感染~殺人衝動促進ウイルス~

彩歌

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後編

16話 対

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「ーーこれで終わりだね」

βと同じ要領で雫は抗体を水道に混入した。また、α感染者には抗体を投与し、これでMIPVの驚異は消え失せた。
立会人としてレイラと香月が同席していた。

「これで私はいつでも死ねますね」
「そんなこと言わないの」
「そうだよ、レイラ。僕が後を継ぐって決めたからってそう言われちゃ堪らないよ」

自分のために怒るふたりにレイラはくすくすと笑う。

「あぁ、すみません。つい、嬉しくて。こんなにも私は大事にされてるんだなぁ、と思いまして」

当たり前ですよと香月が笑う。

「それにしても雫さんたちはすごいですね。あの状態のレイラをここまで回復させてしまうとは思いませんでした」
「心がすごかったんだよ。あれで無名なんだからびっくりしたよ」


レイラは1日に何回も横になって休みながらではあるが自力で生活している。


「レイラ、用事は済んだか?帰るぞ」
「お迎えありがとう、香澄。じゃあまたね、雫、香月」


なんだかんだで香澄、心、レイラ、大樹が共に暮らしている。余程のことがない限り大丈夫だろう。


「ふぅ。肩の荷が降りたよ。でも公表しなくてなかったのかな?」
「知らぬが仏とも言うでしょ?良いんだよ、これで」
「香月、帰ろ?」
「迎えが来たね」
「あれ以来べったりで、どこに行くのにもついてくるんだ」
「よかったじゃない。それだけ香月が好かれてるってことでしょ?」

ふふと笑いながら香月は帰っていく。手を振ると真澄と香月も笑顔で振り返してくれた。


ーー今後、香月を変なことに巻き込んでみろ。俺がお前を殺してやるからな。


そう彼が凄んでいたことが懐かしい。


「俺も迎えに行こうかな」と雫は満の出先に向かった。



「ん、順調だね。この分なら移植してももう大丈夫だと思う。心はどう思う?」
「満に賛成かな。あ、雫帰って来たみたいだから雫にも意見を聞こう」
「ん、なんの話?」
「結羽たちの骨髄移植の話だよ」
「データはこれ、か。……うん。大丈夫じゃないかな」
「じゃあ準備が出来次第手術だね」
「善は急げ、だ。明日にしよう」
「じゃあ、俺伝えてくるよ。三人はもう帰ったの?」
「帰ったよ。僕も一緒に行く」
「んじゃ、細かい準備やっとくよ。レイラに場所聞けばわかる?」 
「わかると思う。じゃ、また明日ね!」


「うわ。今日は寒いね。いつの間にかこんな季節になってたんだね」
「いろいろあったね」

満が雫の手を握り、ポケットに入れる。

「へへ。あったかいね」
「うん。あったかい」

しばらく無言で歩く。言いたいことも、伝えたいこともいっぱいある。

「いらっしゃい。寒かったでしょう?」

出迎えた時雨が家に招き入れる。

「今日来るかなと思って鍋にしたんですよ」
「ねぇ、秋。鍋ってなに?」
「おっきなお鍋で野菜と肉や魚を煮て食べる料理だよ」
「楽しそうだね」
「楽しいよ」

「すっかり命は秋と仲良しだね」
「結羽とも意外と仲良いんですよ」
「時雨くんに命を頼んで良いものかと悩んだけど、良かったみたいでなによりだよ」


時雨、結羽、秋、命と四人で暮らしていた。
香澄とレイラの尽力もあり、時雨は職場に復帰して教師をしている。


「満、久しぶり」
「久しぶりだね、命。君が楽しそうでよかったよ」

頭を撫でると命は嬉しそうに笑う。


「時雨、手術は明日にしようとなったんだ。職場にはこちらからうまく根回ししておくよ」
「これで僕たちは“普通”になれるんですね」
「あ、結羽起きたの?起こしてごめんね」
「大丈夫だよ、秋」


結羽はあれから体力が落ち、寝ている時間が増えていたが最近は回復してきていた。


他愛ない話をしながら鍋をみんなで囲い、笑いあった。



ーー翌日。

手術は行われ、無事に成功した。
経過を見て、退院となる。



目を開けたら隣に真っ赤な髪が見えた。

ずっとずっと一緒にいたかった弟。

そっと手を伸ばすときゅっと指を握られて、ふにゃりと大切な弟が笑った。



「ふー、疲れた」
「思った以上にあるもんだね。まるで日本じゃないみたい。というか、こんな体力も精神力も使う仕事、別に満がしなくても良いんだよ?」

ぎゅっと雫は抱き締めてられる。

「急にどうしたの?」
「……充電」
「いくらでもどうぞ」

クスクスと雫は笑いながら、満の長い髪を撫でる。

「……これって、償いになるのかな……?」
「どうだろうね。あたしたちがしたことは一歩間違えれば、もっと酷いことになっていた」
「……止めてくれてありがとう、雫」
「どういたしまして、満」

ふたりは互いを見て優しく笑う。

「ねぇ、満。答えを知るのは怖いけど、ずっと聞きたいことがあったんだ」
「その前置きが怖いけど、話したいんだろ?雫の話ならなんでも聞くよ」
「満があたしのことを好きになったのは、あたしが姉さんに似てたから?」
「違うよ。確かに似てるとは思う。けれど、雫に涙を重ねたことは一度もないよ。僕が好きなのは“雫”だけだから」

