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幕開けのツリーハウス
精霊
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「ジルルドオクタイ最高司令官!武装偵察第一部隊、タニョ・イガ。報告に参りました!」
扉の外から大きな声が響く。今日一日、ジルさんの静かな低音を聞いて過ごしたので、この張りのある声がどこか新鮮だ。
「少し待ってくれ」
その声に対して返事をしたジルさんは、僕を解放しながら肩をポンと叩いて言う。
「アキオ。軍の者が報告に来た。入れてもいいだろうか?」
僕はこんなに優しい肩ポンに怯えてしまったのか。天使みたいなジルさんに向かって、首の痛さを我慢しながらなるべく大きく頷いた。
「失礼致します」
入って来たのは、ジルさんより少し低いくらいの上背で、物腰柔らかそうな青年。
首の半分ほどまである立ち襟の白シャツに、上は丈が長く襟元はV字が深い黒のコートを着ている。そのコートは、合わせ部分に沿って銀色の華やかな模様が細く施されていた。ウエスト部分はしっかりとベルトで止め、足元はゴツいブーツを履いている。
太い襷のように背に背負っているのは銃と思われる武器で、腰には刀が添えられている。
パキスタンとかジョージアあたりの民族衣装、確か『チョハ』とかいう洒落た名前の服を、より動きやすく軍事用に改良した感じだ。
右手にはトランクのような箱を、左手はサンタさんみたいな大きな袋を担いでいる。
「ジルルドオクタイ司令官。この度は偵察部隊で指揮をとっていただき、ありがとうございました。諸々報告に上がりたく・・・
おや、もしや、そちらが」
青年の目がこちらを捉えたので、
ーーースワ アキオです。
と少し大きめに書いた紙を掲げた。
「アキオ殿、というのですか。良かった、目を覚まされたのですね。私は偵察部隊のタニョ・イガと申します。よろしくお願いしますね」
イガさんは、穏やかに、にこやかに自己紹介するばかりで、僕が喋らず文字を書いていることにこれっぽっちも触れてこない。
なるほど、軍は人間が出来ていないと入れないのだな?
「それで、市の方はどうなっている?被害を受けた民間人は?」
仕事モードのジルさんの厳かな声に、こちらの背筋も自然と伸びるのを感じる。
「奴隷市は、司令官が潜入しておられた人攫いの拠点から南に約8キロメートル地点に入口が、そこをほぼ中心地点に、約6平方キロメートルもの領域が開拓されていました。
根の内部を、樹木医の監督も無しに素人の手で開拓したため非常に環境が悪く、売りに出されていた方はいずれも健康状態が優れない状態です。そして・・・すでに、亡くなっていた方も・・・」
ハキハキと報告を続けていたイガさんの声が、徐々に暗くなり始める。
ジルさんは静かに頷くだけだ。その様子だけでも、頼りになる風格というのがこれでもかと漏れ出ている。
イガさんは陰鬱な気持ちにグッ、と区切りをつけたように顔を上げ、
「奴隷市の調査は地中部隊へと引き継ぎ、根の治療及び回復にあたっては衛生部隊から樹木医の派遣を要請しました」
と、再び力強い声を取り戻した。
「被害に遭われた方々を乗せた馬車は、もうしばらくで中継地点の街に到着との連絡が入りました。
現在偵察部隊は奴隷市付近に簡易拠点を建て、既に買われていった方たちや、違法売買関係者の足をたどる予定です」
「イガ、ご苦労。
潜入先は地中深くにあったため、空気も薄く私からの指示も間欠的だったろう。解読し辛かったろうに、お前たち偵察部隊は良くやってくれた」
一見、冷たい、非情、敵も味方も容赦なし、弱き者は切り捨てる。という風貌をしているジルさん(ごめんなさい)。
部下たちに躊躇なく感謝を伝え、惜しみなく賞賛を送る姿は上司の鏡そのものである。
「いいえ!さすが空気の精霊の申し子!空気の精を介しての的確なご指示、また精霊たちの凛とした声に感動を覚えました」
あー、精霊か、精霊ね
精霊ってなんだったっけ?
