8 / 19
8
しおりを挟むようやく六分咲きといった桜は、この場に集まった男たちの発する鋭い空気に当てられ、自ら存在を消そうとしているのではないか。
細い小道を通って庭に出た和彦は、ふとそんなことを考えてしまう。陳腐な表現だが、まるで映画やドラマを観ているようだった。つまりそれだけ、目の前で繰り広げられる光景に現実味がない。
立派な日本庭園だった。どれだけの手間と時間をかけて手入れしているのかは想像もつかないが、広々とした庭を覆う芝は青々としており、その庭をさらに彩るように桜の木々は薄ピンクの花をつけている。松やツゲの木もバランスよく配置され、この庭に出る途中には、ツツジやサツキといった樹木も植えられていた。桜の花が散ったあともさまざまな花が楽しめるよう、当然のように考えられているのだ。
招待客を誘導するために屋敷から庭へと赤絨毯が敷かれ、芝の青さも相まって、鮮烈に目に焼きつく。さらに、大きな赤い花がぽつぽつと咲いているかのように、野点傘が開いている。その下にテーブルとイスが置かれているのだ。
和やかなパーティーの光景――というには、庭にいる男たちは一様にダークスーツや紋付羽織袴を身につけており、息を呑むほど壮観だ。誰が見ても、単なる親睦団体の花見だとは思わないだろう。
この場にいる男たち全員が剣呑とした雰囲気をまとっており、明らかに一般人とは違う。荒んでいるわけでも、凄んでいるわけでもない。振る舞いはあくまで自然だが、それでも、見るものを畏怖させるだけの凄みがあるのだ。
一年近く、ヤクザと呼ばれる男たちと接してきて、慣れていたつもりの和彦でも足が竦む。ここにいる男たちは、ただのヤクザではない。それぞれがなんらかの修羅場を潜り抜け、汚すことのできない看板を背負いながら、組織を動かしている男たちなのだ。だからこそ総和会に選ばれ、この場に招かれた。
目につく色彩すべてが不吉なほど鮮やかで、それがますます和彦から現実味を奪っていく。唯一目に優しいのは、控えめに咲く桜の花ぐらいだ。
「――佐伯先生」
庭を支配する息苦しいほどの重圧に懸命に耐えていると、ふいに傍らから声をかけられる。ハッとして顔を向けると、和彦が無事に花見会に出席できるようにと、わざわざ総和会が世話係としてつけてくれた男が立っていた。
この庭に隣接する自然公園を、あくまで一般人を装いながら、男は和彦の護衛として傍らを歩き続け、今もこうして、案内役としての務めを果たしている。表を出歩くときは極力目立つことを避けるため、和彦もこの男も、今は地味な色合いのスーツを身につけている。
「休憩室を用意しています。そこで着替えを済ませてください。長嶺会長は現在、招待客の方々の挨拶を受けているところですので、まだ当分、時間がかかると思います」
「……そうですか……」
和彦自ら、守光に会いたいと望んでいるわけではないが、当然、そんなことを声に出して言うわけにもいかない。
男に伴われて歩きながら、和彦は控えめに視線を周囲へと向ける。黒をまとった男たちを少し落ち着いて観察してみれば、意外に年齢層が幅広いことに気づく。老年や中年といった年代の者が多いのは当然として、二十代や三十代に見える男たちも自然に場に馴染み、如才なく動き回っている。
さすがにこの距離では所属する組織を示すバッジは見えないが、総和会だけではなく、招待客が伴ってきた男たちも大勢いるだろう。十一の組で成り立っている総和会が主催する花見会は、人脈を広げるには絶好の機会のはずだ。なんといっても、長嶺守光によって吟味され、招待された男たちだ。この表現は変かもしれないが、身元はしっかりしている。
むしろ男たちにとっては、庭の隅を地味なスーツで横切る和彦が、怪しい存在に見えるかもしれない。気のせいではなく、探るような鋭い視線をちらちらと向けられているのだ。
ちなみに和彦は、守光から贈られた総和会のバッジを今日は持参していた。そうするよう、事前に総和会から連絡があったためだ。心情的に抵抗はあるが、着替えを済ませたあと、立場を明らかにするためにバッジをつけることになっていた。
庭に面した渡り廊下に沿うように歩いていると、敷地のどの辺りなのか見当もつかないうちに、きれいに払い清められた正面玄関へと出る。すでに門はしっかりと閉ざされ、外の厳重すぎるほどの警備の様子をうかがい知ることもできない。開放的だった自然公園とは対照的に、ここは庭や屋敷を含め、敷地はすべて高い塀に囲まれているのだ。
12
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説

夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~
麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。
夫「おブスは消えなさい。」
妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」
借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

子連れの界渡り
みき
恋愛
田辺 由紀(39) 〔旧姓 五ノ井〕
私には2才になる愛娘がいる。
夫と結婚して8年目にしてやっと授かり、12時間かけて産んだ可愛い我が子。
毎日クタクタになるまで家事と育児を一生懸命頑張ってきた。どんなに疲れていても我が子の笑顔が私を癒してくれていた。
この子がいればどんなことでも頑張れる・・・そう思ってしまったのがいけなかったのだろうか。
あの人の裏切りに気づくことができなかった。
本日、私は離婚届に判を押して家を出ます。
抱っこ紐の中には愛らしい寝顔の娘。
さぁ、娘のためにもしっかりしなきゃ!
えっ!?・・・ここどこ?
アパートの階段を下りた先は森の中でした。
この物語は子連れの元主婦が異世界へ行き、そこで子育てを頑張りつつ新たな出会いがあるお話です。
☆作者から読者の方へ☆
この作品は私の初投稿作品です。至らぬ点が多々あるかと思いますが、最後まで温かく見守っていただけると幸いです。また、誤字脱字がございましたらご指摘くださいますようお願いいたします。

癒しの聖女を追放した王国は、守護神に愛想をつかされたそうです。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
癒しの聖女は身を削り激痛に耐え、若さを犠牲にしてまで五年間も王太子を治療した。十七歳なのに、歯も全て抜け落ちた老婆の姿にまでなって、王太子を治療した。だがその代償の与えられたのは、王侯貴族達の嘲笑と婚約破棄、そして実質は追放と死刑に繋がる領地と地位だった。この行いに、守護神は深く静かに激怒した。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

妹は奪わない
緑谷めい
恋愛
妹はいつも奪っていく。私のお気に入りのモノを……
私は伯爵家の長女パニーラ。2つ年下の妹アリスは、幼い頃から私のお気に入りのモノを必ず欲しがり、奪っていく――――――な~んてね!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる