ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

壮行

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たんまり食べてお腹いっぱいになったので、ご馳走様をして片付ける。
そして切り口に移動するまでの屋台でお昼ご飯を買い込んだ。

町を歩いている時は、住民達に「軍人さん!」と声をかけられ続けた3人。この中にいる自分が浮いているように思えて仕方なかったけど、あまりにもハイテンションな町の人たちにつられてこちらまで元気にさせられる。

「皆さん、朝からお元気ですね」

隣を歩くジルさんに声をかける。

「この町の者達は皆働き者だ。戦後の混乱の中、いち早く復興したのがこの町だと聞く。燻製屋台のご主人らも相当な苦労をしたのだろう。が、こうも元気が良いとこちらが元気にさせられてしまうな」

ジルさんが優しく微笑む。僕と同じことを考えていたのがなんだか嬉しい。

そうか。戦争が終わったのは25年前だ。戦争も人身売買も縁遠く平和ぼけしている僕には想像もできないような生活をしてきたんだろう。
この世界の歴史をある程度ジルさんから聞いているつもりでいたけど、まだまだ知らないことばかりだ。
戦争が勃発した理由も、この世界に何ヵ国存在してどんな人種がいるのかもわからない。

もし出来るのなら、そういうことも勉強してみたい。



根本までワープしてして、馬車を置いた場所まで戻ってきた。

ユニコーンのイガさんにハーネスを取り付けるメテさんは、今日もうきうき楽しそう。


「おーーーい!!!気をつけてなぁーーー!!!」


突然頭上から小さく叫び声が聞こえてきた。耳を澄ますと、声の主が複数いることに気がつく。
見上げれば中腹の幹や枝に建つ住宅からたくさんの人が顔を出して手を振っていた。

「また来てねーー!!!」
「体に気をつけてーーー!!!」

「俺も仕事頑張りますーー!!!」

あれはアルタン君かな。

「ユニコーンだ!」
「軍人さん始祖人しそびとだったのーー!?」
「初めて見たぜ!」
「頑張れー!!」

町の人の声援にメテさんが手を振り、イガさんが甲高い声で鳴いて応える。
ジルさんも表情には分からないが、その様子はどこか胸を打たれているように感じる。



壮大な見送りに馬車が動き出すと、昨日とはちょっと違った風の景色が外を流れ始めた。
昨日は背の高い草があたり一面に生い茂っててちょっとおっかなかったけど、今日は進んでも進んでも見渡しが良さそう。

外を眺めたいけど、ジルさんの膝に座るのはドキドキして外の景色に集中できそうにない。
ドキドキ?僕、今ドキドキしてるのか。
そりゃドキドキするよな。さっきまでお偉いさんお偉いさんと崇め称えられていた人物の膝にどっかり座って優雅に景色を楽しむなんて、バチが当たりそうでドキドキする。

まあ、これまで膝に乗る以上の迷惑をたくさんかけてきた訳だけど。

朝からずっと考えてたけれど、お風呂も今日から1人で入るつもりだ。
宿のお風呂は魔力がなくても使える仕様になっているだろうし、椅子もあるから大丈夫だろう。
いつまでもお世話して貰ってばっかりじゃダメだ。

