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012 よくないだろ:N

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「きみが好きだ。どうしようもなく」

 沢渡さわたりの言葉に、肩透かし。

「知ってる」



 何だよ。
 ソレ言うのに何で引っ張る?
 今さらだろ。
 てか、俺……何で……ホッとしてる?



「こんなことになってごめん。本当に、ごめんなさい」

 勢いよく頭を下げて上げた沢渡に。

「もういいって。ていうか、俺に何の被害もないじゃん。お前も……アイツらのことは片づいたし」

 無敵状態は終わったみたいだし。俺に何もしなそうだし。
 あ。

「俺を……好きなのは、謝ることじゃないし」

 もう一度言う。

「気持ちは自由だし」

「ソレだけじゃない。俺と……」

「つき合うフリも」

 遮って、言う。

「別に嫌々じゃなくて。俺がお前を助けたかったからだし」

「でも、俺が変……」

「ソレも」

 また、遮って言う。

「俺は別にかまわない。気持ち悪いとかない」

 どうしてか、自分でも謎だけど。

「だから……」



 何だ?
 この先は、どこに続く?
 つき合うフリするのは問題ない、気にするな?
 そのあと、は……。



「それでも。俺に好かれてるって、知らないほうがよかったはずだ」

 空いた間に、沢渡。
 静かな声と瞳で、淡々と。

「今日、先輩と俺の……あの場面に来なかったら、俺の気持ちなんか知らないままでいられた。俺とつき合うフリもしなくて済んだ。そのほうが……」

「よくないだろ」

 遮る。

「そしたらお前、アイツらにやられてた。俺のせいじゃなくても、俺のことでっていうか……」

「きみには知られない」

 遮られる。

「知らないなら、ないのと同じだ」

「……そうだけどさ」

 沢渡の言う通り。
 今日。あのタイミングで、あそこに行ってなきゃ……俺は何も知らなかった。



 沢渡が俺をオカズにオナったこと。
 ソレを知ったら俺が傷つくと思ったこと。
 ソレを秘密にするために、アイツらの言いなりになろうとしたこと。
 俺を傷つけたくなくて、アイツらにマワされるほうを選んだこと。

 そこまで、俺を……好きなこと。



「よくないだろ」

 繰り返して。

「俺は、よくない。だから……知ってよかったよ」

 ウソじゃなく。そう思う。
 そして。

「お前は? 俺に知られないほうがよかったのか?」

 問う。

「俺と川北さんがあの場に行かなくて。アイツらにやられてたほうがよかったか? 俺の知らないとこで、知らないまま……」

 もし。見回りの最初らへんで違反者の取り締まりが何件かあったら。外回りのヘルプに呼ばれてたら。もし。見回りの道順が違ければ。もし。アイツらが早々に沢渡を別の場所に連れてったあとだったら。
 想像して。
 眉間に、シワが寄る。

「そんなの、いいわけないだろ」

 ムカついた。
 何にか。何がか。誰にか。わからないけども。
 とにかく。
 もし、そうなってたらと思って。



 ゾッとした。



「お前は? どうなんだよ?」

 答えない沢渡に、再度問う。

「そんなに俺に知られたくなかったのか?」

「俺は……」

 沢渡も眉を寄せる。つらそうに。

「きみを傷つけたくなくて……」

「傷つかないって言ったろ」

「きみに嫌な思い、させたくなくて……」

「しないって」

「……どうして嫌じゃないんだ」

 静かだった沢渡の瞳が潤む。

「え?」

「どうして俺に、こんな変態に好かれて……嫌がらないんだ? どう、して……」



 え……何で……泣きそうなの!?

 俺が原因?
 コレ、俺が何か悪いの?
 嫌がったほうがよかった?
 今からでも?
 そのほうがいいのか?

 嫌がられたら、悲しくなんないの?



 俺のこと好き、なんでしょ……!?



 コイツがわからない。
 自分の思考もわからない、けど。

「嫌とか好きとか、理屈じゃないじゃん?」

 わかってるのは。

「俺のほうは問題なし。コレ以上疑うな」

 で。

「お前は?」

 再再度問う。

「俺に知られて何か問題? 嫌?」

 見つめ合ったままの目を逸らさず、答えを待つ。

 沈黙……は、長くなく。

「もう無理だ」

 沢渡の目から涙が。

「変わった世界はもう、戻せない」

 ひと滴。

「奇跡は……奇跡だから。もう……感謝しかない。感謝して、許していい……のか……本当に……」

 え。



 ヒトリゴト?
 俺に聞いてる?

 何が無理?
 何の世界?
 何が奇跡?
 何に感謝?
 何を許す?
 何がほん……。



「何も問題じゃない。嫌じゃない」

 キッパリと、沢渡が言う。

西住にしずみにとって、この奇跡が害じゃないなら」

 頬に一筋の涙の線はまだテラってるけど、増えはせず。
 瞳は静かじゃなく。もう、悲しげでもツラそうでもなく。
 何かがすっかり晴れたみたいに澄んでるっていうか、何かで光ってるみたいっていうか。

「害はないし。奇跡でもないって。あの場面でお前を助けるの、当然だろ」

 奇跡じゃなく当然って、坂口も歌ってたし。
 まぁ……アレはラブソングだけどさ。

 沢渡が目を見開く。

「西住……ありがとう……最高の日だ!」

「あ……うん」

 文字通り、目を輝かせる沢渡に。
 ちょっと……臆する。



 何か勘違い……は、させてないよな?
 ウソは吐いてない。
 言ったのは本当のことだけ。

 つき合うフリは嫌じゃなく今、フリ中……あ。
 フリだってこと。



 忘れちゃってないよね!?



 また。ムテキの人に……はなってない。
 うん。
 目がイッちゃってないし。
 ここ。ずいぶん減ったけど、まだ人いるし。
 身の危険は感じないし。

 ただ。
 たださ。

 つき合うフリするだけで、最高の日とか言われて。すごくシアワセそうにされるとさ。



 はい。時間切れー。フリは終わりな。



 なんて、言いにくいじゃん?
 ガッカリさせたくないから……ってより。
 もし。
 沢渡が、フリなの忘れてつき合う気でいたら。
 最高から最低に落とすの、忍びない……ってより。
 俺が。



 フリで終わりにしたくない……。



 気がしてる……から。

 何でかどうしてか何故かわかんないけど!
 自分がすっげ謎だけど!

 だから。
 うん。



 体育館の時計を見る。
 4時54分。

「沢渡」

 もうすぐ学祭終了。つき合うフリの時間は短く、あっという間だった。ライブ見ただけだし。
 そのあと、どうするか。
 とりあえず。

「片づけ終わったら、どっかでメシ食おう」

 返事はその時、にな。


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