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しおりを挟む宿敵エリート部隊の出現にドゥ・ザンは、ノヴァルナとの会見という本来の目的はさておき、武人としての血が騒ぎだすのを感じた。そんな主君の心情を察したのか、傍らのドルグ=ホルタが、後ろに手を組んで確かめるような口調で問い掛ける。
「一戦交えるも、また一興ですな…」
自分が率いて来ているのも、サイドゥ家第1艦隊…戦力もほぼ互角…総旗艦艦隊同士の一騎打ち…まさに武人の本懐、ここにありの状況だった。ドゥ・ザンの目が、獲物を狙う猛禽類を思わせる輝きを帯びる。
だがそこに、背後で艦橋の中央扉が開く音がし、「ホホホホホ…」という女性のたおやかな笑い声が聞こえて来た。ドゥ・ザンの妻、オルミラである。
「殿方と申すものは、ほんに仕方のないものでございますなぁ」
おっとりとした喋り方でそう言って、オルミラは紅茶のセットを持たせた三人の侍女を引き連れ、ドゥ・ザンの座る司令官席に歩み寄る。ドルグは頭を下げて、邪魔をしないように三歩、四歩とあとずさった。
「ふむ。茶の出前を頼んだ覚えは、ないのじゃがな…」
オルミラの放つ、ゆるりとした空気に気勢を削がれたのか、ドゥ・ザンはヘタな冗談を返しながら、オルミラの指図で紅茶の用意を始める侍女達に目を遣る。
オルミラはノヴァルナの艦隊を目の当たりにした夫が、どのような気持ちになるのかを見抜き、艦橋にまで足を運んで来たに違いない。普段なら妻を乗せて出撃する事などあり得ないが、今回はノヴァルナとの会見に同席させるために、連れて来ていたのだった。
すると脇に控えていたドルグの元に、参謀の一人がやって来て何かを耳打ちする。それを聞いたドルグは、困った表情をしてドゥ・ザンに報告した。
「恐れながら…『ベルルシアン』号に動きが。ノア姫様の『サイウンCN』が、発進態勢に入っている模様です」
「なに?」
眉をひそめるドゥ・ザンに、オルミラが再び「ホホホホ…」と笑い声を漏らす。
「女子というものもまた、仕方のないもののようで―――」
オルミラはそう言いながら、用意の出来た紅茶のティーカップを夫に渡し、娘の心情を汲んで目を伏せると静かに続けた。
「此度のノヴァルナ様との会見は、姫にとっても晴れの舞台。是非も無しの心境をご理解頂き、ここは姫の顔を立ててやってくださいましな………
娘の決意と妻の説得にドゥ・ザン=サイドゥは、「ふうむ…」と声を漏らす。しかしそれは油断であった。オペレーターが更なる転移反応を報告したからだ。
「ナグヤ第1艦隊に続き、その後方に新たな集団出現。数は二十」
「なんだと?」
別部隊がいるのか…と、ドゥ・ザンの目が厳しくなる。一方、軍事に疎いせいか、オルミラにはそれほど驚いた様子はない。ただすぐに、その新たな集団が輸送艦の集団…おそらく補給部隊だろうという報告が付け加えられる。その報告を聞いたドゥ・ザンは小首を傾げた。
「はて?…おかしなうつけじゃの。戦場となるやもしれぬ星系内にまで、補給部隊を連れて来るとは」
対外遠征行動の常識として、補給・修理部隊は作戦区域に入る一つ前の、DFドライヴ開始地点で待機させて置くのが普通である。戦闘が発生した場合、作戦行動の障害になる可能性が高いからだ。
「確かに戦術の常道を逸した行動ですな。たとえこれがノヴァルナ殿の命令であっても、周りにいる参謀達が止めるべき稚拙さです」
ドルグの見解にドゥ・ザンは「うーむ…」と、ノヴァルナの腹を探りかねる唸り声を漏らした。確かにドルグの言葉には頷けるが、どうも何かが臭う。
