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第11章 解放する者
おまえなら、なれるぜ
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「誘惑すんなよ。おまえのこと、洗脳して手駒にしたくなんじゃん」
「僕の意思は無視で?」
「自分で考えて動いてるって思わせるからさ。都合よく使われてんの気づかねぇよ。大丈夫」
大丈夫って……。
「オレがそーゆー人間だって、覚えといて。油断しないよーにね」
言葉なく僅かに目を見開いた僕に、邪気のない笑顔を向ける凱。
そうだ……忘れてた。
凱は諸刃の剣だ。
使うのに傷を負うリスクを伴う、それでも魅せられる剣みたいな……危険な男なんだ。
凱の思考に影響されて何かを取り入れれば、たぶん僕の心から何かが剥がれ落ちる。
僕にとって凱はプラスにもマイナスにもなる……いや、違う。
今の僕には、すべてプラスだ。
なぜなら……思ったから。
凱みたいに強くなりたい。
強くなって、やりたいことがあるんだ……って。
「ジャルド」
凱の呼ぶ声で、ブレていた焦点を彼に合わせる。
「オレにも教えて。おまえのこと」
「何を知りたいの?」
「自分のこと、惜しくねぇんだよな?」
「うん」
「大切なもんは? 何かある?」
大切なもの……。
リージェイクとの話で、お互いに自分の大切なものを優先することにした。
その時は深く考えなかったけど、あらためて何か聞かれると……わからない。
僕が復讐することを決めたのは。
許せない悪に報いを受けさせたいからだ。
そのきっかけとなった奏子との出会い。
あの時、僕の口から出た『きみを探しに来たんだ』って言葉は本当だった。
僕と奏子を瞬時に繋いだものは何だったのか。
わかるのは、僕たちは出会わなきゃならなかったってこと。
そして、僕にとって奏子は特別な存在になったこと。
奏子は大切な人だ。
彼女を守りたい。
その気持ちは、僕の大切なものだって言える。
「傷ついてほしくない、苦しんでほしくないって思える人はいるかな」
片方の眉を上げた凱に微笑んで、先を続ける。
「この館にいるみんなだよ。僕にとって家族だから、大切に思ってる」
大切に思う人間を奏子だと特定しないほうがいい。ダイレクトに聞くことはしなくても、凱が僕の計画を探っている可能性はある。
ここにいるみんなを家族のように大切な存在だと思っているのは事実だ。
少なくとも、僕自身よりずっと。
「もちろん、凱のことも」
「サンキュ」
「凱はあるの? 大切なもの」
「ねぇよ。あったら、いざって時困るからな」
困る? いざという時?
「弱みになるから? 大切な人を人質に取られるとか……」
「それもあるけどさー。せっかく自分のこと惜しまねぇで動けんのに、大切なもんあると守りたくなっちゃうじゃん?」
「ダメなの? 大切なものを守りたいって気持ちは、強さになるんじゃない?」
「そーね。でも、オレはその程度の強さじゃ足んねぇの」
眉を寄せる僕を見て、凱がちょっと身体を前にやった。
「おまえがゆーように、守りたいもんがあるって強いよな。強くなんなきゃ守れねぇから」
「うん」
「大切なもん何もねぇのは、もっと強いぜ」
「どうして?」
僕も少し身を乗り出した。
凱の強さの理由を知りたかった。
「ジャルドは、世界が滅んでもいー?」
唐突な問いに、答える前に聞き返す。
「世界って……この世界? 滅びる?」
「そー今いるここ。メチャクチャに壊れて、誰も生きてけねぇってなっても別にいー?」
「よくはないけど……誰にもどうにも出来ない何かが起きちゃったら、仕方ないよね。隕石が衝突するとか」
凱の真意が掴めなくて。ごく普通の考えを返す。
「予言されてるとか、事前にわかれば止められるかもしれないけど」
「自分が原因でも、必要なら仕方ねぇって思える?」
「え……どういう原因……?」
「たとえば、どんな犠牲払っても殺したいヤツがいるとすんじゃん。でも、そいつを殺す方法がほかにねぇの。そん時、おまえの手元に地球が爆発するボタンあったら、それ押せる?」
凱の瞳を見つめた。
どうしても殺したい人間ひとりのために、地球ごと全員道連れってこと……だよね?
極端なたとえだけど、凱の聞きたいことはわかる。
抹殺したい……すべき人間を葬るのに。何の罪も関係もない人間を、何人でも犠牲に出来るか?
