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決意

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ふと、普通の人間とは何だろうと考えた。

 普通という言葉はよく使われる。普通にしろとか、普通じゃないとか、会話での汎用性はとても高い。しかし、『普通』と単語だけにした途端、人は言葉の迷宮に放り出される。その理由は、定義の曖昧さだろう。普通の意味だけを答えるなら至って簡単。一般的であるとか、どこにでもあるとか、そういう意味だ。しかし、その意味は、『不確定な人の尺度』によるものでしかない。全国民に、これは普通か?と尋ねれば、それが普通かどうかは判別つくだろう。しかし、そんなこと簡単に出来るはずがない。だから基本的に人は「普通の考えができる自分が普通と感じたもの」を、普通だと言っているのだろう。

 では、普通の人とはなんだろう。
これはもっと分からない。この人は普通だ、なんて言っても、解釈の仕方が何通りもある。なので、最も広い意味での『普通の人』とは、どういう基準なのかを考える

一般常識が備わっている人間だ。という仮説を立てた。
しかし、仮説を立てたところで、それを証明まで持っていく技法が分からなかったからボツ。

次に、普通じゃないと思う人を思い浮かべて、その人の特徴と世間一般認識を照らし合わせることで普通の人というものに答え出せるのではないか、と考えた。

普通じゃない人? 勿論、ハリウッドスター並みの美貌を持っていながら、友達を自称する変質者に堕ちる人間は普通じゃないだろう。

「どうした友よ。浮かない顔をしているようだが」

ついでに言えば、自覚症状がないのも普通じゃない。
この色男、駅で別れたと思っていたのに、普通に電車に乗ってきて、普通に私の隣に座って、普通に話しかけてくるし、普通に距離が近いし、ていうか普通に肩当たってるし、普通に良い匂いがして普通に堕ちそう。
やっぱ汎用性高いな、普通って。


 「離れてくださいっ」

これ以上は精神的にも周囲の視線的にもまずいと思った私は、この男と距離を取ろうと必死に男の肩を押した。

「この程度のスキンシップ、別に普通ではないか?」

男はさらに肩を押し付けてくる。ってか力強っ!いくら押してもピクリともしない!

「普通に普通じゃないからぁ! セクハラだから!」

声を上手く抑えて叫ぶ。車両内の人は見たところほとんどイヤホンを着けていた。加えて電車の音で掻き消されるので、多少うるさくしても迷惑になることはないだろう。

「言ってることがよく分からん。 もう少し分かりやすく説明してくれ」
「説明するからっ! 説明するから、まず離れろぉ!」

そう言うと、男の肩から力が抜けた。すかさず、男を通路側に押し離つ。

「離れたぞ。では説明してくれ」

なんだろう…変態に主導権握られるとか…

「というか、駅でいきなり訳わかんないこと言ってきて、そのうえ電車の中まで付き纏うとかホンットやめてください! 警察呼びますよ」
「はっはっは。電車内にどうやって警察が来ると言うのだい?」
「電車を降りたら投降してもらいますよ」
「私が全力で走れば、一般人は追いつけないと思うよ?」

罪の意識がない系の不審者かと思いきや、完全に犯罪者のセリフを吐く男。もう訳が分からん…

「しかし、このままでは話が進まんな。かなり早い気がするが、本題に移させてもらおう」

男は少し考える素振りを見せた後、そう言った。
本題? この話の流れで出てくるには、少しひっかかる言葉だと思った。

「友よ、次の駅で降りてもらえるか? 安心していい。私は君に危害は加えないから」

男の口車に乗せられたようで釈然としないが、男は至極真剣な表情で語るし、話したいこととやらも気になった。
***


「君、学園の生徒だよね?」

「あ、はい」

まぁ、そうだろうなとは思った。だって制服着てるのに、そことは全然遠い無い駅に降りるんだから。普通に怪しまれるだろう。

 例の男は電車を降りるなり、私を見向きもせず先行していった。ここで足止めされている間にも、男との距離は離れているだろう。

「ごめんなさい! 急いでるので!」

「あっ、ちょっと!」

呼び止める駅員を振り返らず駅を走り出す。男は確かここを右に行った。角を曲がり、男の姿を確認するために目を凝らした。しかし、男の後ろ姿は視界のどこにも映っていなかった。

「わっ」

「ひいぃぃぃ! 何すんだボケェ!!」

後ろから肩を叩かれ、本能のままに絶叫する。その一瞬の間だけ、私は女ではなくなった。

「あっ、なんかすまん。もっと可愛らしい反応を期待してんたんだけど…」
「…フォローになってない」

醜態を晒し、フォロー(追い討ち)を掛けられ、私は虚しくて涙を飲んだ。

「あっ、ほら! 人間皆裏の顔ってあるだろ! それがたまたま露見してしまっただけのことさ! 勿論、私は引いたりしないし、掘り返したりしないからさ! それはそうと、ここで時間を浪費するのは勿体無い! この先の河川敷なら人も少なからずいるから、君も安心できるだろう! さぁ、ついてきてくれ!」

そう言って、男は歩き始める。これでフォローしたつもりなんだろう。

 私は決心した。あんな恥ずかしい姿を見られたんだ。責任を取ってもらわないと、私は一生心に傷を負ったまま生きることになるだろう。

「こいつ殺す…」

「ん? 何か言ったかい?」

「なーんでもっ」

精一杯の笑顔で誤魔化し、男の後頭部目がけて鞄を振り落とした。
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