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第11章 解放する者
オレはもう手遅れ
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「もう少し先にこの薬使う予定あんだけど、そん時手伝って」
僕を映す破壊者の瞳を見つめながら、頭の回転をフルスピードにして考える。
睡眠薬を使って凱が行うとすれば、悪になって悪を制することだろう。
その行為に僕が加担する……今イエスと言えば、自分の意思でやることになる。
悪になるのはかまわない。
僕はきっと、その前にすでに悪の側に行っているだろうから。
そして。
凱が壊すのがチャイルドマレスターなら、それは僕にとっても制すべき悪人だ。
僕は凱を信用出来る。
ただ……ためらう理由が二つある。
ひとつは、リージェイクへの罪悪感。
凱を悪の狂気から救いたいと願う彼の思いを、僕は知っている。
その上で凱を手伝う覚悟が……僕にはまだない。
リージェイクの牽制は、しっかりと僕に効いているみたいだ。
ふたつ目は、自分に対する不信感。
奏子に性的虐待をしたヤツへの復讐は、僕の選択で僕が決めたこと。
だから、自覚するこの怒りはコントロール出来るはず。
だけど。
凱の飼う負の部分に触れた時、僕はそれに食われずにいられるだろうか。
彼の狂気に抗って自分を保つ自信がない。
まだ負の部分を解放したことがない僕は、それが自分に何を与えて何を奪うのかわかっていないから。
「凱。僕……」
「冗談。そんな顔すんなよ」
凱が切れた唇の端を上げる。
「こんくらい、対価取るほどのもんじゃねぇからさ」
「でも……」
眉を寄せたまま、続ける言葉を探した。
「僕に出来ることがあって、凱が協力してほしいなら……そうしたいと思ってる」
「サンキュ。じゃあ、そん時になったら頼むね」
「うん……」
絡まる視線。
僕の瞳に見えた何かに、凱が目を眇める。
「今みたいに迷うなら、悪いことなんかしねぇほうがいーよ」
迷ってなんかいない。
そう……言えなかった。
「ジャルドはオレと同類だけどさー、まだ決定的に足んねぇとこがあんの」
「何?」
「人が苦しんでるとこ見た経験」
少しの間をおいて、強張っていた表情を緩める。
「そうだね。自分が苦しめてる人を見たことはないから。慣れるまではきついだろうな」
言ってから驚いた。
慣れるくらい経験を重ねる気で……人を苦しめるつもりでいる自分に。
「悪いヤツが苦しむのは当然だから、何すんのも平気になるけどねー。そうじゃねぇ人間傷つけんのは、自分のこと犠牲にするよりきついぜ」
「僕もそう思う」
「出来んの? おまえに」
凱の真剣な眼差し。
「まだ早ぇんじゃねぇの?」
そうかもしれない。
でも、僕の計画する復讐は延期出来ない。
僕はまだ子どもだけど、大切なものは守るって決めたんだ。
「昨夜のアレ見て、あの程度でビビったんだろ? おまえが何するつもりか知んねぇけど、自信あんの?」
続く問いに答える前に、静かに深呼吸する。
「悪になった僕なら出来る。少なくとも、その覚悟でなるよ。あとで苦しむだろうけど後悔はしない。実際にそういうことするとしたら、だけど」
「自分に可能ならどんなんでも?」
「可能でもやらないこともあるでしょ? 目的のためなら、凱は何でもするの?」
僕を見つめたまま、凱が目を瞬いた。
「何でも……そーね。必要なら、オレはおまえをレイプすんのも出来る。泣き叫ばれても怯まねぇでやれるぜ」
一瞬。僕の聞き違いかと思った。
すぐに、正しく聞けていたその言葉と口元だけの笑いに少したじろぐ。
でも。
それも一瞬だけ。
「自分にとって一番最低なことだとしても……あなたなら、やれるだろうね。もし、必要な場合があれば」
「さすがにそんな場合はねぇかなー」
淡々とした僕の肯定に、凱が乾いた声で笑って続ける。
「まぁ、そんくらいの覚悟しとかねぇとってこと。思ったより深く堕ちっかもしんねぇじゃん? 底がどのへんか知っといたほうがいいだろ」
「最低の自分にもなれる覚悟……だね」
「今のは冗談じゃなくて本気」
凱が真顔で僕を見据える。
「レイプされたら、そいつは絶対許せねぇよな。だから、オレにやられたら殺していーよ。やる時はそこまで覚悟してやるから」
「万が一現実になった場合に、僕が殺さないとして」
