当に2人には頭が上がらない。
「アキオ君は、司令官から一通りこの世界の成り立ちについて聞いているんですよね?」
「はい」
「異世界の扉のことも?」
イガさんの問いに頷くと、2人は眉尻を下げて今にも泣き出しそうな顔になってしまった。
「アキオ君、不安で不安で仕方なかったでしょう。よく耐えましたね」
「大丈夫だよ!この国の王様はとても頼りになる。きっと力になってくれるはずだ」
イガさんに両手を握られ、メテさんに肩を優しく叩かれる。
「正直に言うと、イガさんもメテさんも、きっと僕を受け入れてくれる、そうであって欲しいとどこか心の奥で願っていました。
やっぱりお2人はとても優しいのですね。
でも、この世界では異世界人を召喚してはいけないし、そもそもそんなことが出来るような魔力を持つ人はいないんでしょう? だから僕の存在自体が禁忌というか・・僕はこの世界の人たちにとっては、不都合でしかないんじゃないかって」
「そんなことありません!そんなこと言わないでください」
「そうだよ。アキオ君はどちらかというと巻き込まれた側だ。
確かに、正直に言うとあり得ないって思うよ。でもアキオ君は嘘をついていない。それは分かる。
どうしてこういうことになったのか俺たちにも全然分からないけど、先のことは王都に着いてから考えよう!俺たちに出来ることはなんだって協力するから!
ね、イガさん」
「もちろん。それに、こんなことでも起きなかったらアキオくんと出会えませんでした。今はこの出会いを喜びましょう。
どうか気に病まないで」
本来存在してはいけない僕を、こうやって受け入れて、励まして、力になると言ってくれる。
やっぱりこの人たちには敵わない。
釣り合う人間にならなければ。
王都ではどう言う処遇をされるのかわからないし、ほんの少し怖いけど、そんなこと思っている場合では無い。
せめてこの世界の歴史や政治や法律くらいは勉強して、皆さんに面倒をかけないように自立しなきゃ。
なんだか活力が湧いてきた。こういうのも初めてだ。生きることに対して積極的な感情が芽生えることも元の世界では無かった。
初めてでもこの気持ちの正体が『活力』から来るものだってはっきり分かるのに、ジルさんへの気持ちの正体が未だに分からないのは何でだろう?
やはり僕もまだまだ勉強不足ということか。
よし。王都に着いたら色々勉強するぞ。
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