その中に大切な人がいても。守りたいその人も犠牲に……?
「地球全部じゃちょっと多過ぎか」
凱の口元が笑う。
「じゃあ、この館だけ。ターゲットと、ここのみんなと自分が吹っ飛んで死ぬボタン。おまえ、サクッと押せる?」
「凱は……押せるんだ」
「うん。サクッとねー」
僕と凱の瞳がまっすぐにお互いを映す。
「大切なもんあったら押せねぇだろ?」
「そう……だね」
でも……。
「死なせるまでいかなくても、守りたい大切なもの犠牲にしてまでターゲットをやっつける……目的を優先出来るかってことでしょ?」
「そー。出来ねぇなら、枷になるもん持たねぇほうがいいじゃん」
「でも、その強さって……何のための強さ?」
「悪モノ退治するため」
凱が笑う。今度は瞳も。
「ジャルドもさ、自分が犠牲になんのはかまわねぇだろ? 相打ちでもそいつ潰せんなら」
「うん。かまわない」
「悪くねぇ人間傷つけんのも、悪になった自分なら出来るって言ったよな?」
「うん……その覚悟はするよ」
「そうなったら、もう悪モノじゃん?」
「うん……それはわかってるけど……」
悪になって悪を制するのは、悪にならなきゃやっつけられない悪がいるから。
理由がどうあれ、自分も同じ悪になる。
それがわからないなら、復讐するべきじゃない。
「悪なら悪らしく、心なんか持つなよ」
「え……?」
「悪モノ同士でやり合う時はさー人間らしいっつーか、まともな感情残ってるほうが負けんの」
瞳に暗い灯りを湛えて目の前にいる凱は、悪の前では別の何かに変わる。
自分の意思で心も失くす。何も持たない強さ……それが、凱の強さ?
凱みたいに強くなりたい。
そのために、僕はどこまで心を捨てることになるのか。
何が残っていれば……ギリギリ僕でいられるんだろうか。
「ジャルド」
甘い声で、僕の意識を凱が呼んだ。
「おまえもなれよ。破壊のボタン、押せる人間」
真顔の凱が、テーブル越しに僕に近づく。
「やりたいことあんなら強いほうがいーだろ。おまえなら、なれるぜ」
ああ……悪魔の囁きって、きっとこんな感じかもしれない。
「僕の意思は無視で?」
「自分で考えて動いてるって思わせるからさ。都合よく使われてんの気づかねぇよ。大丈夫」
大丈夫って……。
「オレがそーゆー人間だって、覚えといて。油断しないよーにね」
言葉なく僅かに目を見開いた僕に、邪気のない笑顔を向ける凱。
そうだ……忘れてた。
凱は諸刃の剣だ。
使うのに傷を負うリスクを伴う、それでも魅せられる剣みたいな……危険な男なんだ。
凱の思考に影響されて何かを取り入れれば、たぶん僕の心から何かが剥がれ落ちる。
僕にとって凱はプラスにもマイナスにもなる……いや、違う。
今の僕には、すべてプラスだ。
なぜなら……思ったから。
凱みたいに強くなりたい。
強くなって、やりたいことがあるんだ……って。
「ジャルド」
凱の呼ぶ声で、ブレていた焦点を彼に合わせる。
「オレにも教えて。おまえのこと」
「何を知りたいの?」
「自分のこと、惜しくねぇんだよな?」
「うん」
「大切なもんは? 何かある?」
大切なもの……。
リージェイクとの話で、お互いに自分の大切なものを優先することにした。
その時は深く考えなかったけど、あらためて何か聞かれると……わからない。
僕が復讐することを決めたのは。
許せない悪に報いを受けさせたいからだ。
そのきっかけとなった奏子との出会い。
あの時、僕の口から出た『きみを探しに来たんだ』って言葉は本当だった。
僕と奏子を瞬時に繋いだものは何だったのか。
わかるのは、僕たちは出会わなきゃならなかったってこと。
そして、僕にとって奏子は特別な存在になったこと。
奏子は大切な人だ。
彼女を守りたい。
その気持ちは、僕の大切なものだって言える。
「傷ついてほしくない、苦しんでほしくないって思える人はいるかな」
片方の眉を上げた凱に微笑んで、先を続ける。
「この館にいるみんなだよ。僕にとって家族だから、大切に思ってる」
大切に思う人間を奏子だと特定しないほうがいい。ダイレクトに聞くことはしなくても、凱が僕の計画を探っている可能性はある。
ここにいるみんなを家族のように大切な存在だと思っているのは事実だ。
少なくとも、僕自身よりずっと。
「もちろん、凱のことも」
「サンキュ」
「凱はあるの? 大切なもの」
「ねぇよ。あったら、いざって時困るからな」
困る? いざという時?
