ゆうら

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先輩

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 私は、死神と呼ばれるようになった。
 全ての人が私を嫌悪し、避ける。

 放課後、校庭の隅に居るヤギを眺めることが日課になった。早く家に帰る理由が無いし、居場所が無いから、暗くなるまでの時間を潰す──

 私に向けられている視線が気になる。フェンス越しに、ずっと私を見ている。
 小学生ではない。多分、中学生。でも、記憶になくて〝知らない〟先輩。けれど、私が認識していないだけかもしれない。

 私は、知らないと思っていた先輩への接し方を誤ったことで、事件に発展し、命を奪った。二度と同じ過ちを繰り返したくない──
「こんにちは」
 フェンスに駆け寄り、頭を下げると、フェンス越しに私の頭を撫でてくれた。
 対応が誤っていなかったことに、安堵する。

 翌日の放課後。
 視線を感じ、フェンスの外を見ると、昨日の先輩が私を見ている。昨日挨拶をしたから、〝知っている〟先輩。
 手を振ると、フェンスを乗り越え、走ってくる。
「とっておきの場所があるんだ。行こう」
 と、耳打ちする。私の手を引き体育館の二階に上り、天井を指差す。
「屋根裏があること、知ってる?」
 首を横に振る。
 先輩は壁に梯子を掛け、天井を押すと四角い穴が開く。手招きする先輩。
 梯子を登り、穴に顔を入れると、下からこぼれる光で、辛うじて床が認識できる、暗闇という表現がぴったりの空間を視認出来る。
「危ないから、俺から離れないでね」
 私を心配し、肩を寄せてくれたことを嬉しいと感じる。

 その後、屋根裏が先輩と過ごす場所になる。屋根裏に行くたび、先輩は私の服を捲り、それを触ったり、吸ったりする。くすぐったさはあるけれど、何かをしているとしか、わからない。私を求めてくれることが嬉しくて、先輩の頭を撫でる。

 行為自体に、何かを感じることはなかった。
 何かを感じるようになるのは、もっと先──

◇◆◇◆◇◆◇◆

 秋の放課後。
 いつものように、体育館の屋根裏に行くと、知らない先輩も居た。先輩はいつも通り、私の服を捲り、それを弄り始める。
「そっち弄っていいよ」
 と、先輩がいう。私は、それを二個持っているから、一個ずつ使えば二人で弄れる。

 何故か、片方は弄られることなく放置されている──私に問題があるのかもしれない。
「あの……私のは嫌ですか?」
「そうじゃなくて、触ったことが無いから、本当に良いのかなって」
「良いですよ。どうぞ」
 ようやく触ってくれた。先輩が頭を撫でてくれたから、対応は誤っていなかったとわかり、安堵する。

 一般的な人生において、授乳以外の目的で、それを二個同時に吸われることは無い。そんなことが起きるとすれば、その人生は普通ではない。

 私の人生は、何故か普通から外れやすい。また一つ、人の道を外れた。
 あれから、たくさん道を外してきた。どこまで外れると、生きていられなくなるのかな──

 先輩の頭を撫でていると、ふと出会ったときのやりとりを思い出した。
「君は、例の死神?」
「私は、それを知りません」
「単身、上級生の教室に乗り込んで、生徒の半数以上を精神異常に陥らせた。自殺者一名。二名が精神崩壊し入院。教師数名が逮捕された。その事件の中心人物、少女Aと報道されていた子」
「それは私です」

 先輩は、私がしたことを知っているけれど、会いに来てくれる。私を受け入れてくれる先輩を拒まないために、感情を押し殺す努力を続けている。でも、抑え込めない感情が、声になって出てきてしまうことを、制御出来るまでには至っていない。たまにこぼれ出る。

 私は、受け入れようとしたのに拒絶された。絶望させられた──
「先輩……私を残して逝ったことを、許しません」
 つい、声に出してしまった。努力ではどうにも出来ないから、仕方ない。異常者が口にする戯言を、気にする人は居ないから、私も気にしない。

 先輩は人生に絶望し、命を絶った。もしも、生き続けていたら、得られた幸せはあるのかな。それを観察するために、この人生を使う。

「大人になると、気持ち良くなる」
 先日、先輩が教えてくれた。そのときを待っているけれど、まだ何も感じない。
 気持ち良くなれば、大人になったということ。大人になれば出来ることをするため、私は早く大人にならなくてはいけない。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 冬。
 色々な先輩が来るようになった。皆、それを弄るけれど、何かを感じることは無い──大人になるのは、もっと先みたい。

