ある時計台の運命

丑三とき

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幕開けのツリーハウス

情報過多

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普通にもう良い大人なので、「明日目が覚めなかったら良いなあ」なんて言ってもそんなのありえない事くらい常識で分かっている。
世間でいう「宝くじ当てたい」とか、小学生でいう「将来野球選手になりたい」くらいの感覚だった。

不思議と「死にたい」と思ったことは無かったのだ。死にたいと思えたらどんなに楽だろう。もしそう思える時が来たら、迷わず行動を起こすのに。

中途半端に身体しんたいを傷つけても、結局痛い辛いだけで終わるのでは大変に惨めなので、いつか覚悟が決まったときに勇気を振り絞れたらいいなあ、と、いつ訪れるかもわからないタイミングに泥臭く耳を澄ませてはいたが、積極的にどうやって死のうと考えたことは一度もない。

それでも死に希望を見出して、死を夢見ていたことには違いないので、もしここが天国か地獄ならこれほどラッキーなことは無いと思う。苦痛を感じない不意打ち死に憧れはあっても、自分がそんな目に合えるなんて思ってもみなかった。

しかしこの感覚は元の世界とまったく同じ感覚だ。つまり生きてるんだろう。
もし死後の世界だとして、こんなにも感覚が同じなら、生きてるままでも別によかったかな。

死ねば『無』になれるとなぜか思っていたが、考えなしだったかもしれない。
確かに、輪廻転生、生まれ変わり、そういう概念が小学生にも理解できるほど一般的なのだから、科学的根拠はなくても死後の世界というのはあるのかもしれない。

いやしかしやはりこの体の軋み、埃っぽさからくる心地悪さ。

生きている。

死んだわけではない、と直感でそう思う。

あやふやだった『生』を自覚した途端、頭のハテナがそれはそれは増える。

休日、うっかり昼寝をしてしまった時に「あれ?これ今日だっけ、明日だっけ」と残念なおつむになってパニクるが、あれだって数秒で「うわ寝てたー」と状況把握が早い。

考えても考えても、置かれた状況になった理由が思い出せない感覚は新鮮だ。これはこれで面白い。

もう焦ったり落ち込んだり期待したり、感情を変えるのにも疲れた。
今すべきことは、疲労に身を任せて目を閉じる、それだけだ。と本能が言っている。




衝撃が走った。
次に感じたのは冷たさ。続いて鼻の奥につーんとした嫌悪感が走る。口から吐き出す息に、ぶはっ、と水っぽい破裂音が混じった。
上げた目線の先、男の手に古びたバケツのようなものが握られていることからしても、おそらく頭に水をかけられたのだろう。この感覚はよく知ってる。懐かしい。そうそう、頭に水をかけられるってこんな感じ。

目の前に立つ男から向けられるものは好意ではないのは確かだ。

周りをチラと見ると、先ほどより明るいがたぶん同じ部屋だ。そして体勢も。
僕を拘束したのはこの人なんだろうか。

「起きたか」

ニヤリと口端を上げた奇妙な男に対して、あなたが来る前に一回起きましたけど。なんて口を叩く度胸は無い。

これからなにが起こるのかわからない怖さで声も出ない。
よく見ると、男はかなり大きい。僕が寝転んでいるから、では説明がつかないくらい高い位置に頭があるし、声もずいぶん高い場所から聞こえてきた。もみあげと繋がった立派なお髭と、腰に刺さった短刀のようなものが、恐怖に拍車をかける。

2メートルちょいくらいかな。

今まで会った人で1番大きかったのは、地元ではバレーが強いことで有名な高校の、新入部員の、確か岸田くんか岸本くん。
1年生で190センチあって、将来有望なんだとか。去年バレー部を取材した時にお会いしたが、その後元気にやっているだろうか。

