ゆうら

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先生

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 指定された場所に現れたのは、無表情で近寄り難いオーラを放つ先生。目だけが、私の方を向く。
 誰に見られているかわからない──飛びつきたい衝動を抑え、初対面を装う。
「私を連れていって。許可はもらった。続きは後で……」と小声で囁く。

 先生の後ろを、少し離れてついていく。
 駅に入る先生。お金を持っていない私は、この先へ進むことが出来ない──足を止め、離れていく背中を見つめる。

 先生、振り返って──気付いて──

 私には戻る場所が無い。連絡手段を持っていない。その場で立ち尽くすことしか出来ない──

「使って……」
 手に何かを握らされ、腰をスッと押される。渡された物は小銭入れ。声の主との接点も、誰かに知られるわけにはいかない──振り返らず、そのまま前へ進む。

 見失ってしまった先生を探す──券売機近くの柱を背にして立っていた。切符を買う行列に向かうと、先生が歩いてきて、私の前に入る。手が届く距離に居るのに、触れられないことが辛い。先生が押すボタンを見つめる。同じ行き先の切符を購入し、再び後ろをついて歩く。

 電車に乗車してから、二十分経過──
「次、降りるよ」と先生が呟く。
 電車を降りてからも、先生の後ろをついて歩く。先生がアパートの前で数秒立ち止まり、入っていく。少し遅れてアパートに近付くと、玄関の扉が空いている部屋が一つ──
 中に入ると、その場で押し倒される。
「ゔー……」
 痛みが嬉しさに勝った。先生が摘んでいる場所に、染みが広がっていく──
 先生はすぐに服を捲り上げる。そこにあるのは、水疱が破れ、皮膚や瘡蓋が剥がれてぶら下がっている、真っ黒で腫れている物体。
「説明して」
「今日、入学説明会だったの」
「うん。知ってる」
 前髪を上げて、傷を見せる。
「教師に呼び止められた母親がパニックになって、床に叩き付けられた。それを通報されて、私は施設に行かないといけなくなったの」
「うん。保護しないといけないからね」
「施設に入れられたら、先生に会えなくなっちゃうから……交渉材料に使った。これと引き換えに、先生と会えるようになったんだから、安いものだよ」
 
「うーん……かなり酷い状態……さっき言っていた許可は、私に連絡をくれた養護教諭にもらったの?」
「うん」
「報告の電話をするね……『先程、到着いたしました……許可を得たと述べているのですが、何の許可でしょうか……はい、かしこまりました……見ました……対処可能です……はい、聞きました……いいえ、落ち着いています……問題ありません……最低でも、一週間は要するかと……はい、大丈夫です……はい……いいえ、責任を持ってお預かりします。失礼いたします』……ホールが塞がらないように、腫れが引くまで別の物を挿しておこう」

「何故、ニヤけているのですか?」
「ピアスを大切にしてくれていることが、嬉しくて……『命よりも大切なものとのことですので、必ず付けてあげてください』と頼まれたの」
「少し違います。命よりも大切なのは先生。ピアスではありません。もしもの話……先生か切り落とすか選べと問われたら、躊躇いなく切り落とす。ピアスは無くても、私は幸せでいられます」
「例え話ではなくて、事後報告になっているような……大惨事になっているけれど、くっついているだけ、良かったと思えてきた」
「はい。付いているので、弄ることが可能です。どうぞ。私は弄られたくてたまりません。何をしても構いません」
「何をしてもいいのなら……今だけは、我慢して。水疱が無くなって、薄皮が張るまでの辛抱。炎症を起こさないためには、水疱を潰してはいけないの」
「わかりました」
「とりあえず、何か挿せるものを探そう。せっかく出來たピアスホール。負荷を掛けないために、細いものがいい」
「安全ピン」
「傷を付けてしまうからダメ」
「釘」
「太くなってる……打ち込めばいいとか言うんでしょ。ダメ」

 先生が部屋の諸所を見て回る──
 服にタグに値札を吊るすために使われている、ナイロンの透明な物を使ってみることになった。

 頻繁に、身体がびくっと反応する。
「んっ……んっ……弄れないはずでは? 何してるのですか」
「何もしてないよ。もしかして、これ?」
「んっ……それです」
「くるって回してるだけだよ。痛い?」
「気持ち良いです」

 ピアスを外し、ホールに通しくるくる回す先生。
「んっ……本当だ。気持ちいい」

 我慢の糸が、ぷつんと切れる──
 先生から奪いとったそれを回しながら、口で貪る。先生の身体がぴくんっ、ぴくんっと激しく反応する。

 中に対する刺激への反応が良い。

 あっという間に、先生はぐったりとする。私のそれに通す作業が、途中で終わっている。
 入っていかないから、くるくる回していたのだと思ったけれど、押し込むと難なく先端が出てきた。
 先生は慎重過ぎる──二個目のピアスを開けたときもそうだった。先生の頭を撫でながら懐かしむ──
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