金髪お団子で緑の洋服を着て羽が生えている小さいやつは妖精、魔法学校のトイレにいる泣き虫の女の子は幽霊、一つ目小僧や砂掛けババアは妖怪で・・・
「のみならず、ジルルドオクタイ司令官の的確な御指示にも大変感銘を受けました。
敵地が明らかになったからといってすぐさま乗り込むのではなく、入念な調査を重ねに重ね、その間にも奴隷商や客に扮して穏便に被害者解放に当たる。
捕縛を急いで被疑者らや関係者らに勘付かれ、雲隠れされてしまっては救える命も救えない。まさに人命を第一に考えた作戦でした。
しかし、そのために司令官には2ヶ月もの辛い期間を強いることになりました。本当に、なんとお礼を申し上げたら・・・」
「自ら言い出た役割だ。気にしないでくれ。
それよりも、イガはじめ偵察部隊の者たちの働きも見事だった。あの短期間で奴隷商の信頼を得、出入りを許されるというのは簡単なことじゃない。私では成せなかっただろう」
「あはは、うちの部隊は人たらしが多いですから」
二人のお仕事のお話を横耳に、僕は紙に『精霊、精霊』と書きながら精霊がなんたるかを思い出していた。
するとジルさんが、
「ああ、アキオには言っていなかったな。
私の父は片方が精霊なんだ。その血を引いているので傷の治りも早い」
と教えてくれた。
そういうことが聞きたかったんじゃ無いんだけど、なるほど。
ジルさんは天使ではなく、精霊だったらしい。厳密には精霊との、ハーフ?
どうりで優しいわけだ。
ますます異世界感がすごいな。
でも精霊かあ。少し興味ある。本当に居るのなら見てみたい。
先程の「疑問に思うことは何でも聞いてくれ」というジルさんの言葉を思い出し、
ーーー精霊が居るのですか?
と聞いてみた。ジルさん曰くこうだ。
「精霊というのは、木や大地、火、石、風など、自然に関する様々なものに宿っている。が、その大半は目に見えない。しかし父のように実体を持つ者もいる。大変珍しいがな。その実体を持つ者、私たちはウーシットと呼んでいるのだが、彼らが精霊たちの長のような役割を務めている」
ほー。
「私も端くれながら、精霊たちと意思の伝達が可能だ。空気の精に呼びかけ、風の精たちとともに隊員への指示を運んでもらっていた」
へー。
「ちなみにもう一人の父はバジリスクの血を引くただの人間だ」
・・・・・・もう一人の、父?
扉の外から大きな声が響く。今日一日、ジルさんの静かな低音を聞いて過ごしたので、この張りのある声がどこか新鮮だ。
「少し待ってくれ」
その声に対して返事をしたジルさんは、僕を解放しながら肩をポンと叩いて言う。
「アキオ。軍の者が報告に来た。入れてもいいだろうか?」
僕はこんなに優しい肩ポンに怯えてしまったのか。天使みたいなジルさんに向かって、首の痛さを我慢しながらなるべく大きく頷いた。
「失礼致します」
入って来たのは、ジルさんより少し低いくらいの上背で、物腰柔らかそうな青年。
首の半分ほどまである立ち襟の白シャツに、上は丈が長く襟元はV字が深い黒のコートを着ている。そのコートは、合わせ部分に沿って銀色の華やかな模様が細く施されていた。ウエスト部分はしっかりとベルトで止め、足元はゴツいブーツを履いている。
太い襷のように背に背負っているのは銃と思われる武器で、腰には刀が添えられている。
パキスタンとかジョージアあたりの民族衣装、確か『チョハ』とかいう洒落た名前の服を、より動きやすく軍事用に改良した感じだ。
右手にはトランクのような箱を、左手はサンタさんみたいな大きな袋を担いでいる。
「ジルルドオクタイ司令官。この度は偵察部隊で指揮をとっていただき、ありがとうございました。諸々報告に上がりたく・・・
おや、もしや、そちらが」
青年の目がこちらを捉えたので、
ーーースワ アキオです。
と少し大きめに書いた紙を掲げた。
「アキオ殿、というのですか。良かった、目を覚まされたのですね。私は偵察部隊のタニョ・イガと申します。よろしくお願いしますね」
イガさんは、穏やかに、にこやかに自己紹介するばかりで、僕が喋らず文字を書いていることにこれっぽっちも触れてこない。
なるほど、軍は人間が出来ていないと入れないのだな?
