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幕開けのツリーハウス
脳みそ再稼働
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目が覚めたら、ふわふわのお布団に包まれていました。
なんというか脱力感がすごい。
あぁ、死にぞこなったんだ。と私憤や遺憾が押し寄せて、横たわっているのに足元がおぼつかないような動揺に陥る。
急にデカ男が宙を舞ってデカ男に突っ込み、デカ男もろとも白目を剥いたところに第3のデカ男が登場してもう何が何だか訳がわからなくなって、現実逃避をするように意識を手放したのだ。
ここがあの地下室と別の場所だということは一目瞭然。あれから更に何が起こったの?と思うがもう何が起こったって驚く元気は無さそうだ。
それより、誰もいないのだろうか。
小さな窓からは明かりが差し込んでいる。
陽の光なんて久しぶりに見たな。外をそよぐ葉の動きに合わせて、木漏れ日が揺らいでいる。
待てよ、ここが天国だっていうパターンはないだろうか?お布団はふわふわで気持ちがいいし、体に力が入らないけれどその気だるさも不愉快ではない。爽やかな新緑に似た匂いに気分も落ち着く。自分が天国に行ける人物か否かはさておいて、こことっても天国っぽい。
ふと視界の端に白いものが映った。体の中で唯一スムーズに動く眼球を限界まで左にやると、ベッド脇の台に円柱型の小さなお香のようなものが置かれているのが見える。てっぺんからスーっとまっすぐ一本に伸びる煙を見ていると心が安らぐ。
それともこの煙の柱が天国へのお導きというやつ?この煙を辿れば極楽浄土へ行けるのか?
そんなことを問うても答えてくれる人は誰もいないので真偽は不明だが、どうやら爽やかな匂いの元はこの煙ということはわかった。なんかぼんやりしていいなあ。
煙を眺めていると、少し気分が良くなってきた。
誰もいないのなら動いてみようかな。すこーし、立ってみるだけ。
寝ているのはキングサイズよりも大きなベッドだから、抜け出すだけでも一苦労だ。全身の筋肉を駆使して何とか縁までたどり着き、そいじゃあちょっくら立ってみましょうかね、と地に足をつけた瞬間、そこらの重力を一手に担ったかの如くガクッと膝が折れその場にうずくまる。これぞまさに『膝から崩れ落ちる』。
あーあ情けない。そう思っていると、下の方から色々なものが落下する音やドタドタと騒がしい足音が聞こえて思わず身構えた。
「どうした!?」
重厚感のある声が響く。うわ、人いたんだ。
蹴られる?水をかけられる?せっかく気分が良くなりかけていたのに、地下室での出来事がとてつもない勢いで頭の中に流れ込んできて、無意識に体を丸めて頭を抱える体勢をとっていた。
近づいてくる気配は次第に大きくなる。抱えた頭の真上から「大丈夫か?」と静かに響いた。
怪我はないか?痛いところはあるか?気分が悪くなったのか?と矢継ぎ早に繰り出され、答える間も無く軽々と抱えられ、ベッドに逆戻り。ぽふん、と首元まで布団をかけられてしまった。
僕も170センチくらいあるんですけど、近頃ヒョイっと赤子ように持ち上げられがち。それもそのはず、だってみんな2メートルくらいあるんだもの。目の前の男も、例によって2メートルかそれ以上あり、ゆったりとしたシャツを着ているがその下の筋肉がごまかせていない。顔や手、胸元など服から覗く肌には治りかけの傷がたくさんあった。美丈夫の武士って感じ。
「目が覚めたのだな。すまない、すぐにでも設備の整ったところで治療したかったのだが、王都までの移動はかえって君の負担になると考えた。この小屋で数日静養して、回復したら王都へ向かうつもりだ。いいか?」
僕に問うたのだと判断して反射的に頷く。
「私の名はジルルドオクタイ・ジルという。今回は軍の偵察部隊として密偵をしていた。怪しい者では無いので、どうか安心して欲しい。
まずは休んで、少しでも栄養をつけた方がいい。水を飲めるか?」
ナマ「怪しい者ではございません」を聞けてちょっとだけ興奮しながら再び首を縦に振ると、大きな腕に抱き起こされて背中にはいくつもの大きな枕やクッションが挟まれる。
おおすごい。ベスポジだ。これは人をダメにするやつだ。
ジルルルル・・・?何とかさんは「待っていろ。すぐ持ってくる」と言い残してベッドの足側にある階段を降りて行った。
小屋と呼ぶにはとても立派で、作りは最近流行りのタイニーハウス風。広さはタイニーじゃないけど。
ロフトみたいに吹き抜けて建てられた2階部分は、まるまる寝室になっている。ロフトと言っても天井は高く、ドローンとか飛ばせそうだ。真下で作業する音が聞こえるので、キッチンはこの下かな。
上がってくるなり「ゆっくりと飲め」と水の入った木のコップを差し出されたので、口を開いてみる。
一瞬不思議そうな顔をされたが、唇に当ててゆっくりと傾けてくれた。体に流れ込む冷たさがとても気持ち良い。
「その匂い平気だったか?本人の好みも伺わずに香を焚くのはどうかと思ったが、あまりに君の顔色が悪かったんでな。鎮静効果のあるやつを少量焚いた。気分はどうだろうか?」
そう言ってジルルル何とかさんは香を指す。
全然いい。むしろいい匂いだし、なんかポカポカするし。問題ありませんよ、という意味を込めて頷いた。
「そうか、よかった。もし気分が悪くないなら、少しでも栄養を摂ってほしい・・・のだが、あいにくマシなものがなくてな。ガーの干し肉とケソ茸で出汁をとり、乾燥させた香草で香り付けしたものを適当に調味料で味付けしただけのスープだが、何も胃に入れないよりはいい。飲めそうか?
