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幕開けのツリーハウス
不思議な力◉sideJILL
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少年はアキオというらしい。
変わった名だ。異国の子だろうか。何はともあれ、自分の名は覚えているようで安心した。
熱くなりすぎないよう、少し前に火を止めておいたスープを器に注ぎ、アキオが待つ寝室へと上がる。
先ほど水差し出した時、うす紫の小さな口を開いてせがまれた。私の中で、庇護欲が危険な音を立てて芽生え始める。このような感情が自分の内側にあったのだということに驚きつつ、ゆっくりとカップを運んで、少年の渇いた唇を潤した。
差し出したスープも予想通り口を開けて待つ少年に、雛鳥のような愛くるしさと危うさを感じる。いつ命が消え去っても不思議ではない、そんな危うい儚さに、柄にもなく怖いと感じてしまう。
「私のことは、ジルと呼んでくれ」
心の中が掻き乱れる感覚を誤魔化すため、少しずつスープを与えながらそう伝えると、アキオの目が不思議そうにこちらを見つめる。しまったと思っても口から出た言葉は取り消せない。「心の中で」「いずれ声が出たら」と情けなく御託を並べていると、アキオの表情筋が少しだけ緩む。
私の無神経な言葉を許してくれたのだろうか。
アキオはされるがままといった感じで、美味しいとはいえないスープを躊躇なく啜っている。
苦労して作った甲斐があるというものだ。
しかし出来上がったものはかなり薄味で、わずかではあるが干し肉の臭みも滲み出てしまった。
もしかして気を使って無理をしているのではあるまいな。
アキオは私から与えられるまま無心に開口と嚥下を繰り返す。その表情からは何の主張も見られないので、どう感じているのかわからない。もし好ましくない味だと感じるなら素直にそう伝えて欲しい。
沈澱した少量の具をかき混ぜて様子を窺うと、相変わらず表情は無いが体の筋肉にはきつく力が入っていることに気がついた。
思わずその小さい肩をさすると、アキオの体は反射的にビクっと一瞬跳ねた。
しまった。余計強張らせてしまった。
初対面の民間人には怖がられることが多い。今回も自らの身の振る舞いには最大限注意を払っていたのだが、アキオが淡々と接してくれるので油断してしまった。
アキオは全身の機能を一時停止したように固まってしまって、ああこのままどこかへ消え去ってしまうのではないかという恐怖が私の中から湧き出る感覚を覚える。
たった数秒、しかし永遠のようにも思えた数秒の後、アキオは再び口を開けて不味いスープの続きを促す。
こちらの焦りが彼に伝染してしまっては元も子もない。謝っても気を使わせてしまうだけかもしれない。
私は先ほどよりも慎重に動作を再開しながら、立ち込める重い空気を振り解くため、平常を心がけて話題を変える。
先ほどは少年のことを根掘り葉掘りと聞いてしまった。
人の内側に踏み込む際にはまず自分のことを。再び粗相を犯してしまわないように、私が潜入捜査をしていたことなど、なぜこの状況になったのかをまず知らせる。
人攫いや奴隷市の情報を伝えるのは、彼の中の忌まわしい記憶を呼び戻してしまうかもしれないと考えなかったわけではないが、何も知らされず、自分の置かれている状況が分からないほど心細いことは無い。
アキオの巻き込まれていた件はひとまず片がついた旨を伝え、責任を持って王都へ送り届け、安全を確保すると伝える。
私の口からどんな言葉が出ようと、アキオはこちらをじっと見つめて聞くばかりだ。
艶やかな黒い瞳は微かに揺らぎながら何かを訴えている。彼は今何を思っているのだろうか。
一瞬何かを考えるような素振りを見せ、手元の紙に『ありがとうございます』と記した。
その様子はどこか責任を感じているようにも見えて痛々しい。
「もし何か気にしているのであれば、その必要はない。私も、拉致されるために自ら作った傷や潜入先での負傷を癒すため、王から休息の令が出ている。お互いゆっくりと静養しよう」
軍人として常に国民に恥じない働きをしたいと思っているが、手遅れの状況に直面すれば、なす術なく虚脱してしまいそうになることもある。だが立ち止まっていては助かる命も助からない。
本当に、よく耐えてくれた。よく生きていてくれた。本当によかった。
その気持ちを包み隠さず伝える。
か細い指で再び記された『ありがとうございます』。
先ほどよりも筆圧のしっかりとした文字に、彼が確かに目の前にいて、動いて、生きているのをより鮮明に感じる。
書くごとに生き生きとし始める文字に、私も元気付けられる。
不思議な力を持つ少年だ。
もしかすると、癒しの術を持つ種族の血を引いているのかもしれない。
何にせよ、アキオが王都に到着するまで安心して過ごしてほしい。