「弱みになるから? 大切な人を人質に取られるとか……」
「それもあるけどさー。せっかく自分のこと惜しまねぇで動けんのに、大切なもんあると守りたくなっちゃうじゃん?」
「ダメなの? 大切なものを守りたいって気持ちは、強さになるんじゃない?」
「そーね。でも、オレはその程度の強さじゃ足んねぇの」
眉を寄せる僕を見て、凱がちょっと身体を前にやった。
「おまえがゆーように、守りたいもんがあるって強いよな。強くなんなきゃ守れねぇから」
「うん」
「大切なもん何もねぇのは、もっと強いぜ」
「どうして?」
僕も少し身を乗り出した。
凱の強さの理由を知りたかった。
「ジャルドは、世界が滅んでもいー?」
唐突な問いに、答える前に聞き返す。
「世界って……この世界? 滅びる?」
「そー今いるここ。メチャクチャに壊れて、誰も生きてけねぇってなっても別にいー?」
「よくはないけど……誰にもどうにも出来ない何かが起きちゃったら、仕方ないよね。隕石が衝突するとか」
凱の真意が掴めなくて。ごく普通の考えを返す。
「予言されてるとか、事前にわかれば止められるかもしれないけど」
「自分が原因でも、必要なら仕方ねぇって思える?」
「え……どういう原因……?」
「たとえば、どんな犠牲払っても殺したいヤツがいるとすんじゃん。でも、そいつを殺す方法がほかにねぇの。そん時、おまえの手元に地球が爆発するボタンあったら、それ押せる?」
凱の瞳を見つめた。
どうしても殺したい人間ひとりのために、地球ごと全員道連れってこと……だよね?
極端なたとえだけど、凱の聞きたいことはわかる。
抹殺したい……すべき人間を葬るのに。何の罪も関係もない人間を、何人でも犠牲に出来るか?
その中に大切な人がいても。守りたいその人も犠牲に……?
「地球全部じゃちょっと多過ぎか」
凱の口元が笑う。
「じゃあ、この館だけ。ターゲットと、ここのみんなと自分が吹っ飛んで死ぬボタン。おまえ、サクッと押せる?」
「凱は……押せるんだ」
「うん。サクッとねー」
僕と凱の瞳がまっすぐにお互いを映す。
「大切なもんあったら押せねぇだろ?」
「そう……だね」
でも……。
「死なせるまでいかなくても、守りたい大切なもの犠牲にしてまでターゲットをやっつける……目的を優先出来るかってことでしょ?」
「そー。出来ねぇなら、枷になるもん持たねぇほうがいいじゃん」
「でも、その強さって……何のための強さ?」
「悪モノ退治するため」
凱が笑う。今度は瞳も。
「ジャルドもさ、自分が犠牲になんのはかまわねぇだろ? 相打ちでもそいつ潰せんなら」
「うん。かまわない」
「悪くねぇ人間傷つけんのも、悪になった自分なら出来るって言ったよな?」
「うん……その覚悟はするよ」
「そうなったら、もう悪モノじゃん?」
「うん……それはわかってるけど……」
悪になって悪を制するのは、悪にならなきゃやっつけられない悪がいるから。
理由がどうあれ、自分も同じ悪になる。
それがわからないなら、復讐するべきじゃない。
「悪なら悪らしく、心なんか持つなよ」
「え……?」
「悪モノ同士でやり合う時はさー人間らしいっつーか、まともな感情残ってるほうが負けんの」
瞳に暗い灯りを湛えて目の前にいる凱は、悪の前では別の何かに変わる。
自分の意思で心も失くす。何も持たない強さ……それが、凱の強さ?
凱みたいに強くなりたい。
そのために、僕はどこまで心を捨てることになるのか。
何が残っていれば……ギリギリ僕でいられるんだろうか。
「ジャルド」
甘い声で、僕の意識を凱が呼んだ。
「おまえもなれよ。破壊のボタン、押せる人間」
真顔の凱が、テーブル越しに僕に近づく。
「やりたいことあんなら強いほうがいーだろ。おまえなら、なれるぜ」
ああ……悪魔の囁きって、きっとこんな感じかもしれない。
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