 今日は高校生の先輩が居た。とても凄い人だそう。
 凄い先輩の提案で、公園で遊ぶことになった。ここから徒歩で二十分くらい。
 先輩たちは、先に自転車で向かう。
「一旦帰って、着替えてからゆっくり来ればいいからね」
 と凄い先輩が言った。社交辞令を真に受けてはいけない。走って家に帰り、着替える。

 五時を過ぎ、周囲が暗くなり始めている。急いだけれど、遊べる時間はあまり残っていない。
「お疲れ。ブランコに座って休みなよ」
 エスコートされ、ブランコに座る。
 先輩は流れ作業のように私の服を捲り、それを小刻みに噛む。

 暗くなってきたとはいえ、私たち以外にも人がいる。生垣を正面にして座っているから、気にする必要は無いのかのかもしれないけれど、接近してくる気配を感じる度、胸の鼓動が激しくなる。呼吸が荒くなる。
 先輩は、全く気にしていない様子。凄い人だから平気なのかな。それとも、これは普通のことなのかな──

 噛む力が強まる。
「んっ……」
 今までとは違う感覚に襲われる。
 口を離そうとした先輩の頭を、咄嗟に抱き寄せる。
「もっと……やめないで」

 顔が痺れるような、初めての感覚。全身が脱力し──

 時計の針は、八時を指している。
 気を失っていたみたい。上にかけられているのは、凄い先輩が着ていた上着。服は乱れていない。ベンチに横たわっているのは、先輩が運んでくれたからだろう。

 人が居ない、夜の公園は少し怖い。
 トイレから出て来た人が近付いてくる。
「やっと起きたか。家まで送るよ」
 待っていてくれたことを認識する。上着を返すと、そのまま私の肩に掛けてくれた。

 服にそれが擦れたとき、感覚が過敏になっていることに気付く。余韻に浸り、摘んでみると、気持ち良いと感じた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 気持ち良いと感じられるようになった私は、より強い快感を求めるようになる。
 弄るのが初めてでも、気持ち良いと感じる人は居る。経験とは無関係に、ただ痛いだけだったり、何も感じない人も居る。
 得られる感覚は、経験よりも、人によるところが大きそう。

 私は、噛まれると気持ち良いことを知った。
 あれ以来、私は積極的にそれを口へ運ぶようになる。
「噛んで」と必ず言う。

 私のそれは、甘噛みされれば気持ち良くなるようになった。敏感になったのか、鈍感になったのか謎だけれど、すぐに気持ち良くなれるようにはなった。

 私の身体は、気持ち良くなれるから大人。出来ることに、制限は無くなった。気持ち良くするためなら、何をしてもいい。
 私には、知らないことしかない。感度が増す可能性があると言われると、何でも試したくなる。

「すごいビデオを手に入れた。見ながら弄ると感度増すかも」
 提案者の家に行き、床に座る。
 再生し、十分経過──他人の感情に関心が無いから、物語や描写の良し悪しとは無関係に、ただ、つまらないとだけ感じる。頭に何も入ってこない。

 ふいに画面に映し出される、それにピアスを開けるシーン──衝撃を受ける。

「巻き戻して」
 三回巻き戻し見返したところで、先輩が言う。
「ピアス付けると、感度が良くなるんだって」

 先輩は、ピアスを付けていないのだから、知るはずはない。何かで読んだ情報だろう。
 本当か嘘かはわからない。でも、付ければわかる。私が確認すれば良いだけのこと。
 服を捲り、それを差し出す。
「付けて」
「まじ……?」
「この人と同じになりたい」
 画面を指差す。感情移入したわけではない。
 演じている人自身は、物語とは無関係な人生を歩んでいる。役が抱く感情や感性は、この人のものではない。
 それなのに、このシーンを撮るためだけに、それに穴を開け、ピアスを付けていることが衝撃的だった。
 私の意思とは無関係に、穴を開けられることを想像するだけで、高揚する。
「ピアッサーを持ってない」
 高揚を邪魔しないでほしい。彩りたいわけではない。刺せる物なら何でもいい。棚の上に、乱雑に置かれている安全ピンを指差す。
「それでいい。ピアッシングシーンに合わせて刺して」
 ビデオを再生し、画面に食い入る。あのシーンを、体感できると考えるだけでも胸が高鳴る。

