ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

のんびりお風呂タイム②

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「ジルさん、座って下さい」

「・・・私が座るのか?」

「そうです。背中流します」

「そんなことをしてもらっていいのだろうか」

「いいんです。早く早く」

お風呂椅子は日本のよりも高くて、僕はギリギリ足が床につくくらい。うろたえるジルさんを「さぁさぁ」と座らせると、ちょうど立っている僕の目の前に背中が来た。
背中にまでゴツゴツした筋肉がついている。薄い傷跡もたくさん残っていて、『軍人』って感じがすごい。傷はおそらく人攫いに監禁されていた時のものだろう。

備え付けの石鹸を泡立てて大きな大きな背中を洗っていく。人の背中を流すのなんて初めてだ。力加減がわからない。丈夫そうだし少し強めでも大丈夫かな?
あ、肩甲骨にほくろある。

「痒いところはありませんか?」

「ああ。とても心地がいい」

なんだかこの背中を独り占めできていることに優越感を感じてしまう。そんなこと言ったら、ここ一週間ほどはずっと彼自身を独り占めしていたのだけれど。

まんべんなく洗い終えて泡を流そうと思ったが・・・

「流しても大丈夫ですか?傷が」

「このくらいなら問題ない」

絶対問題なさそうだけど。
本人が良いと言うのだから良いのだろう。

「そうですか?じゃあ流します」

流しながら前を見ると、あぁー、お湯が傷に掛かってしまっている。見ているだけで痛そうだ。
あの技やらないのかな?あの水跳ね除ける技。
顔が一つも歪んでいないかところを見ると、やっぱり痛みには強いのかもしれない。


よし、次は頭だ。
人の頭ってどうやって洗えばいいんだろう。

「ジルさん、目を瞑っていてくださいね」
「わかった」
とりあえずシャワーヘッドを手にして、髪の毛を濡らしてみる。

次は泡で髪の毛を揉み込んでジルさんの頭をもふもふにして・・・何だか面白いな、これ。美容師さんがやっているように、頭皮をむにむにとマッサージしてみる。髪の毛が結構柔らかい。意外と猫毛だな。

友達や上司と『裸の付き合い』というものをしたことがないので少し緊張していたが、自分の手で相手が満足してくれることがすごく嬉しくてもっと色々世話を焼きたくなる。ジルさんも僕に対してこういう気持ちなのかな。だったら嬉しいな。
ピカピカになったジルさんに先に湯船に浸かってもらい、僕も自分の体と頭を洗う。

心配そうな視線が突き刺さって非常にやりにくいが、広い湯船に浸かりたい一心で何とか洗い終え、「失礼します」と隣に体を沈める。
僕サイズの人間なら三人は余裕だろう。肩まで浸かって足を伸ばすと、溜まった疲れが染み出し、極楽浄土へ誘いざなわれる。アパートでもシャワーで済ますことの方が多かったが、やはり根は日本人のようだ。思わず顔がクタクタにふやけてしまう。

ふとバキバキの腹筋を盗み見すると、傷の周りだけ空気がプクッと張っていた。
さっきは発動していなかったのに。もしかしたら、お湯が汚れてしまうからと気を遣ったのかな?

「それは、魔法ですか?精霊ですか?」

気になりすぎたので聞いてみた。

「これか?精霊の力で、空気がこの周りを囲っている。生傷が多過ぎると小言を言われながらな」

精霊も小言言うんだ。
聞いてみたい・・・!!

「アキオ、明日の朝は市場に行くか?」

そうだった。今日は疲れすぎてどこにも出歩けそうにない。せっかく街を楽しみにしていたのに。
こうなったら明日市場を満喫し尽くそう。

「行ってみたいです」

「ではそこで朝食をとろう。朝市には屋台飯も多く出店する。気に入ったものがあるかもしれない」

聞けば屋台で色々見繕って、そこらへんでピクニックするのが主流らしい。
なんだそれ。絶対楽しいじゃないか。

「ジルさんは、好きな食べ物は何ですか?」

この世界の仕組みについては色々教えてもらったけど、そういえばジルさんのパーソナルな部分をあまり掘り下げていなかったなと思い、小学生のような質問をぶつけた。

「私は腹に入れば何でもいいが、肉は力になるのでよく食べる」

腹に入れば?
嘘だ。あんなに料理上手な人が、腹を満たすだけの食事をすると思えないけど。

「料理、とても上手なのに?」

「あれは隊員たちに食べさせるためだ。イガのように几帳面な者もいるが、放っておくと碌な食事をしない奴ばかりなんでな」

ジルさん、寮母さんじゃん。

「作ってくれた料理、全部美味しかったです。まだちゃんとお礼を言っていませんでした。ありがとうございます」

「それは良かった。アキオは何でも美味そうに食べてくれるので作り甲斐がある。苦手なものは無いのか?」

「はい。ありません」

「そうか。好き嫌いせず食べて偉いな」

やっぱり、24歳って言ったの忘れているのかもしれない。

「苦手な物も無いですが、特に好きな物もありませんでした。でも、今はジルさんの料理が好きです」

「アキオにそんなことを言われるなんて、私は幸せ者だな」

ジルさんは大袈裟だな。でも自分の言葉に幸せを感じてくれるのが嬉しい。
軍の人たちにもこういうこと言ってるんだろうか。もしかして相当な人たらしなんだろうか。だんだん複雑な気持ちになってしまう。

ジルさんの軍生活のことについては、イガさんとメテさんに聞くのがいいだろう。特にメテさんは何でも話してくれそうだ。僕は意外なジルさん情報を求めて明日の朝食時会話のネタを考えつつ、その後も好きなパンの話や塩漬け肉の調理方法などについて語った。
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