「それで、市の方はどうなっている?被害を受けた民間人は?」
仕事モードのジルさんの厳かな声に、こちらの背筋も自然と伸びるのを感じる。
「奴隷市は、司令官が潜入しておられた人攫いの拠点から南に約8キロメートル地点に入口が、そこをほぼ中心地点に、約6平方キロメートルもの領域が開拓されていました。
根の内部を、樹木医の監督も無しに素人の手で開拓したため非常に環境が悪く、売りに出されていた方はいずれも健康状態が優れない状態です。そして・・・すでに、亡くなっていた方も・・・」
ハキハキと報告を続けていたイガさんの声が、徐々に暗くなり始める。
ジルさんは静かに頷くだけだ。その様子だけでも、頼りになる風格というのがこれでもかと漏れ出ている。
イガさんは陰鬱な気持ちにグッ、と区切りをつけたように顔を上げ、
「奴隷市の調査は地中部隊へと引き継ぎ、根の治療及び回復にあたっては衛生部隊から樹木医の派遣を要請しました」
と、再び力強い声を取り戻した。
「被害に遭われた方々を乗せた馬車は、もうしばらくで中継地点の街に到着との連絡が入りました。
現在偵察部隊は奴隷市付近に簡易拠点を建て、既に買われていった方たちや、違法売買関係者の足をたどる予定です」
「イガ、ご苦労。
潜入先は地中深くにあったため、空気も薄く私からの指示も間欠的だったろう。解読し辛かったろうに、お前たち偵察部隊は良くやってくれた」
一見、冷たい、非情、敵も味方も容赦なし、弱き者は切り捨てる。という風貌をしているジルさん(ごめんなさい)。
部下たちに躊躇なく感謝を伝え、惜しみなく賞賛を送る姿は上司の鏡そのものである。
「いいえ!さすが空気の精霊の申し子!空気の精を介しての的確なご指示、また精霊たちの凛とした声に感動を覚えました」
あー、精霊か、精霊ね
精霊ってなんだったっけ?
金髪お団子で緑の洋服を着て羽が生えている小さいやつは妖精、魔法学校のトイレにいる泣き虫の女の子は幽霊、一つ目小僧や砂掛けババアは妖怪で・・・
「のみならず、ジルルドオクタイ司令官の的確な御指示にも大変感銘を受けました。
敵地が明らかになったからといってすぐさま乗り込むのではなく、入念な調査を重ねに重ね、その間にも奴隷商や客に扮して穏便に被害者解放に当たる。
捕縛を急いで被疑者らや関係者らに勘付かれ、雲隠れされてしまっては救える命も救えない。まさに人命を第一に考えた作戦でした。
しかし、そのために司令官には2ヶ月もの辛い期間を強いることになりました。本当に、なんとお礼を申し上げたら・・・」
「自ら言い出た役割だ。気にしないでくれ。
それよりも、イガはじめ偵察部隊の者たちの働きも見事だった。あの短期間で奴隷商の信頼を得、出入りを許されるというのは簡単なことじゃない。私では成せなかっただろう」
「あはは、うちの部隊は人たらしが多いですから」
二人のお仕事のお話を横耳に、僕は紙に『精霊、精霊』と書きながら精霊がなんたるかを思い出していた。
するとジルさんが、
「ああ、アキオには言っていなかったな。
私の父は片方が精霊なんだ。その血を引いているので傷の治りも早い」
と教えてくれた。
そういうことが聞きたかったんじゃ無いんだけど、なるほど。
ジルさんは天使ではなく、精霊だったらしい。厳密には精霊との、ハーフ?
どうりで優しいわけだ。
ますます異世界感がすごいな。
でも精霊かあ。少し興味ある。本当に居るのなら見てみたい。
先程の「疑問に思うことは何でも聞いてくれ」というジルさんの言葉を思い出し、
ーーー精霊が居るのですか?
と聞いてみた。ジルさん曰くこうだ。
「精霊というのは、木や大地、火、石、風など、自然に関する様々なものに宿っている。が、その大半は目に見えない。しかし父のように実体を持つ者もいる。大変珍しいがな。その実体を持つ者、私たちはウーシットと呼んでいるのだが、彼らが精霊たちの長のような役割を務めている」
ほー。
「私も端くれながら、精霊たちと意思の伝達が可能だ。空気の精に呼びかけ、風の精たちとともに隊員への指示を運んでもらっていた」
へー。
「ちなみにもう一人の父はバジリスクの血を引くただの人間だ」
・・・・・・もう一人の、父?
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