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4 <怒りの黒い羊>
しおりを挟むラーズは興奮状態に入り、被っていた仮面を投げ捨て剣を抜くように腰に寄せた右手には銀色の指揮棒が出現した。
「闇よりいでよ、我が分身。」
振り上げた指揮棒は黒い線を描き、線は煙となり渦を巻き、黒く…ラーズと同じ大きな角を持つ筋肉の塊の黒い羊がラーズの前に出現し、ラーズはその羊に吸い込まれるように歩み寄り溶け込んだ。
爪先を地面に叩くように振り下ろせば、黒い煙がふわりと出現。青白く光る瞳は炎を宿し、吐く息は黒く、威嚇するように、足踏みを始めた。
「おいおい、王様ここで始めるのですか?」
「この部屋には結界を施した。安心して私にかかって来るがいい。」
「王様の婚約者も中に居るのに…ですか?」
「彼女は魔法で守られている。」
「へぇ~大事にされているんですね。」
ジルコは半獣の姿から、完全な狼へと姿を変え、二人の戦いは始まった。ラーズはジルコへ突進、ジルコは身軽に地を蹴り宙を舞い、ラーズの背中を狙うが、ラーズは前足を浮かせ首を振ればジルコの首に角を打ち付け、ジルコは地面に転がり落ちるように着地した。
「やっぱり王様だけありますね。」
「早く来い。」
ジルコは再び身構えると今度は前進せずに壁をかけあがり、空を飛びラーズは動きを止めるとジルコは2体へと分離。ラーズは前足をたんたんと踏み鳴らすと、両前足辺りから煙が出現。煙は左右に刃の付いた槍へと形を作り、槍の中心部分をラーズの口がカプリと咥えた。
ラーズは角を揺らし、槍を振り上げ2体になったジルコを直撃し、分身のジルコは消え、本体のジルコは負傷し地面に倒れこんだ。
「王に歯向かうは不敬…死して詫びよ」
黒い羊のラーズは槍を咥え倒れたジルコへ向けて振り下ろせばもふもふがラーズの顔に被さり刃先はジルコに届かず停止した。
「ダメ~!!」
ラーズはゆっくりと前屈みになりサリアを床の上に降ろした。
「サリア、結界を破ったのか?」
「それより、この人は孤児院の子供達に慕われています。彼が何かあれば子供達が悲しみます!」
「サリア…」
黒い羊のラーズはサリアの倍はある顔を子羊のサリアの顔に接近させ互いの鼻をくっつけた。
「わかったよ。」
「本当に?」
「ああ。」
黒い羊は黒い煙となりゆっくりと消え、分身と融合していたラーズが現れた。
床に転がる羊の仮面を被ると、倒れていたジルコの前に座り込み仮面の奥、殺意を込めた瞳で見下ろした。
「お前のことはサリアと僕の秘密にしてやる。そのかわりに…罰する変わりにこれをつけてやろう。」
ラーズはジルコの首に手を伸ばし、掴んだ。
「ぐっ。」
ジルコが一瞬顔を苦痛に歪ませると同時にラーズの手がパッと離れた。
ジルコの首には黒い羊の頭の模様が現れていた。
「これは服従の印。呪いとでも思えばよい。その印があるかぎり、この国で悪さはできない細工がしてある。」
「なっ…」
驚いたジルコはゆっくりと体を起こした。
「あなたはそれでいいのですか?」
「サリアがそうしろと言うからな…」
ジルコは人の姿に戻り、人に戻ったサリアが二人の前に駆け寄った。
「二人とも、下で子供達を待たせてます。行きましょ?」
こうしてジルコは何もなかったかのようなスッキリとした表情でラーズの鋭い視線を感じなから二人を先導するように階段を下りた。
子供達はラーズの登場に驚きはしゃいで走り回った。
「わあー悪魔の王様だー」
「きゃーきゃー」
パタパタと走る子供を、ラーズは威嚇するように両手を広げてるなか、最後はジルコが先生らしく子供達をまとめた。
「はい!皆。歓迎会を始めますよ。国王様も良ければご参加くださるとありがたいのですが。」
「よい、私はそろそろ城へ戻る。ジルコ院長…施設で困った事があれば必ず役所に申し出なさい。サリア、私は戻るが侍従達から離れないよう。」
「はい。陛下。」
「あと、ジルコ院長、私の婚約者を性的な目でみるなよ。その印のちからに歯向かえはしないが…忠告しておこう。」
「は……。この印にかけて国王様に忠誠を誓います。」
ジルコは顔を青ざめながら深々と頭を下げた。
子供達とサリアは長いテーブルを囲んで席につき、ラーズは突如壁に銀の指揮棒で魔法陣を描き、青白く光る陣の中へと姿を消した。
子供達はしばらく放心したのち、ようやくサリアの歓迎会が行われた。
テーブルには教会の婦人達の作った料理、子供達がジルコと作ったお菓子が並ぶ。
サリアはジルコを慕う子供達と、子供達を気遣うジルコをしばらく見つめ、やはりジルコの本心はよい人なのだと実感した。
だが、席につくサリアに向かい合って座るジルコは狼の血が時折騒いだ。あわよくばこの可憐で小さな子羊を食べてみたいと本能がジルコの脳内で訴える。
(体は拒否しているんだ。これ以上僕の邪魔をシないでくれ。子供達が、ようやく出会った同族の子を…悲しませる。)
ジルコは顔には出さず、首の羊の模様がわずかに熱をもち、本能を鎮火した。ジルコの思いを手助けするように。
サリアは何事もなかったかのように子供達と楽しく歓迎会を終え、迎えの馬車で帰った。
施設の外、子供達に見送られ馬車は城へ向かい走りだした。
サリアは馬車の窓から手を振り、見えなくなると馬車の中へと席に付いた。
(肉食の獣人って大変ねラーズ様は帰ってしまったけれど…。ジルコさんと何もなかった事…わかってるよね?)
馬車は城へ到着し、サリアは謁見の間へと向かった。
謁見の間で待つサリアの元へと向かうラーズは先ほど施設で起きた出来事をおもいだしていた。
(サリアが止めなければ僕はジルコを殺していた…後先考えず、暴走した僕を…サリアは嫌いになってしまったのかもしれない。子供達の歓迎会もサリアをおいて先に帰ってしまった。サリアが怖い思いをしたのに…)
「僕は彼女にまだ触れてもいない…奴は何をしたんだ。サリアは何もなかったのはあの様子からわかっている。それでも、彼女が…」
ラーズは1人謁見の間に向かう通路を聞き取れない声でぶつぶつと呟きながら時折首を振り、ため息をついた。
脳内に浮かぶのは、もしも手遅れだったなら、サリアはジルコに汚され乱れた姿で泣いている姿でいたかもしれない。妄想であるものの、脳裏に浮かぶその光景に、ラーズは嫉妬と怒りで胸の奥が締め付けられたように息も苦しくなるばかりであった。
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