この儚く不思議な少年の心をこれ以上傷つけることの無い様、先ほどよりも注意深く彼を観察しながら過ごした。
変わった名だ。異国の子だろうか。何はともあれ、自分の名は覚えているようで安心した。
熱くなりすぎないよう、少し前に火を止めておいたスープを器に注ぎ、アキオが待つ寝室へと上がる。
先ほど水差し出した時、うす紫の小さな口を開いてせがまれた。私の中で、庇護欲が危険な音を立てて芽生え始める。このような感情が自分の内側にあったのだということに驚きつつ、ゆっくりとカップを運んで、少年の渇いた唇を潤した。
差し出したスープも予想通り口を開けて待つ少年に、雛鳥のような愛くるしさと危うさを感じる。いつ命が消え去っても不思議ではない、そんな危うい儚さに、柄にもなく怖いと感じてしまう。
「私のことは、ジルと呼んでくれ」
心の中が掻き乱れる感覚を誤魔化すため、少しずつスープを与えながらそう伝えると、アキオの目が不思議そうにこちらを見つめる。しまったと思っても口から出た言葉は取り消せない。「心の中で」「いずれ声が出たら」と情けなく御託を並べていると、アキオの表情筋が少しだけ緩む。
私の無神経な言葉を許してくれたのだろうか。
アキオはされるがままといった感じで、美味しいとはいえないスープを躊躇なく啜っている。
苦労して作った甲斐があるというものだ。
しかし出来上がったものはかなり薄味で、わずかではあるが干し肉の臭みも滲み出てしまった。
もしかして気を使って無理をしているのではあるまいな。
アキオは私から与えられるまま無心に開口と嚥下を繰り返す。その表情からは何の主張も見られないので、どう感じているのかわからない。もし好ましくない味だと感じるなら素直にそう伝えて欲しい。
沈澱した少量の具をかき混ぜて様子を窺うと、相変わらず表情は無いが体の筋肉にはきつく力が入っていることに気がついた。
思わずその小さい肩をさすると、アキオの体は反射的にビクっと一瞬跳ねた。
しまった。余計強張らせてしまった。
初対面の民間人には怖がられることが多い。今回も自らの身の振る舞いには最大限注意を払っていたのだが、アキオが淡々と接してくれるので油断してしまった。
アキオは全身の機能を一時停止したように固まってしまって、ああこのままどこかへ消え去ってしまうのではないかという恐怖が私の中から湧き出る感覚を覚える。
たった数秒、しかし永遠のようにも思えた数秒の後、アキオは再び口を開けて不味いスープの続きを促す。
こちらの焦りが彼に伝染してしまっては元も子もない。謝っても気を使わせてしまうだけかもしれない。
私は先ほどよりも慎重に動作を再開しながら、立ち込める重い空気を振り解くため、平常を心がけて話題を変える。
先ほどは少年のことを根掘り葉掘りと聞いてしまった。
人の内側に踏み込む際にはまず自分のことを。再び粗相を犯してしまわないように、私が潜入捜査をしていたことなど、なぜこの状況になったのかをまず知らせる。
人攫いや奴隷市の情報を伝えるのは、彼の中の忌まわしい記憶を呼び戻してしまうかもしれないと考えなかったわけではないが、何も知らされず、自分の置かれている状況が分からないほど心細いことは無い。
アキオの巻き込まれていた件はひとまず片がついた旨を伝え、責任を持って王都へ送り届け、安全を確保すると伝える。
私の口からどんな言葉が出ようと、アキオはこちらをじっと見つめて聞くばかりだ。
艶やかな黒い瞳は微かに揺らぎながら何かを訴えている。彼は今何を思っているのだろうか。
一瞬何かを考えるような素振りを見せ、手元の紙に『ありがとうございます』と記した。
その様子はどこか責任を感じているようにも見えて痛々しい。
「もし何か気にしているのであれば、その必要はない。私も、拉致されるために自ら作った傷や潜入先での負傷を癒すため、王から休息の令が出ている。お互いゆっくりと静養しよう」
軍人として常に国民に恥じない働きをしたいと思っているが、手遅れの状況に直面すれば、なす術なく虚脱してしまいそうになることもある。だが立ち止まっていては助かる命も助からない。
本当に、よく耐えてくれた。よく生きていてくれた。本当によかった。
その気持ちを包み隠さず伝える。
か細い指で再び記された『ありがとうございます』。
先ほどよりも筆圧のしっかりとした文字に、彼が確かに目の前にいて、動いて、生きているのをより鮮明に感じる。
書くごとに生き生きとし始める文字に、私も元気付けられる。
不思議な力を持つ少年だ。
もしかすると、癒しの術を持つ種族の血を引いているのかもしれない。
何にせよ、アキオが王都に到着するまで安心して過ごしてほしい。
この儚く不思議な少年の心をこれ以上傷つけることの無い様、先ほどよりも注意深く彼を観察しながら過ごした。
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