「おいおい、そっちは俺の鑑賞用だ。まったく水浸しにしてくれやがって」

水をかけてきた男とはまた別の男が登場した。
寝転んだ足側と頭側の両方に一つずつ扉があるようで、男は足側の扉を閉めながらそう言った。
後から登場した男は、僕に水をかけたヒゲ男と比べてふくよかで、ヒゲは無いが、わりと濃い顔立ち。フライドポテト片手にコーラがよく似合いそうだ。喋るたびにメガネが顔の肉で押し上げられて、カチャカチャ動いている。ヒゲ男と同じくらい背も高く、まるでアメリカ人ーーーー
アメリカ人?
そうだ。アメリカ人かは分からないが、2人とも日本人じゃない。

いや、民族イコール国籍の概念でものを言うと近年反感を買うことが多いから、気をつけなければならない。
種族が違えど日本で生まれ育ったのなら完璧な日本人。今時はそういうの差別だと捉えられて色々と面倒くさいから気をつけろよ、と上司に何度も釘を刺された。

言いたいのはそう言うことじゃ無い。
ヒゲ男もメガネ男も、慣れ親しんだ黄色人種の顔ではないのだ。兄弟なのかな。

というかこの人、今「鑑賞用」って言った?僕のこと?
さっきから流れ込んでくる情報のクセが強すぎる。

「なんだやっぱりかよ。こっちの部屋に隠し持ってるからそうだとは思ったが。
チッ、久しぶりに目玉商品が仕入れられると思ったのによ」

「ここに置いているのは非売品だから入るなと言ってるだろうが。ちょっと目ぇ離した隙にこれだ。
ほら、さっさと隣から目ぼしいのつまんで行け。これをやらない代わりに多少負けとくからよ」

どうやらメガネ男の目を盗んでヒゲ男がこの部屋に入り、僕に水をかけたらしい。
ということは、僕を拘束したのはメガネ男か。

はるか頭上で繰り広げられる会話から、少しでも今の状況を読み解きたい。

「はいはい、わかったわかった。しかし最近はとんだ不作だな。あっちにゃ、従順そうだがまだガキのボウズと、多少整ってはいるが使い古された金髪くらいしかマシなのは居なかったぞ。あとはなんかデカイのとか年寄りばっかり。ありゃ売れねーよ」

「ここ数年で国の保護活動が強化したからな、路上のヤツらが減ってんだ。俺らもいつ食えなくなるかわからんってもんよ。お前も今のうちに稼いどいた方がいいぜ?売れないやつは勝手に死んでくし、まぁ、俺は自分用のさえあればいいんでねェ」

メガネ男がニヤっと笑う。
自分用の、とは、今この状況下においては僕のことでまず間違いないと思う。

「お前の可愛がり方には本っ当に虫唾が走る。だからいつも長持ちしねェんだよ。うちのお得意様の変態どもだって、ちょっと過激な性処理に使うくらいだぜ?」

「あれのどこが『ちょっと』なんだよ。
しかしまぁ早めに壊してくれるくらいがこっちとしても売り上げ倍増で好都合だ。
ほら、わかったらさっさと行った。あの2体を連れてくんなら、『これ』で」

メガネ男は手で「4」を作って見せる。
ヒゲ男は「それのどこが負けてるんだよ。まあいいわ、次も仕入れ次第1番に俺んとこに一報よろしく」と、紙幣のようなものを幾らか手渡して、僕の足側にある扉から出て行った。

開いた扉の向こう側は暗くてよく見えなかったがが、人間の息を飲むような音が聞こえた気がする。

僕以外にも、誰か捕らえられているんだろうか。会話の内容からしてもおそらくそうだ。そしてその内の2人、「ガキ」と「金髪」が、ヒゲ男に持ち去られるのだろう。デカイのと年寄りは残ったままにされるのかな。


「さ、お前は俺と仲良くしようなア」
メガネ男は僕の前にしゃがんで、顔を近づけてそう言った。


ゾクゾクゾクゾク、
背中に、全身に、体が浮き立つほどの寒気が走る。
熱っぽく爛れたような目、銅臭にまみれた欲だらけの頬。人間のこういう顔が自分に向けられるのは初めてだ。
すっごく醜い。


それからは、渇き切った日が続いた。
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