実際に現実にそれが起きることは想像出来ないし、出来たとしてもしないけど……聞いておきたい。
「凱は……自分を許せる?」
「許せるわけねぇだろ。でも、もうとっくに許せねぇことしちゃってるからさー」
それは何?って、聞こうとしてやめた。
凱の瞳が言いようのないほど暗かったから。
そして、思ったから。
それは、きっと。
リージェイクをレイプさせたことだ……って。
「オレはもう手遅れ。悪モノ壊しながら自分が壊れんの待つだけ」
「リージェイクが怒るよ。壊れないうちに戻るの待ってるんじゃないの?」
「あれはオレの勝手な思い込み」
「僕も待ってると思うよ」
「戻れても、やったことは消せねぇだろ」
「それでもいいじゃん。リージェイクが凱と同じ学校行くのは心配だからだと思うし、ここにいること決めたのだって……きっとそうだよ」
自分で口にしてわかった。
リージェイクがここにいるのは凱のためだ。
1年前に救えなかった凱を救いたくて……近くにいれば何か出来るかもって。
「今の学校ではちゃんとやってるぜ? マジメに勉強。友だちとも仲良く」
「友だちって……」
「コイツとは仲良しって感じじゃねぇけどさ」
凱が薬の束をカサカサと叩いた。
チラリと凱の顔の痣へと視線を巡らす。
「あーコレやったヤツは一応仲良し。かなり仲良い友だちもいるし、けっこう社交的にやれてんの。ジェイクが見たらビックリするくらい」
「そっか。じゃあ安心だね」
「安心……かぁ。オレはちょっと心配」
「何で?」
「ジェイクがいんのは嬉しいけど、オレがいろいろやってることバレる危険あんだろ」
それを知ったら、リージェイクは今度はどうするつもりだろう。
「凱はいつまで続けるの? その……悪者退治?」
「オレが退治されるまで」
その意味を考えて、眉をひそめた。
「誰に壊されたいの? リージェイク?」
「言うじゃん」
僕を見る凱の瞳が、おもしろそうに笑う。
「やっぱいーね、ジャルドは。オレのこと理解してくれそう」
「したいと思ってるよ。凱の考え方とかモノの見方とか、僕に……必要になるかもしれないから」
「ふうん? こんな人間になっちゃっていーの?」
「普段は素直でやさしいまま、冷酷で悪賢い破壊者になれるなら……僕もなりたい」
正直な気持ちを口にした。
凱の瞳に仄暗い炎が灯る。
僕を映す破壊者の瞳を見つめながら、頭の回転をフルスピードにして考える。
睡眠薬を使って凱が行うとすれば、悪になって悪を制することだろう。
その行為に僕が加担する……今イエスと言えば、自分の意思でやることになる。
悪になるのはかまわない。
僕はきっと、その前にすでに悪の側に行っているだろうから。
そして。
凱が壊すのがチャイルドマレスターなら、それは僕にとっても制すべき悪人だ。
僕は凱を信用出来る。
ただ……ためらう理由が二つある。
ひとつは、リージェイクへの罪悪感。
凱を悪の狂気から救いたいと願う彼の思いを、僕は知っている。
その上で凱を手伝う覚悟が……僕にはまだない。
リージェイクの牽制は、しっかりと僕に効いているみたいだ。
ふたつ目は、自分に対する不信感。
奏子に性的虐待をしたヤツへの復讐は、僕の選択で僕が決めたこと。
だから、自覚するこの怒りはコントロール出来るはず。
だけど。
凱の飼う負の部分に触れた時、僕はそれに食われずにいられるだろうか。
彼の狂気に抗って自分を保つ自信がない。
まだ負の部分を解放したことがない僕は、それが自分に何を与えて何を奪うのかわかっていないから。
「凱。僕……」
「冗談。そんな顔すんなよ」
凱が切れた唇の端を上げる。
「こんくらい、対価取るほどのもんじゃねぇからさ」
「でも……」
眉を寄せたまま、続ける言葉を探した。
「僕に出来ることがあって、凱が協力してほしいなら……そうしたいと思ってる」
「サンキュ。じゃあ、そん時になったら頼むね」
「うん……」
絡まる視線。
僕の瞳に見えた何かに、凱が目を眇める。
「今みたいに迷うなら、悪いことなんかしねぇほうがいーよ」
迷ってなんかいない。
そう……言えなかった。
「ジャルドはオレと同類だけどさー、まだ決定的に足んねぇとこがあんの」
「何?」
「人が苦しんでるとこ見た経験」
少しの間をおいて、強張っていた表情を緩める。
「そうだね。自分が苦しめてる人を見たことはないから。慣れるまではきついだろうな」
言ってから驚いた。
慣れるくらい経験を重ねる気で……人を苦しめるつもりでいる自分に。