苦手なものやアレルギーは無いだろうか」
先ほどから何故か至極丁寧に対応されて実は少々混乱しているのだが、アレルギーなどは無いしスープも飲めるからまた頷く。
この人は、律儀というか礼儀正しいというか、お堅いというか。会って早々ではあるが、相当な石頭とみた。
でも心遣いとか配慮とか、そういうのを人から向けられたのはとても久しぶりだったから、温かいようなくすぐったいような変な気持ちになってしまう。
とにかく感謝を伝えるべきだと思った。ありがとうございます、と言いたかった。言おうとしたが、思った通り声が出ない。少し残念だけどまいいか、むしろ丁度よかったかも。変に喋って気を悪くさせたらまた怒られるかもしれないから。
口をパクパクさせる僕に、ん?と眉をひそめて覗き込む。
「もしかして、声が出せないのか?」
そうなんです、と頷く。
今日は頷いてばかりだな。ここしばらくお伺いを立てられることなんてなかったから、首を縦に振る行為すら新鮮に感じる。
これだけの動作でも、やっぱりちょっと痛いな。
「そうか。文字は書けるか?」
そう言うと窓際に行き、積み上げられた本や資料みたいなものをゴソゴソしている。
膝をついて背中を丸めて小さくなって。いくら縮こまってもやっぱデカいなー。
2メートルだもんなあ。すごいなあ。これだけガタイがよくて、この美丈夫で、軍の偵察部隊で、密偵で、僕を王都まで連れて行ってくれるような優しさも持ち合わせているんだもの。。加えて、ガーの干し肉やケソ茸で丁寧に出汁をとる料理男子ときた。几帳面そうなのに、資料や本は地べたに置いて少しだけ散らかっているのがこれまたギャップ。字も綺麗なんだろうなあ。どんな字を書くのかなあ。
・・・。
字、か。字、いや僕は書けないと思うな、ていうか、え?絶対無理でしょう。この人さっき名前なんて言った?ジルルルル?何人?王都ってどこよ。嘔吐と聞き間違えた?軍?なんの?密偵?映画の話?ガーの肉って何の肉!?僕ガーの肉食べさせられるの!?ケソ茸って毒ないやつだよね!?その乾燥させた香草って知覚の異常が起こったり幻覚作用があったりしますか!?
ここしばらくぼんやりともやがかかり、考えることをほとんど放棄していた頭が、死にきれなかったショックで刺激され、さらに冷たい水の美味しさと心地いい匂いで頭がすっきりしてきだして、眠っていた理解力が再び息をし始めた。
窓際の資料の山から引っ張り出した紙とペンをこちらにお持ちになるジルルル何とかさん、見間違いでなければ、あの地下室で最後に見た男だと思うのですが。
エッジ、エッジ(えっ字?えっ字?)と、僕の思考回路があっちゃこっちゃにこんがらがっているとはつゆ知らず、ジルルル何とかさんは僕の手に紙とペンを握らせた。
どうする僕。
よっしゃ、ままよままよ。
どうにでもなれ、と、試しに「スワ アキオ」と書いてみた。
手を通してインクが書き連ねるのはひらがなでもカタカナでも漢字でもなく、こう、ニョロニョロとミミズが這ったような模様。
名前を書いたはずなのに何だこのオシャレ模様は。その前に何だこの現象は。知らないうちにバイリンガルになったのかな?