「アキオ、こちらに来るか?」

「・・・大丈夫ですっ」

少し誘惑に負けそうになったけど、耐えた。


「そうだ。先ほど『城』って言ってましたけど、皆さんお城に住んでいるんですか?」

困った時の質問攻めだ。
せっかく声が出るようになったのだから、お別れまでにたくさんお話をしておかなきゃもったいない。

僕の苦し紛れの問いかけに反応したのは、昨日同様に満員電車風に扉から半身を乗り出すメテさんだった。
かがんでこちらに顔を出し、

「アキオ君、城に興味あるの?そうだっ、アキオ君も遊びに来なよ!」

と言った。

「そんな、民間人が簡単に遊びに行けるような場所じゃ・・・」

「普段は閉ざされているが、終戦記念日や祝日などは城門広場が開放されている。家族や友人に会いに来る民間人も多い」

なんともオープンだなあ。
でもそれならジルさんに会いに行けるかも。
良かった。新年のご挨拶をするくらいの仲にはなれそうだ。

でもやっぱり、友人のように頻繁に会いたいと思うのはわがままだろうか。

「アキオは始祖人に興味があるのだろう?獣体で活躍する隊員にも会える」

「バ、バジリスクとかドラゴンとか?」

「フェニックスも、イガのようなユニコーンも」

・・・見たい。

「彼らは雄大で神秘的だ。一度に全ての始祖人を見られるのは軍城くらいだろう」

そっか。始祖人は珍しいから普通に生活していても気軽には会えないんだ。
それに普段の姿は人間と変わらないから、町ゆく人が始祖人か人間かなんて区別はつかないだろう。

お城には始祖人フルコースか・・・。これはなんとしても城に行かなければ。


「司令官が、始祖人をエサにアキオ君を釣っている・・・」

メテさんが人聞きの悪ことを言うが、見事に釣られた僕は「行きます」と返事をした。
始祖人もそうだが、旅が終わってもジルさんたちと今生の別れではないと分かったことが何より嬉しい。





馬車は順調に進み、特にトラブルもなくお昼を迎えた。

ちなみにどうやって時間を把握しているかというと、ジルさんもメテさんもイガさんも(ユニコーンの時はメテさんが預かっているが)懐中時計を携帯しており、それで確認しているのを何度か目にした。
腕時計は邪魔になるからと、軍では懐中時計を使っている人が多いのだそうだ。

今は正午を少し過ぎたくらいらしい。


「司令官、この先に湖がありますが、そちらに馬車を止めましょうか?」

イガさんが走りなながら前方から声をかけてきた。


「ああ、この辺りは治安もいい。そうしてくれ」

ジルさんが答える。これから僕は、2人にも自分のことを伝える。異世界から来た、と。
どういう反応をされるのか道中ずっと考えていたが、そんなの考えたって仕方がないということに気がついたのはつい先ほどだ。
人の気持ちを予想したって、コントロールできるわけじゃない。

結局は成り行きに任せるしかないのだから、僕がナーバスになっていることは何の意味も為さない。



しばらくすると馬車が止まり、僕はジルさんに支えられて外に降りる。
そこには視界一杯に湖が広がっていた。

「わ・・・」

思わず声が漏れる。
今までずっと森の中みたいな場所にいたから、水辺に立つのは本当に久しぶりだった。

「ん~!気持ちい~~!」

メテさんが伸びをしながら叫ぶ。
確かに叫び出したくなるくらい開放感があって気持ちがいい。

イガさんはメテさんにハーネスを解かれ、ぐるぐる巻きにされ、光を発しながら人型に戻る。

あの戻る瞬間、どういう仕組みになってるんだろう。あんなに光らなければもっとよく見えるのに。

好奇心を何とか抑えながら、ピクニックの準備をする。
ジルさんがシートを敷いてくれていたので、買ってきたものを馬車から運んだ。

片手が杖にとられている僕が出来ることなんてたかが知れてるけど、ジルさんは心配そうな視線を向けならがも好きにさせてくれる。
かと思えば、バランスを崩しそうになった時はいつの間にか隣にいて支えてくれるし、スーパーマンみたい。

司令官という役職にも、なるべくしてなったんだろうな。
こんなに周りが見えてる人初めて会った。

「アキオ、杖のつき方が上手くなったな」

褒めてもくれるし。

「王都に着いたら専門の医師に診てもらおう。より専門的なリハビリも出来るし、体に合った杖も作れる。それまで私の作った杖で我慢してくれ」

「ありがとうございます。でも、僕この杖が気に入ってます」

そりゃ、もっと僕の体に適した杖があるならもちろんその方がいいんだろうけど・・・。
ジルさんからのプレゼントだから、杖はこれ以外に考えられない。

僕の変な駄々にもジルさんは微笑んで応えてくれる。
が、僕は思わず目を逸らしてしまう。

最近のジルさんはよく微笑む。
普段が仏頂面だから、そのギャップにやられてしまう。なんかこう、よくわからないけど変な気持ちになってしまう。

この気持ちの正体がわからないまま、僕たちは市場の食材を広げて『ナン包みパーティー』の開催を始めた。
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