ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

世話焼き司令官

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いつ調達していたのか、メテさんが木製の使い捨てフォークやスプーンやナイフも差し出してくれた。

美味しそうな料理たちを広げて、まずは気になっていた腸詰めと卵の燻製を・・・といきたいところだが、キッシュみたいなやつが焼きたて熱々だったので、冷めないうちにそちらをいただくことにする。

「アキオ、箸でなくて大丈夫か?」

「はい、フォークもスプーンも使えます」

そういえばツリーハウスでは、箸を器用に使う僕を珍しそうに見ていた。異世界人だと言うことで納得してくれただろうか。
でも昨日はすぐに寝てしまったから、日本では箸を使うんですよなんて世間話は何もできなかった。日本どころか、元の世界のことや僕の生活について何一つ言ってない。

いつか元の世界のこと、ジルさんと色々話せたらいいな。


「アキオ君は箸を使えるんですか?」

「はい。あの、あ・・・」

いけない。昨日のジルさんで気が緩んでしまって、ついつい「元の世界では」とか言いそうになった。何と続けたら良いか分からず「ええと」と口籠もっていると、

「イガ、メテ。次の町までの道中、馬車を止めて一度休憩を挟めるか?話したいことがある」

とジルさんが助け舟を出してくれた。

「もちろんです」
「では、僕も今日は人型で休憩させてもらいましょう」


多分、僕の話をするんだと思う。2人は優しいからきっと受け止めてくれると思うけど・・・。この国の歴史や国民性はまだ完璧に把握できた訳じゃない。
召喚術が禁忌とされてるこの世界では、異世界人という僕の存在を良く思わない人の方が圧倒的に多いだろう。

ちょっと緊張する。




ーーーポン。

あれやこれやと考えていると、隣から伸びてきた大きな手に、頭を2度ポンポンされた。

突然のことに僕の心臓はギュンと音を立てる勢いで膨張したかと思うと再び勢いよく収縮する。何かを察知したように頭の中ではアラートが鳴り響く。

ジルさんの顔がまともに見れない。頭に血が昇るような感覚が駆け巡る。
なんだ、この現象。

昨日はあんなに独占欲丸出しだったのに、今日は触れられると少し困ってしまうなんて。情緒不安定だ。しっかりしなきゃ。


「い、いただきます」

よく分からないがとにかくキッシュを食べよう!昨日の夜何も食べていないから、少し調子が悪いのかもしれない。食べれば大体の体調不良は治るって施設の先生が言ってた!

「んぐ」

おぼつかない手でキッシュをとらえたため予想よりも多く掬い取り、そのまま口に運んでしまった。
チーズのちょっとクセがある香りと塩漬けの塩味えんみが口いっぱいに広がる。パイ生地もサクサク感がしっかり残っていて、香ばしくて、うん、これはいい・・・!

口の中のキャパシティ限界まで詰め込んだキッシュをモグモグと時間をかけて咀嚼していると、周りのテーブルからちらほら視線を感じる。やばい、だいぶ行儀が悪かったかも。

美味しく咀嚼を続けながらも内心焦る僕に対して、イガさんとメテさんは顔を見合わせながら微笑んでいる。

「アキオ君って司令官に負けず劣らずのポーカーフェイスだけど、食べてる時は幸せそうだね。ほっぺ膨らませて可愛い~」

「ええ。こちらまで幸せな気持ちになりますね」

食べ物が美味しいことを幸せだと思うなんてジルさんと出会うまで無かったし、しかも今日はイガさんとメテさんもいて旅行みたいにわいわいと楽しいからそれだけでもう何を食べたって美味しく感じるのだ。

「こうやって皆さんと一緒に食べるのが幸せなんです。忙しいのに、僕のわがままを聞いてくださってありがとうございます」

「アキオ君・・・なんて良い子なんだ!」

「子、って。あなたの方が年下なんでしょうメテ」

イガさんも、メテさんづたいに僕が24歳だと言うことは聞いていたらしいけど、特に訝しむことなくいつも通りの態度で接してくれていた。


「だってイガさん。アキオ君の雰囲気ってなんというかこう・・・癒される!!!って感じだから、つい」

「それは確かに」

「ほらアキオ君、気になってた燻製も食べなよ」

「ありがとうございます」

たくさん差し出された燻製のうち、卵の串にかぶりつく。
ラーメンに入っているような味玉よりも薄味で、朝に食べてもくどくない。
燻された香りは上品で、少し半熟の黄身がとろっと舌に広がる。
後から胡椒のようなスパイスがふわっと残って・・・