「スワ・アキオ・・・君の名前か?アキオというのか?」
あ、伝わっちゃった。なんで伝わるのよ。
少し落ち着いて冷静に混乱したいのに、そんな僕をほったらかして会話はどんどん進む。
「そうか。ありがとう、名前を教えてくれて。君も人攫いに捕らわれていたということは戦争孤児なのか?」
え?うーん・・・
「家族はいるか?」
うーん・・・
「もしかして、記憶が無いのか?」
そうじゃ無いけど・・・
される質問される質問、なんて答えたらいいのか分からないものばかりで、首を(痛いので、ほんのわずかに)かしげることしかできない僕に、目の前の男はその仏頂面に少しばかり焦りの色を滲ませた。
「すまない。あまりにも不躾だった。君がどういう過去や背景を持っていようと、君の心を無理矢理暴く権利は誰にも無い。会ったばかりの私が踏み込んでいいところではなかった。私の問いで君を困らせてしまったようだ。大変申し訳ない」
そう言い頭を下げる。
無理矢理心を暴くことは許されない、
会ったばかりの人が踏み込んでいいところじゃない、か。いずれも耳が痛いな。
まあこの人は少々柔軟性に欠ける気もするけど。
仏頂面な男の感情は読み取りづらいけど、今は少し慌てているのかな、というのがわかる。余裕が無い人をみると冷静になれるのが人の性。
ゆっくりとではあるが、間に合わせ程度の整理はついてきた。
とんだびっくり現象に苛まれようと、現実味の無い用語に悩乱しようと、僕が今するべきはこの人に感謝を述べることだ。
先ほど伝え損ねた諸々の謝意をひっくるめて、ありがとうございます、と一言だけ書いた。
目の前の顔の、ほんの少し、わずかばかり、気持ち程度、気のせいかもしれないが緩んだように見えないでもない頬。自分が与えた小さな小さな変化に喜びを覚える。
僕の頭の中が落ち着く模様をじっと見つめていた男は、「では、スープを注いでこよう」と再び階段を降りて行った。
あ、ガーの肉が何か聞けばよかった。
まあいいか。ガー、アレルギーじゃないといいな。
なんというか脱力感がすごい。
あぁ、死にぞこなったんだ。と私憤や遺憾が押し寄せて、横たわっているのに足元がおぼつかないような動揺に陥る。
急にデカ男が宙を舞ってデカ男に突っ込み、デカ男もろとも白目を剥いたところに第3のデカ男が登場してもう何が何だか訳がわからなくなって、現実逃避をするように意識を手放したのだ。
ここがあの地下室と別の場所だということは一目瞭然。あれから更に何が起こったの?と思うがもう何が起こったって驚く元気は無さそうだ。
それより、誰もいないのだろうか。
小さな窓からは明かりが差し込んでいる。
陽の光なんて久しぶりに見たな。外をそよぐ葉の動きに合わせて、木漏れ日が揺らいでいる。
待てよ、ここが天国だっていうパターンはないだろうか?お布団はふわふわで気持ちがいいし、体に力が入らないけれどその気だるさも不愉快ではない。爽やかな新緑に似た匂いに気分も落ち着く。自分が天国に行ける人物か否かはさておいて、こことっても天国っぽい。
ふと視界の端に白いものが映った。体の中で唯一スムーズに動く眼球を限界まで左にやると、ベッド脇の台に円柱型の小さなお香のようなものが置かれているのが見える。てっぺんからスーっとまっすぐ一本に伸びる煙を見ていると心が安らぐ。
それともこの煙の柱が天国へのお導きというやつ?この煙を辿れば極楽浄土へ行けるのか?
