ある時計台の運命

丑三とき

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幕開けのツリーハウス

人類の始まり①

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「創世記、世界にまだ人間は存在せず、ユニコーン、バジリスク、フェニックス、ドラゴンという4種類の生物で溢れていた。彼らのことを、私たちは『始祖』と呼ぶ」

ジルさんの声は、まるで朗読劇のように幻想的で、たおやかで、重厚感がある。
僕は特等席で物語に耳を澄ませる。

「彼らは非常に強い魔力を保有しており、主に土壌を豊かにすることに活用していた。さらに知能も高く、頭の良い彼らは植物の交配を行い、様々なものを栽培し、かてとした。
さらに日没や日の出のサイクル、星の位置を理解し、『時間』という概念を生み出したんだ」

僕の世界では伝説とされる生物が、この世界においては存在するのみならず、人間の文明の基礎を築いたという。
共通点の多い2つの世界。同じだけれど全く違う世界。

物語にのめり込むように、体がゆっくりと前のめりになるのを感じる。

「彼らは知的好奇心が非常に高く、より深い知識を、より高い知能を求めた。なんと、彼らの時代には既にまつりごとが行われていたという。

ある時、世界創立記念に沸き立つ彼らは、彼らが誇る『叡智』の象徴として世界の中心地に時計台を築いた。
当時としては最も大きく、そして最も正確な時計台だった。と言っても今のような機械式時計はまだ無かったため、彼らが築いたのは日時計のようなものだ。

そして、その時計台を築いたことが原因で、この世界は別の世界と繋がってしまった」


別の世界・・・
今ジルさんの口から、「別の世界」という言葉が出た。
そういう概念が、創世記からこの世界にあったと彼は今そう言った。

風に乗ってよそぐ葉や芝の音が嫌にクリアに聞こえ、心の中がザワザワする。

「繋がったと言っても自由に行き来ができる訳では無い。存在が確認できたというだけだ。
彼らは知的欲求を満たすため、その世界について調査を始めた。
そして、そこに自分たちよりも遙かに高い知能を持つ生命体、『人間』が存在することを発見したという。

先ほども言ったように、彼らは非常に魔力の高い生き物だ。そして頭も良い。
召喚魔術を完成させるのに、そう時間はかからなかった」


ーーー人間を召喚したのですか?
おぼつかない手でペンをとる。変に力が入り、このたった一言を紡ぐにもかなり時間を要してしまった。
この世界の文字とは思えないほどに美しさを失って、緊張したように角張っている。


「その通りだ。なぜ召喚したと思う?」

ーーー人間が持っている知識を得るため?

僕の回答に、それまでこちらを見守るような眼差しで見つめていたジルさんが、そっと下を向いた。

「それもある。しかし最も大きな理由は『後世に、より知能の高い遺伝子を残すこと』だ」

言っていることの意味がわからず、ジルさんの紫色の瞳を縋り付くように追ってしまう。

「始祖たちは、人間との交配を行った。
そして、純粋な人間と始祖、両者の遺伝子を持つ生物が誕生したのだ。私たちは『始祖人しそびと』と呼んでいる」

人間と始祖の交配。それは分かった。生殖の仕組みは未だ不明なことが多いけれど。それよりも続きの物語が気になって仕方がない。

人間と始祖の交配が、なぜの現代人が始祖の血を引いていることになるのだろう?人間同士で子孫を残せば、純粋な人間も誕生するのではないだろうか?

直後、疑問は解決した。

「彼らの目的はあくまでも『自分たちの子孫』の進化だったのだ。純粋な人間が増えてしまっては、自分たちより聡明で知能も高い人間に世を支配されてしまう。
それを恐れた始祖たちは、人間同士の交配を許さなかった」

ーーー許さなかった?

ーーーどうやって?

「禁じた方法については様々な云い伝えがある。始祖たちが育んだ自然、つまり、こういった樹木の中に閉じ込めて接触を断ち、管理する」


なんと、酷いのだろう。
人攫いと同じじゃないか。

ついさっきまでその豊かさや壮大さに感動していたのが馬鹿みたいに思える。
その素晴らしい自然を利用して、自由を奪い屈辱を与えていたなんて。

「しかし全てを抑圧するには目の届く限度があった。
だから、人間同士の間で生命が誕生した時は、命を奪っていたようだ」

ジルさんが小さく呟くようにそう語った瞬間、僕の息がひゅっと音を立てた。
しかし不思議と残酷だとは感じなかった。
その瞬間、自らの『死への希望』が、未だに消え失せていないことを実感した。

ジルさんに色々なことを体験させてもらった。色々なものを見せてもらった。色々な感情を与えてもらった。
なのにまだ僕は、泥臭く死を求めているというのか。もうあの陰鬱な気持ちは忘れたと思っていたのに。

物語の語り手の恩にあまりにも報えていない自分自身のことの方が、もっと残酷に感じる。


「人間の住む世界はいくつもあるらしい。しかし、どこの世界からでも召喚できるかというとそうではない。条件というのがある」

条件。召喚。
それがわかれば、僕がこの世界に居る理由もわかるかもしれない。帰る手段もわかるかもしれない。

でもそれを知ってどうする?知って、僕は帰りたいと思っている?
自分自身に目を向けるとどうも盲目になってしまう。
自分のことがよくわからない。

しかし、物語の続きを聞かずにはいられなかった。

「まず、同じ時を刻んでいる世界としか繋がることはできない。
噛み砕いて言うと、ここで1秒が経過している間に、ある世界ではこちらで言う1分相当の時が流れ、またある世界では0.001秒未満の時しか生まれない。違う時間が流れる世界とでは、繋がる前に空間が乖離を起こすというわけだ」

ダイニングにあった時計は、見慣れたものと同じだった。秒針が刻む1秒も、正確にはわからないがおそらく僕の中での1秒と同じだろう。
僕の世界は、なんとも条件にぴったりの世界ではないか。

「同じ時を刻むあらゆる世界から人間を召喚し、そして交配を繰り返した。
その結果、何が起こると思う?」

その先を考えるには少々想像力が足りず答えは出なかった。
何も記さない僕を見て、ジルさんは静かに物語を進める。


「徐々に純粋な始祖が減少し始めたのだ。
頭が良く理性も持ち合わせる彼らだが、それは人間以外の生物と比べたらの話。
始祖たちの『叡智を追求する本能』は、純粋な種族の繁栄という、生物が持ち合わせる基本的な本能までもを侵食した。
彼らの知的欲求は、満たせば満たすほど自らのしゅを絶滅に追いやるものだったということだ」

絶滅というのは、生物にとって想像し難いほどの苦痛らしい。
絶滅の危機を迎えて初めて、始祖たちは自らが犯した事の重大さを知った。

「運命を悟った彼らは、自分たちが生み出してしまった始祖人が今後同じ思いをしないよう、また、弄んでしまった人間へのせめてもの償いとして世界中の時計台を全て破壊し、異世界へと繋がる扉を消し去った。
そして召喚魔術も完全に封印した」
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