なんだこの食べ物!美味しい!
一口サイズなのがまたいい。お腰につけて持ち歩いておきたい。


僕が卵を平らげている間に、ジルさんが腸詰めや塩漬けを食べやすいサイズに切ってくれていた。
サラダもスープも取り分けてくれて、いつの間にか僕の周りには、それはそれは美味しそうなモーニングプレートが完成していた。

ツリーハウスでもよくこんな感じで世話を焼いてくれたていたから、僕はいつものように「ありがとうございます」とお礼を言って優雅にモーニングを楽しむ。

ここのテーブルマナーを知らないし、人の目があるところで切り分けたりよそったりするのはまだ僕にはレベルが高かったので助かる。


向かいの2人が「司、司令官が・・・」「ここまでの司令官は初めてだ」と物珍しそうにこちらを見ている。

2人の視線に負けず劣らずなのは周りの人たちの視線だ。

そりゃこんなハンサムな軍人が僕みたいなちんちくりんの世話を焼いていたら気になるよね。


「アキオ、もう少しこちらに寄りなさい」

痺れを切らしたようにジルさんが僕の腰を引き寄せる。

「え、は、はい・・・」

触られただ場所から熱が全身に広がっていく。喉が狭まってものを通さなくなる。

「そ、そういえばイガさん。
昨日馬車を引いていた時はお食事とられてないんじゃ・・・、僕達は馬車の中で色々いただいたんですが」

生じた熱を誤魔化すために、昨日からちょっと気になっていたことを訊いた。馬車の中で2人が持ってきてくれた食事を呑気に食べたけど、イガさんはずっとユニコーンで馬車を引き続けていた。

「ユニコーン型では人間の食べ物が食べられないんです。獣体の時の好みは人それぞれですが、私はマメ科の草が好きなので、馬車を引くときはいつも野生のをパクパクっと失敬してまして」

なるほどそういうしくみなのか。
人間の食べ物が食べられないなんて、始祖人も大変だな。
それにしても野生の草をたべていたとは。イガさん顔に似合わずワイルドなことするのね。

「じゃあ、今日は市場で買ったものを皆で一緒に食べませんか?」

「良いですね!そうしましょう」

イガさんはじめ皆が頷いてくれたことに安堵して、再び食事に集中する。

そういえばジルさんは軍の人たちに料理を作るって言ってたけど、どういうのを作るんだろう。
昨日、お風呂の中で一生懸命話題をストックしたんだ。せっかくだから訊いてみよう。

「ジルさんは軍の人たちにも料理を作るって聞きました。どういうのを作るんですか?」

「大した物ではない。栄養を疎かにする者が多いのでな。
なるべく栄養に偏りのないように、気温が高い時期は酸味や塩味が強いものを、低い時期は体のあたたまるものを心がけている」

「城には食堂があるので、普段はきちんとした食事を摂れるのですが。潜入や支援で出張でばった時など、食材が限られている場所ではそうはいきませんからね」

「いやあ、ダデの町で長期支援活動した時の炊き出し、あれ最高でしたね!あの時間が何よりの楽しみっていう隊員や住民はたくさんいましたよ!」

「それは良かった」

「あの時は司令官、日替わりでスープを作ってくださいましたよね。今日は何のスープかなって、僕も起きた時からそればかり楽しみで」

「イガさん寝言で『いただきます』って言ってた日ありましたよね」

「メテ、いらないこと言わなくていいんです」

イガさんとメテさんは懐かしき日の思い出にわいわいと盛り上がっている。
やっぱりこのお2人仲が良いんだなぁ。

そっか。軍っていうと戦ったり悪人をひっ捕らえたりするイメージが強かったけど、支援活動もするんだよね。
司令官が炊き出しって・・・。今回は潜入捜査してたし、ジルさん本当に何でも出来るんだなあ。すごいなあ。僕とは大違い。比べるのも厚かましいが。
イガさんもメテさんも、こうしていると『気の良い兄ちゃん』って感じだけど、日々命をかけて民間人のために働いてるんだもんな。

なんというか人間力の格差を感じる食卓であったが、このような心癒える時間を過ごせる僕は幸せ者だ。
残り少ない旅、楽しみ尽くさねば。
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