そんなことを問うても答えてくれる人は誰もいないので真偽は不明だが、どうやら爽やかな匂いの元はこの煙ということはわかった。なんかぼんやりしていいなあ。
煙を眺めていると、少し気分が良くなってきた。
誰もいないのなら動いてみようかな。すこーし、立ってみるだけ。
寝ているのはキングサイズよりも大きなベッドだから、抜け出すだけでも一苦労だ。全身の筋肉を駆使して何とか縁までたどり着き、そいじゃあちょっくら立ってみましょうかね、と地に足をつけた瞬間、そこらの重力を一手に担ったかの如くガクッと膝が折れその場にうずくまる。これぞまさに『膝から崩れ落ちる』。
あーあ情けない。そう思っていると、下の方から色々なものが落下する音やドタドタと騒がしい足音が聞こえて思わず身構えた。
「どうした!?」
重厚感のある声が響く。うわ、人いたんだ。
蹴られる?水をかけられる?せっかく気分が良くなりかけていたのに、地下室での出来事がとてつもない勢いで頭の中に流れ込んできて、無意識に体を丸めて頭を抱える体勢をとっていた。
近づいてくる気配は次第に大きくなる。抱えた頭の真上から「大丈夫か?」と静かに響いた。
怪我はないか?痛いところはあるか?気分が悪くなったのか?と矢継ぎ早に繰り出され、答える間も無く軽々と抱えられ、ベッドに逆戻り。ぽふん、と首元まで布団をかけられてしまった。
僕も170センチくらいあるんですけど、近頃ヒョイっと赤子ように持ち上げられがち。それもそのはず、だってみんな2メートルくらいあるんだもの。目の前の男も、例によって2メートルかそれ以上あり、ゆったりとしたシャツを着ているがその下の筋肉がごまかせていない。顔や手、胸元など服から覗く肌には治りかけの傷がたくさんあった。美丈夫の武士って感じ。
「目が覚めたのだな。すまない、すぐにでも設備の整ったところで治療したかったのだが、王都までの移動はかえって君の負担になると考えた。この小屋で数日静養して、回復したら王都へ向かうつもりだ。いいか?」
僕に問うたのだと判断して反射的に頷く。
「私の名はジルルドオクタイ・ジルという。今回は軍の偵察部隊として密偵をしていた。怪しい者では無いので、どうか安心して欲しい。
まずは休んで、少しでも栄養をつけた方がいい。水を飲めるか?」
ナマ「怪しい者ではございません」を聞けてちょっとだけ興奮しながら再び首を縦に振ると、大きな腕に抱き起こされて背中にはいくつもの大きな枕やクッションが挟まれる。
おおすごい。ベスポジだ。これは人をダメにするやつだ。
ジルルルル・・・?何とかさんは「待っていろ。すぐ持ってくる」と言い残してベッドの足側にある階段を降りて行った。
小屋と呼ぶにはとても立派で、作りは最近流行りのタイニーハウス風。広さはタイニーじゃないけど。
ロフトみたいに吹き抜けて建てられた2階部分は、まるまる寝室になっている。ロフトと言っても天井は高く、ドローンとか飛ばせそうだ。真下で作業する音が聞こえるので、キッチンはこの下かな。
上がってくるなり「ゆっくりと飲め」と水の入った木のコップを差し出されたので、口を開いてみる。
一瞬不思議そうな顔をされたが、唇に当ててゆっくりと傾けてくれた。体に流れ込む冷たさがとても気持ち良い。
「その匂い平気だったか?本人の好みも伺わずに香を焚くのはどうかと思ったが、あまりに君の顔色が悪かったんでな。鎮静効果のあるやつを少量焚いた。気分はどうだろうか?」
そう言ってジルルル何とかさんは香を指す。
全然いい。むしろいい匂いだし、なんかポカポカするし。問題ありませんよ、という意味を込めて頷いた。
「そうか、よかった。もし気分が悪くないなら、少しでも栄養を摂ってほしい・・・のだが、あいにくマシなものがなくてな。ガーの干し肉とケソ茸で出汁をとり、乾燥させた香草で香り付けしたものを適当に調味料で味付けしただけのスープだが、何も胃に入れないよりはいい。飲めそうか?
