ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

ある時計台の話②

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「今からおよそ160年前に完成した時計台が、ある世界の時計台と繋がった。その世界には純粋な人間が存在した」

およそ160年前。人間の平均寿命が長く、6066年の歴史を持つこの世界にとってはついこの間のような感覚なのかもしれない。
そういえば6066年って、西暦が2022年だから・・・ちょうど3倍か。

「魔法や呪力といった力が存在しない為、あらゆる科学技術が発達していた。やがてその世界を研究する者たちが現れた」

「異世界の様子は、誰でも見ることが出来るんですか?」

「そういう訳ではないんだ。時計台は国が管理している為、王族や軍人、有識者など、観測できるのは一部の者に限られている。その中でもさらに魔力が強い者でないと、時計台を眼前にしても映像が脳に流れ込んで来ないらしい。研究を始めたのも、国の有識者たちだった」

そう話すジルさんの顔は曇り、心を痛めているように見える。

「研究するのは自由だ。人々の魔力が薄れつつあるこの世界において、研究材料が増えるのは喜ばしいことだからな。
研究者は自分たちの先祖である『純粋な人間』に関心を示し、特に繁殖方法について深く興味を持った。この世界の人間とは違い、獣のように雄と雌の間に子を成すという。体の構造を研究するうち、彼らはある一つの仮説を立てた。あちらの世界のメスさえ召喚すれば、この世界のオスと子孫を残せるのではないか、と」

「何故そんな事を?もうその頃にはこの世界に始祖人は少なくなっていて、ほとんど人間なんでしょう?同じ人間を召喚したいと何故思ったのでしょう」

「同じ人間だからだと思う。同じ人間にも関わらず体の作りや築く文明が違う。何より魔法を使わない科学技術の発展速度が段違いだった。研究者たちは異世界の人間に憧れを抱いた。しかしもちろん行動には移さなかった。なにせ発覚すれば極刑、死刑に処されるのだからな。

アキオ、召喚術が禁忌とされる理由は分かるか?」

「始祖たちが経験した『種族の絶滅』という運命を辿ることの無いように・・・?」

「それもあるが、召喚術という術そのものの問題もある。召喚術というのは本来、召喚対象の体が切り裂かれるほどの負荷がかかる術だ。保護魔法や破壊魔法などを複雑に絡み合わせながら、その衝撃を打ち消して召喚する。失敗すれば、対象の体は切り裂かれたようなダメージを受ける。つまり、異世界の人間を殺あやめてしまうことになるからだ」

そんなリスクを冒してまで、始祖たちは何十年、何百年にも渡って人間を召喚し続けていたのか。そして実際に召喚に成功していたのだから、始祖の魔力というのは想像を絶するほど強大なのかもしれない。

「今から134年前の5932年に、異世界の時計台周辺で2件の残酷な事件が起こった。2人とも女性で、1人は耳を切られ、生殖器に異物を挿入されたことにより内臓を損傷し死亡、1人は喉や腹部を数十箇所刺され、あらゆる臓器を損傷していたらしい。

その後も殺人は続いた。2人目の事件から24日後に1人、そのさらに8日後に1人、またそのさらに22日後に2人、10日後に1人。立て続けに7人も。いずれも臓器が剥き出しになるほどのダメージを受けており、内臓の一部を持ち去られた者もいたという。繋がった世界で次々に起こる凄惨な殺人に、観測していた者たちは心を痛めた。

しかし7人目の事件から数日後、研究者たちがある違法魔法を使用していたことが明らかになり、それどころではなくなった」

「ある違法魔法?」

「この世界に使用が禁止されている魔法はいくつかあるが、代表的なものが3つある。1つは召喚魔法、1つは自白魔法、そして、隠蔽魔法だ」

「隠蔽・・・?」

「魔力は、使用すれば痕跡が残る。その痕跡に違法な術が含まれていれば法を犯したとみなされ処罰の対象となる。だから魔法の痕跡を隠す事は、それ自体が違法となる。

国の有識者である研究者たちが何を隠蔽していたのか、国中くにじゅうの人間が震撼し注目する中、王が発表したのは『事実誤認』つまり、勘違いであった、と」

勘違い。

「しかし、それは国民に向けた虚偽の報道だった。
実際に研究者たちの隠蔽は確認されていたんだ。隠蔽されたのは、5度にも及ぶ召喚術発動。異世界での3件目から7件目までの殺人は、研究者たちが召喚しようと試み、失敗した残痕だった。

『召喚術の発動が確認された場合、発動した者及び関係者は極刑に処す。』この時、初めてこの法が執行された。隠密にな」


約160年前。日本で言うと幕末あたりか。
134年前は1888年。というと明治の半ばごろ。外国で言うと・・・



僕の脳裏には、この世界に来る直前に携わっていた事件が浮かぶ。




「諏訪!すまんな早朝に呼び出して」

早朝に呼び出された編集室には、局長と当直の先輩が居た。

「いいえ。大丈夫です」

「やべえって諏訪これ見て!」

テレビには、5年前の連続残忍殺人犯が捕まったという報道が各局の臨時ニュースを占領していた。
しばらくすると隣の県の編集室からも、若手からベテランまで数名の記者が応援に駆けつけて、皆好き好きに当時の事件を語る。

「うわー大変なことになっちゃったねェ」

「しばらく寝らんねーじゃんかよ」

「これって主婦とか女性ばっかりが狙われて、妊婦もいたってやつだっけ?」

「内臓持ち去られた人もいたらしいですよ!」

「アレっすよね!『切り裂きジャック再来!?』ってやつ」

「そういえばメディアがこぞってそんな風に取り立ててたなあ」


「切り裂きジャックって何でしたっけ」


「え、諏訪知らねーの!?」

「知らないヤツ初めて見たわ」


「いや・・・聞いたことはあるんですけど、映画でしたっけ?」


「ロンドンで起きた事件だよ」


「実際の事件なんですか?」


「ほんとに何も知らねぇんだな。ロンドンで11人の売春婦が殺されたアレだよな?」

「正確には、11人の女性がグロテスクに殺される連続殺人事件、『ホワイトチャペル事件』って総称されてるうちの5件が切り裂きジャックの犯行とされてる。最初の2件と最後の4件は類似してるが、別件だって見方が一般的らしい。ま、未解決事件だから正確なことは誰にもわかんねえけどな」

「ロンドンかあ!ロンドンもいいなぁ・・・」

「ん?旅行でも行くのか?」

「そうなんすよ。彼女にプロポーズする予定なんです!」

「おいおいお前らこんな時にそんな話・・・」

「いいじゃねえか人の幸せはいつ祝福したってよお。
んで?ロンドンっつったらバッキンガム宮殿とか、大英博物館とか?アフタヌーンティーしながらプロポーズってのも、さり気なくてアリじゃねえか?」

「いやいや、ロンドンといえばビッグ・ベンでしょう!ビッグ・ベンの鐘と共にプロポーズ!超ロマンチックじゃないっすか?」

「若い奴が時計台の前でプロポーズなんて渋すぎねえか?もっとこう華やかに、爽やかに!」

「ええー?じゃあどこがいいんですか?」

「んー、ハワイ!とか」

「うわ、ベタすぎー。それ先輩の時代でしょ?」
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