「悪いヤツが苦しむのは当然だから、何すんのも平気になるけどねー。そうじゃねぇ人間傷つけんのは、自分のこと犠牲にするよりきついぜ」
「僕もそう思う」
「出来んの? おまえに」
凱の真剣な眼差し。
「まだ早ぇんじゃねぇの?」
そうかもしれない。
でも、僕の計画する復讐は延期出来ない。
僕はまだ子どもだけど、大切なものは守るって決めたんだ。
「昨夜のアレ見て、あの程度でビビったんだろ? おまえが何するつもりか知んねぇけど、自信あんの?」
続く問いに答える前に、静かに深呼吸する。
「悪になった僕なら出来る。少なくとも、その覚悟でなるよ。あとで苦しむだろうけど後悔はしない。実際にそういうことするとしたら、だけど」
「自分に可能ならどんなんでも?」
「可能でもやらないこともあるでしょ? 目的のためなら、凱は何でもするの?」
僕を見つめたまま、凱が目を瞬いた。
「何でも……そーね。必要なら、オレはおまえをレイプすんのも出来る。泣き叫ばれても怯まねぇでやれるぜ」
一瞬。僕の聞き違いかと思った。
すぐに、正しく聞けていたその言葉と口元だけの笑いに少したじろぐ。
でも。
それも一瞬だけ。
「自分にとって一番最低なことだとしても……あなたなら、やれるだろうね。もし、必要な場合があれば」
「さすがにそんな場合はねぇかなー」
淡々とした僕の肯定に、凱が乾いた声で笑って続ける。
「まぁ、そんくらいの覚悟しとかねぇとってこと。思ったより深く堕ちっかもしんねぇじゃん? 底がどのへんか知っといたほうがいいだろ」
「最低の自分にもなれる覚悟……だね」
「今のは冗談じゃなくて本気」
凱が真顔で僕を見据える。
「レイプされたら、そいつは絶対許せねぇよな。だから、オレにやられたら殺していーよ。やる時はそこまで覚悟してやるから」
「万が一現実になった場合に、僕が殺さないとして」
実際に現実にそれが起きることは想像出来ないし、出来たとしてもしないけど……聞いておきたい。
「凱は……自分を許せる?」
「許せるわけねぇだろ。でも、もうとっくに許せねぇことしちゃってるからさー」
それは何?って、聞こうとしてやめた。
凱の瞳が言いようのないほど暗かったから。
そして、思ったから。
それは、きっと。
リージェイクをレイプさせたことだ……って。
「オレはもう手遅れ。悪モノ壊しながら自分が壊れんの待つだけ」
「リージェイクが怒るよ。壊れないうちに戻るの待ってるんじゃないの?」
「あれはオレの勝手な思い込み」
「僕も待ってると思うよ」
「戻れても、やったことは消せねぇだろ」
「それでもいいじゃん。リージェイクが凱と同じ学校行くのは心配だからだと思うし、ここにいること決めたのだって……きっとそうだよ」
自分で口にしてわかった。
リージェイクがここにいるのは凱のためだ。
1年前に救えなかった凱を救いたくて……近くにいれば何か出来るかもって。
「今の学校ではちゃんとやってるぜ? マジメに勉強。友だちとも仲良く」
「友だちって……」
「コイツとは仲良しって感じじゃねぇけどさ」
凱が薬の束をカサカサと叩いた。
チラリと凱の顔の痣へと視線を巡らす。
「あーコレやったヤツは一応仲良し。かなり仲良い友だちもいるし、けっこう社交的にやれてんの。ジェイクが見たらビックリするくらい」
「そっか。じゃあ安心だね」
「安心……かぁ。オレはちょっと心配」
「何で?」
「ジェイクがいんのは嬉しいけど、オレがいろいろやってることバレる危険あんだろ」
それを知ったら、リージェイクは今度はどうするつもりだろう。
「凱はいつまで続けるの? その……悪者退治?」
「オレが退治されるまで」
その意味を考えて、眉をひそめた。
「誰に壊されたいの? リージェイク?」
「言うじゃん」
僕を見る凱の瞳が、おもしろそうに笑う。
「やっぱいーね、ジャルドは。オレのこと理解してくれそう」
「したいと思ってるよ。凱の考え方とかモノの見方とか、僕に……必要になるかもしれないから」
「ふうん? こんな人間になっちゃっていーの?」
「普段は素直でやさしいまま、冷酷で悪賢い破壊者になれるなら……僕もなりたい」
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凱の瞳に仄暗い炎が灯る。
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