ともかくノアの出撃態勢や、オルミラの放つ“空気”に気勢を削がれてしまった以上、ドゥ・ザン自身もノヴァルナと戦う気が失せてしまっていた。大きく息をついて、ドゥ・ザンは妻が用意した紅茶に口をつける。それを合図と受け取ったドルグは、艦隊の警戒態勢のレベルを下げる命令を発した。
するとその間に、ノヴァルナ艦隊を出迎えに向かった、サイドゥ家駆逐艦三隻からなる小部隊から中継画像が送られて来る。ノヴァルナが駆逐艦部隊の艦長と話す映像だ。
「おう。サイドゥ家の衆、出迎えご苦労!」
司令官席にふんぞり返ってそう言い放つノヴァルナ。ただその着衣はどうであろう、出発の時に着ていた黄色地のコート姿ではない。しかしそれ以上に派手な衣装に着替えていたのだ。
大きく胸を開《はだ》けさせた服は、形状は上下繋ぎの作業着だが色はピンク、黄色、青色、緑色のストライプ。襟と袖口には金・銀・金のフリルが三重に取り付けられ、全体がラメに輝いている。そして右脚の太ももにはなぜか、シマウマの縫いぐるみがしがみつき、頭には花をふんだんに飾った真っ赤なシルクハットを被っていた。これまでの衣装の中でも極めつけだ。
あまりに奇妙なノヴァルナの姿に、さすがのドゥ・ザンも通信スクリーンを見詰めたまま、あんぐりと口を開けた。隣に立つ妻のオルミラも「あら、まぁ…」と声を漏らし、珍獣でも見るような目になる。
そのノヴァルナの姿は、『ベルルシアン』号でBSHO『サイウンCN』に乗り込もうとしていた、ノアの目にも入って来ていた。
「アイツ、なにやってんのよ!!」
この期に及んでの婚約者のあまりにひどい悪ふざけに、ノアは思わずパイロットスーツの手袋を、格納庫の床に叩きつける。
“私がこんなに、気を揉んでるのに!…”
なんでもっと、ちゃんとしてくれないの―――腹が立つより悲しくなって、ノアは涙が零れそうになった。
アイツだって、自分の家のためにも父様との同盟を、確実なものにしなきゃならないはずなのに、と思う。ノアもノヴァルナのナグヤ家が置かれた状況を客観的に分析し、サイドゥ家の軍事力を後ろ盾にするのが、ウォーダ一族内での劣勢を挽回するためには必要であるとの結論に達していた。
つまりノヴァルナにはノアと政略結婚する理由があり、今回の会見は恋愛結婚の建前としてだけでなく、星大名家としての存亡がかかる会見となるという事だ。
元々、父のドゥ・ザンも癖の強い人間であるから、風変わりなノヴァルナと会ってみようという気になってくれたのだが、だからといってやり過ぎは良くないのが、当たり前であろう。父も一国の主であって、限度を超えた振る舞いを認めては、侮りを許していると周囲に思われるからである。
“民心の掌握に苦心している父様が、そんな事を許すはずがない…”
そう考えると、ノアもノヴァルナが分からなくなって来た。そんなはずはない、とは思うのだが、自分はもうあのひとに愛されていないのではないか…と、そこまで思考が回ってしまう。
命懸けで助けに来てくれたり、背中を預け合って戦ったり―――だが、それは自分に対する気持ちが、そして相手に対する気持ちが、未来永劫変わらぬ事を意味するものではないのも、人生においては冷厳な事実である。
そんなはずはない…でも、という思考の堂々巡りに、憔悴した表情で立ち尽くすノア。共に出撃準備に入っていたメイアとマイアの双子姉妹も、自分達が守るべき姫の心の葛藤を感じ取ると同時に、こればかりは姫を守る手立ても見当たらず、途方に暮れるばかりだった。
▶#10につづく
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