 問題発生──シーン通りにして欲しいのに、全然刺さらない。痛いだけで、針先が突き抜けない。十分ほどして、ようやく貫通──安全ピンが刺さっているそれが、ズキンズキンと疼く。
 一時停止していたビデオを再生すると、画面の中の人は体調が悪そうに「貧血気味」と言う。
 その台詞を聞いた影響を受けてか、私も貧血気味な気がしてきた。

 そんなことはどうでもいい。

 興奮が収まらない──
「あのシーン、また見たい。もう一度刺して」
「右にも開けたいの?」
「違う。縦に開ける」
 バランスは求めていない。両側に開けると、感度の違いがわからなくなる。求めていることは、ピアスの有無による感度の差を知ること。だから、開けるのは片方だけでなければならない。

 再び十分ほど掛け、安全ピンを貫通させる。
 まだ、完成していない。安全ピンが二個刺さっているだけ。
「ピアス」
「無い。好きなやつ買いなよ」
「お金持ってない。安全ピンを刺したまま過ごしたくない」
「仕方ない……先輩に相談してみよう」
 凄い先輩に電話してくれて、買って来てくれることになった。

「よっ」
 凄い先輩が部屋に入って来る。駆け寄り、安全ピンが刺さっているそれを差し出す。
「マジで刺さってんじゃん!」
 それを摘み凝視する先輩。ズキンズキンと痛む理由は、きっと安全ピンが刺さっているせい。
「早く付けて」
 先輩が袋からピアスを取り出し、安全ピンを引き抜こうとする。
 抜ける気配は無く、激痛が走るだけ。

「ゔぅーーっ!」
 痛がる私を見て、先輩が手を止める。直後、一思いに引き抜く。すぐに刺さっていた穴に、ピアスを押し込むけれど、今度は全然入らない。先程よりも強い痛み。
「ゔぅっん!」
 先輩が力任せにぐっと押し込むと、ブチブチっという感覚と共に、ピアスがそれを突き抜ける。貧血が酷くなった気がする。私はぐったりとする。どれだけ痛くても、ここで終わらせるわけにはいかない。
「もう一つ……」

 先輩はピアスを付け終えると、それを噛む。間髪入れずに鋭い激痛が走る。先輩を思い切り叩き、うずくまる。言葉で伝える余裕が無いほどの痛み。普段なら気持ち良いはずなのに、痛い以外の感覚は一切無い。

 その後、数日間。普段は痛くないけれど、ぶつけたり、タオルに引っ掛ける度に鈍痛に襲われる。その度に、しばらくうずくまり、落ち着くのを待つ。

 噛まれて気持ち良いと感じられるようになるのは、数ヶ月後。
 ピアスを付けた側のそれに、先輩たちは興味を持つ。恐る恐る触ったり、舌でつついてみたり──共有物だから、どう使おうと構わない。私のそれは、いつでも、誰でも、自由に弄って良い。

 痛いことをされたら、突き飛ばす。でも、それは反射的に反応してしまうだけで、私の意思とは無関係な動作。触るなという意思表示ではない。
 しぶとい先輩たちは、それを伝えなくても何度でも弄りにくる。

 ある日、ピアスを付けた方のそれを吸われたとき、気持ち良いと感じた。
 甘噛みのように無条件で気持ち良いわけではなく、気持ち良いと感じる人と、そうでない人に分かれた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 夏休み。
 図書館で本を探していた。不意に誰かが後ろから、それを摘む。私は腰を抜かし、地面に崩れ落ちる。
 ただ驚いただけで腰を抜かすことは無い。何も感じなかったら、反射的に動くこともない。突然だったから驚いただけでなく、崩れ落ちるほど気持ち良いと感じたはず。
「もう一度して」
 後ろから伸びる手が、こねるように摘む。
「んっ……それ」
 ピアスが付いている側のそれが、異常なほど気持ち良く感じる。不意ではないのに、まっすぐ立っていられない。

 後ろに居るのが誰かは知らない。気持ち良くしてくれるのだから、誰でも構わない。欲情した私は、後ろから伸びる手を引き、屋上に出る。
「ここなら誰にも見られない」
 服を捲り、それを差し出す。
「噛んで」、「吸って」、「引っ張って」、「もっと」
 もっと気持ち良くなるため、してほしいことを要求する。

 左と右に違う気持ち良さがある。
 左右とも、指よりも口で弄られる方が、好みであることがわかった。
 でも、口は一人に一つしかない。私の要求を満たすには、それを弄る人が二人以上必要ということ。