スッとポケットから小箱が取り出され、雫の左薬指に指輪がはめられる。 


「ーー雨宮雫さん。どうか残りの人生を僕にください」

ぽろっと涙が一粒だけ溢れて、雫は何度も何度もはいと大きく頷く。

「本当はもっと早くするつもりだった。そうじゃないと雫は逃げてしまうからね」

違うと言い切れず、雫は苦笑する。

「もうひとつ聞いてほしいことがあるんだ」

そっと雫は愛しそうに自分の腹に触れる。


「ーーここにあたしと満の赤ちゃんがいるんだって」

驚き、そして満が笑う。

「触っていい?」
「いいよ」

おそるおそる満は雫に触れる。

「平らだね。でも、ここに僕たちの子どもがいるんだ」

とびきり優しい満の笑顔に雫も笑う。


「ーーって、妊娠初期にあんな仕事させられない。明日から雫は留守番だからね?」


あれだけ嫌がっていたはずの仕事を自分のためにしてくれるという言葉に雫は嬉しくなる。


「新しい命を授かるのは不思議な感じだね。今までは殺してばかりだったから」
「そうだね。大切に育てよう。できれば平凡な普通の子がいいな。“天才”は苦しいからね」
「そうだね。でも、どんな風に生まれても大事な存在に間違いはないよ」

幸せそうにふたりは笑っている。
暖かな風がふたりを祝うように吹き抜けた。


結局、この事件の犯人は誰だったのか、その定義は曖昧だ。強いて言うなら、自身の血を悪用した結羽かもしれない。殺人を行った秋、大樹、真澄、結羽が罪に問われるかもしれない。
だが、この事件はきっと表舞台に出てくることはないだろう。


「ーーお疲れ様、秋」

懐かしい声がした。

「うん、疲れたよ。だから、起こしてよ、雨音」

現れた彼女は困ったように笑っている。

「ごめんね、雨音。もっと生きたかったよね」
「あれは秋のせいじゃないよ」

そっと雨音は秋を抱き締める。

「……ねぇ、知ってた?俺が雨音のこと好きだと思ってたこと」
「知ってたよ。でも、私は時雨兄さんが好きだった」
「俺も知ってた」
「なかなか恋はうまくいかないものだね」
「……俺はもうだれとも結婚できないかも。雨音以上の人に出会える気がしないよ」

視線が絡まり、お互いに触れあえないふたりはキス紛いのことをする。
が、ふと感触を感じ、秋が驚いている。

「あぁ、死んだんだね」
「死んだって誰が?」
「結羽がだよ」
「手術に身体が耐えられなかったみたいだね。そろいが片方で生きられないことは知っているよね…?」
「そうか。俺も死ぬんだね」
「うん。だから一緒に結羽を迎えに行こう?今度こそはぐれないようにしっかりと手を繋ごう。私がふたりを導くから」


秋と結羽は穏やかな顔で、全く同じ時間に亡くなった。

ふたりの葬儀に皆が集まる。戦いが終わったばかりなのに、死んでしまったふたりに皆が涙を流していた。


「ーー死ねぇっ!俺たちから雨音を奪った殺人鬼め!!」


複数の警察官が涙を流しながら時雨を撃つ。そして、そのまま警察官たちは満足そうに笑って、自害した。



ーー三年後。

「こんにちは。すっかり暖かくなりましたね」

もう顔馴染みとなった看護師に満は挨拶をする。その看護師は優しく微笑んでくれる。

「面会されますか?」
「はい。時雨の具合はどうですか?」
「相変わらずです。けれど、誰かが来てくれた日は少しだけ笑うんですよ」


あの日、撃たれた時雨は重症ではあったが、生きていた。が、目覚めた時雨は記憶を失っていた。心の方が壊れてしまっていたのだった。


「ーー時雨、だいぶ暖かくなったね。朝晩は冷えるから風邪に気を付けるんだよ」
「娘のえみも、もう幼稚園に入るんだよ。時が経つのは早いね」
「お久しぶりです。日狩さんたちも今日来られいたんですね」
「おー、えみちゃんおっきくなったなー!」

真澄が高い高いしてやると笑は嬉しそうに笑っていた。

記憶は戻らない。
今日来た人間が誰かもわからず、次に会ったときにはもう忘れてしまっている。

「これ、今月の支払いです」
「確かにお預かりいたしました。あの、差出がしいかもしれないですけど、日狩さんが支払いをやめる手段もありすよ?」
「ありがとうございます。でも、このままでいいんです。傷つけた彼にしてあげられることはこれくらいしかありませんから」

夫の言葉に雫も頷いている。

「あ、あのっ!」

若い看護師が声をかける。

「“雨音”さんってご存知ですか!?」
「知ってるよ。まだくっついてなかったけれど、お互いに惹かれあってたよ」
「雨音さんは会いにこれませんか?」
「彼女も亡くなっているので、それは難しいですね」

その若い看護師は知らなくてすみませんと謝り去っていく。
その背中に満は声をかける。


「ありがとうございます。また何かあったら教えてください」
「はいっ!」

雫はそんなやり取りを見て、仄かに笑っていた。

時雨の病室の前でまだ若い女の子とすれ違う。年齢的に生徒だろうか。


「あの!時々時雨先生の病室でお会いしますよね?“あまね”さんって誰かご存知ですか?」
「君は誰?」
「失礼しました。南六花みなみりっかと申します。時雨先生の教え子です」
「あたしは日狩雫。この子は笑。あっちにいるのが夫の満」

お互いに頭を下げる。

「雫、どうかした?」
「時雨の教え子の六花ちゃんだって。雨音について聞かれたの」
「なら、うちに来ませんか?長い話になりますから」

満の申し出に六花はお願いしますと頷いた。
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