苦手なものやアレルギーは無いだろうか」
先ほどから何故か至極丁寧に対応されて実は少々混乱しているのだが、アレルギーなどは無いしスープも飲めるからまた頷く。
この人は、律儀というか礼儀正しいというか、お堅いというか。会って早々ではあるが、相当な石頭とみた。
でも心遣いとか配慮とか、そういうのを人から向けられたのはとても久しぶりだったから、温かいようなくすぐったいような変な気持ちになってしまう。
とにかく感謝を伝えるべきだと思った。ありがとうございます、と言いたかった。言おうとしたが、思った通り声が出ない。少し残念だけどまいいか、むしろ丁度よかったかも。変に喋って気を悪くさせたらまた怒られるかもしれないから。
口をパクパクさせる僕に、ん?と眉をひそめて覗き込む。
「もしかして、声が出せないのか?」
そうなんです、と頷く。
今日は頷いてばかりだな。ここしばらくお伺いを立てられることなんてなかったから、首を縦に振る行為すら新鮮に感じる。
これだけの動作でも、やっぱりちょっと痛いな。
「そうか。文字は書けるか?」
そう言うと窓際に行き、積み上げられた本や資料みたいなものをゴソゴソしている。
膝をついて背中を丸めて小さくなって。いくら縮こまってもやっぱデカいなー。
2メートルだもんなあ。すごいなあ。これだけガタイがよくて、この美丈夫で、軍の偵察部隊で、密偵で、僕を王都まで連れて行ってくれるような優しさも持ち合わせているんだもの。。加えて、ガーの干し肉やケソ茸で丁寧に出汁をとる料理男子ときた。几帳面そうなのに、資料や本は地べたに置いて少しだけ散らかっているのがこれまたギャップ。字も綺麗なんだろうなあ。どんな字を書くのかなあ。
・・・。
字、か。字、いや僕は書けないと思うな、ていうか、え?絶対無理でしょう。この人さっき名前なんて言った?ジルルルル?何人?王都ってどこよ。嘔吐と聞き間違えた?軍?なんの?密偵?映画の話?ガーの肉って何の肉!?僕ガーの肉食べさせられるの!?ケソ茸って毒ないやつだよね!?その乾燥させた香草って知覚の異常が起こったり幻覚作用があったりしますか!?
ここしばらくぼんやりともやがかかり、考えることをほとんど放棄していた頭が、死にきれなかったショックで刺激され、さらに冷たい水の美味しさと心地いい匂いで頭がすっきりしてきだして、眠っていた理解力が再び息をし始めた。
窓際の資料の山から引っ張り出した紙とペンをこちらにお持ちになるジルルル何とかさん、見間違いでなければ、あの地下室で最後に見た男だと思うのですが。
エッジ、エッジ(えっ字?えっ字?)と、僕の思考回路があっちゃこっちゃにこんがらがっているとはつゆ知らず、ジルルル何とかさんは僕の手に紙とペンを握らせた。
どうする僕。
よっしゃ、ままよままよ。
どうにでもなれ、と、試しに「スワ アキオ」と書いてみた。
手を通してインクが書き連ねるのはひらがなでもカタカナでも漢字でもなく、こう、ニョロニョロとミミズが這ったような模様。
名前を書いたはずなのに何だこのオシャレ模様は。その前に何だこの現象は。知らないうちにバイリンガルになったのかな?
「スワ・アキオ・・・君の名前か?アキオというのか?」
あ、伝わっちゃった。なんで伝わるのよ。
少し落ち着いて冷静に混乱したいのに、そんな僕をほったらかして会話はどんどん進む。
「そうか。ありがとう、名前を教えてくれて。君も人攫いに捕らわれていたということは戦争孤児なのか?」
え?うーん・・・
「家族はいるか?」
うーん・・・
「もしかして、記憶が無いのか?」
そうじゃ無いけど・・・
される質問される質問、なんて答えたらいいのか分からないものばかりで、首を(痛いので、ほんのわずかに)かしげることしかできない僕に、目の前の男はその仏頂面に少しばかり焦りの色を滲ませた。
「すまない。あまりにも不躾だった。君がどういう過去や背景を持っていようと、君の心を無理矢理暴く権利は誰にも無い。会ったばかりの私が踏み込んでいいところではなかった。私の問いで君を困らせてしまったようだ。大変申し訳ない」
そう言い頭を下げる。
無理矢理心を暴くことは許されない、
会ったばかりの人が踏み込んでいいところじゃない、か。いずれも耳が痛いな。
まあこの人は少々柔軟性に欠ける気もするけど。
仏頂面な男の感情は読み取りづらいけど、今は少し慌てているのかな、というのがわかる。余裕が無い人をみると冷静になれるのが人の性。
ゆっくりとではあるが、間に合わせ程度の整理はついてきた。
とんだびっくり現象に苛まれようと、現実味の無い用語に悩乱しようと、僕が今するべきはこの人に感謝を述べることだ。
先ほど伝え損ねた諸々の謝意をひっくるめて、ありがとうございます、と一言だけ書いた。
目の前の顔の、ほんの少し、わずかばかり、気持ち程度、気のせいかもしれないが緩んだように見えないでもない頬。自分が与えた小さな小さな変化に喜びを覚える。
僕の頭の中が落ち着く模様をじっと見つめていた男は、「では、スープを注いでこよう」と再び階段を降りて行った。
あ、ガーの肉が何か聞けばよかった。
まあいいか。ガー、アレルギーじゃないといいな。
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