 独占したければ、両方を同時に気持ち良くすればいい。出来ない人は、どちらを、より気持ち良く出来るのかを分析し、左と右に担当を分ける。気持ち良くすることが出来ない人は拒否。弄ってくれない人とは、一緒に居る理由が無い。
 私は、一緒に居る人を、その基準のみで選ぶようになった。
 以前の私は、試行錯誤を許容していた。でも、気持ち良く出来る人がより取り見取りの現状では、出来ない人に時間を割くメリットが無い。

 誰が優れているかは、確認しなければわからない。初対面で知らない人にでも、それを差し出す。大学生や、働いている人にも差し出した。大人の方が、気持ち良くしてくれることを期待したけれど、関係なかった。いつもの先輩に弄られる方が良いと感じることが多々ある。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 九月。
 大学生の先輩から、バーベーキューに誘われる。
「明日、バーベキューするけど来る? 車あるから送迎は任せて」
 送迎してくれるのなら、私も行ける。
「行く」

 指定されたコンビニで待っていると、大きな車が私の前に停まり、窓から先輩が顔を出す。
「お待たせ! 行こうか」
 後ろの扉が開いたので、乗り込む。
 車内には先輩を含め、五人乗っていた。

 車が河川敷かせんじきに停まり、扉が開く。
 先輩が降りたので、私もついていく。皆、服を脱ぎ始める。服の下に水着を着ていた。聞かなくても、川に入って遊ぶためだとわかる。
 私は着ていないから脱げない。水辺に座り、水に足をつけるに留めた。

 バシャーン! 水を掛けられる。
「もう濡れたし、入っても一緒じゃん? せっかく来たんだから、入りなよ」
 ずぶ濡れだから、一理ある。
「車を濡らしてしまうので干したいです」
 周囲を見回す先輩。
「誰も居ないから、脱いでも問題ないっしょ」
 服を石の上に広げて干していると、先輩の一人が寄ってきて、それを指差す。
「それ、何付けてるの?」
「ピアス」
「初めて見た! 触っていい?」
「はい」
 初めこそ、恐る恐る触っていたけれど、すぐに慣れた。他の先輩も寄ってきて、それを見つめる。気持ち良く出来る人が居ることを期待し、全員にそれを差し出す。

 バーベキューの帰り、ショッピングモールに寄る。私の服はビニール袋の中。先輩が先に降り、私が着る服を買ってきてくれた。

 ここには、撮った写真をシールに出来る機械があるそう。買ってもらった服を着て、記念に撮った。お金は先輩が出してくれた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 翌週。職員室に呼び出される。
「これは、あなたですか?」
 担任が見せてきたのは、バーベキューの帰りに撮ったシール。
「はい」
「はあ……親御さんに来てもらいますね」
 ため息の理由がわからない。

 母親は、担任から受け取ったシールを見て、私の頬を叩く。怒っている理由がわからないから、反応に困る。
 久し振りに見た母親の顔。この顔だったかな──私が覚えている顔よりも老けているような気がする。一年で、こんなに老けるということを学習した。

 私は、考える事がどんどん逸れていってしまう。えーっと──母親が怒っている理由を考えていたんだ。
 シールを撮ったことが、駄目だったのかな。そんなはずはない。普通のゲームセンターで、他の子たちも居た。行ってはいけない場所ではない。
 母親が、私の目の前に突き出しているシールは、何の変哲もない普通のシール。先輩たちと撮った、楽しい光景。写ってはいけないものは写っていない。左右のそれは、先輩がしっかりと咥えてくれているから、見えていない。

 その後も、度々呼び出され怒られる。色々なところにシールが貼ってあるそう。私を拘束するために、シールを探して回っているのかな──この人が貼って回っている可能性の否定もできない。

 撮ったのは、バーベキューの日の一回きり。私はシールを持っていないし、私が貼っているわけでもない。

 それなのに、私は何故、何度も拘束されなければならないのか。

「ストーカーの相手をする暇はないです。付きまとうのは辞めてください。気持ち悪いです」
 意思をはっきり伝えた。付きまとわれなくなるといいな──

 翌日から、私は登校拒否になった。
 学校に行きたくないわけではない。部屋に外側から鍵をかけられた。閉じ込められているから出られない。何故、私がこんな目に遭わなければならないのか──理解出来ない。
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