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第11章 解放する者
怖い?
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蒸かし芋を食べたみんなのお腹具合に合わせたらしく、今日の夕食は軽めのメニューだった。
滞りなく食事は終わり。
自室に戻ってシャワーを浴び、部屋着に着替え。
少し時間を潰してから部屋を出た。
午後9時。
凱の部屋をノックする。
「どうぞー。入ってー」
ドアを開けると、凱はベッドを背にラグに置かれた低いテーブルの上で何かの作業をしていた。
「お邪魔します」
「おージャルド。そのへん座ってて。すぐ終わるから」
「何してるの?」
凱の対面に腰を下ろし、テーブル上に20個ほど並ぶキャラメルサイズのプラ容器に目を向けた。
半数には黒っぽいペースト状のものが入っている。
「これ……絵具?」
そう聞いたのは。凱の手に1本、容器のそばに3本の絵具チューブがあったからだ。
「そー。詰めちゃうからもう少し待って」
蓋を外したチューブから1×1.5センチで高さ1センチほどの容器へと、凱が絵具を絞り出していく。
「凱、絵を描くの?」
慣れた手つきでチューブを扱う凱を見て。意外な趣味だと思い、驚きを隠さない声音で尋ねた。
「オレはあんまり描けねぇけど、葦仁がねー。画家なの」
「奏子のお父さん?」
「うん。これやっといてって頼まれてんの忘れてた」
今までに2、3回しか絵具で絵を描いたことがないせいか、この作業の意味がわからない。
絵具って、ニョロっとパレットに出して水で薄めて筆で描くんじゃないのかな?
「全部出しちゃうの? 固まっちゃうんじゃない?」
「固めといて必要な時に水で取って使うんだってさ。よし、終わりー」
凱が絵具の詰まった小さな容器をトレーに移す。
「暗い色ばっかりだね」
「そー見えるだけ。なんでかねー透明な色は黒っぽいの。これなんかすっげーキレイな青だぜ」
凱の指す絵具を見ても鮮やかな青には見えない。がんばって紺色だ。
「見た目じゃわかんねぇよな。何でも」
切れた唇の端を上げる凱に、聞きたいことがたくさんある。
「昨夜の男……大丈夫だった?」
「狙い通りねー。狂犬病もなし」
立ち上がった凱が大きなキャビネットの天板の上にトレーを置き、A5サイズくらいの茶封筒を持って戻ってくる。
「戦利品」
凱がテーブルに出した封筒の中身は、錠剤の赤いPTP包装シートが10枚。1枚は6錠入り。
「この薬、凱が昨日飲んだやつ?」
「そー、実際に試すのにねー。飲んで5分で効いて、眠ってたのは1時間くらいでちょうどよかった。短時間で目が覚めるのがほしかったから」
「これもらうために……あの男と?」
1枚のシートを手に取り、赤いプラスチックに透ける楕円形の錠剤を見つめた。
「縛りつけられるのは想定外でも、もともと……セックスと引き換えだったんでしょ?」
「金じゃ売らねぇって言うし、ほかに選択肢がなくてさ」
「……嫌じゃないの? 恋人とかじゃない人と……」
僕の問いに凱が笑う。
「嫌なヤツとはよっぽどじゃなきゃしねぇよ。オレは誰も好きになんねぇの。だから、セックスの相手が恋人とかはねぇな」
「え……じゃあ、おとといの女の人は? 彼女じゃないの?」
「あーアレはごめんね。せっかく来てくれたのに。あいつは友ダチの彼女」
え……!?
「彼氏が浮気性でさー。耐えられなくなると慰めてって来るの」
「その彼氏が凱の友ダチって……いいの? バレたらマズいことにならない?」
「そいつ、オレとやってんの知ってるから平気」
眉を寄せて凱を見る。
それって普通のこと……?
恋愛って、恋人関係って……そんなラフなものだっけ?
凱やその彼女や友ダチの感覚って、一般的じゃない気がするんだけど……僕にはまだよくわからないだけ……なのか?
「ならいいけど……」
「セックスなんて、ただ粘膜擦り合うだけだぜ? 意味があるって思ってやんなきゃ、意味なんかねぇからさ。ジャルドも自分でやるよーになればわかるよ」
その言葉に、顔が強張った。
凱が片方の眉を上げる。
「怖い? セックスすんの」
「何で……?」
「昨夜のはともかく、女とのは普通じゃん? なのにおまえ、人殺して食ってるとこ見ちゃったみたいな顔して立ってたから」
「そ、れは……」
言葉が続かない。
あの時の僕は、確かにそんな顔をしていたんだろう。
「やられたの思い出すの?」
え!?
「母ちゃん殺した男に。だから怖い?」
凱がどうして……知って……。
「誰に……聞いたの……ラストワ? 綾さん? それとも……リージェイク……?」
声が震える。
感じるのは恐怖じゃない。
羞恥心でもない。
目の前にいる人間は、自分の苦しみの根源を知っている。
その事実に僕が感じたのは、強いていうなら安堵感だ。
ここではもう、隠す必要も無理する必要もない。
気を抜いていいんだ……って。
震えたのは、少し自虐的な喜びにだ。
あとは、僕が凱を信頼できるかどうか。
「誰にも。カマかけただけ」
あっさりと言ってのける凱。
「最初に会った時、そんな気がしたからさ。ごめんね」
「そっか……敵わないね、あなたには」
大きく溜息をついた。
「でも、もう大丈夫。ほんとに。あれから綾さんやリージェイクと話して怖さの正体もわかったし、誰かにレイプされるかもって怯えることもないし」
「ふうん。じゃあ、いーもん見せてあげるね。こっち来て」
訝しく思いながらも立ち上がる。
「何?」
「そこの袋に入ってるやつ。見てみろよ」
凱が指差したのは、ベッドヘッドの柱にかけてある巾着袋だ。
ベッドに乗り上げ、手を伸ばす。
何だろう? 小さいのに結構重い……。
「うわっ……!」
反転した視界に天井と凱の顔。左側を染める痣が逆光で濃く見える。
強い力で両手を頭の上で押さえつけられる。
「なにす……ふっ……!」
凱の手に口を塞がれた。
僕の身体を跨ぐ凱に、鋭い瞳で見下ろされている。
「オレみたいなの、簡単に信用すんなよ。後悔するぜ?」
見開いた僕の目から視線を外し、凱がゆっくりと顔を近づけてくる。
思わず目をつぶるのと同時に、熱く湿った舌が首筋に触れるのを感じた。
滞りなく食事は終わり。
自室に戻ってシャワーを浴び、部屋着に着替え。
少し時間を潰してから部屋を出た。
午後9時。
凱の部屋をノックする。
「どうぞー。入ってー」
ドアを開けると、凱はベッドを背にラグに置かれた低いテーブルの上で何かの作業をしていた。
「お邪魔します」
「おージャルド。そのへん座ってて。すぐ終わるから」
「何してるの?」
凱の対面に腰を下ろし、テーブル上に20個ほど並ぶキャラメルサイズのプラ容器に目を向けた。
半数には黒っぽいペースト状のものが入っている。
「これ……絵具?」
そう聞いたのは。凱の手に1本、容器のそばに3本の絵具チューブがあったからだ。
「そー。詰めちゃうからもう少し待って」
蓋を外したチューブから1×1.5センチで高さ1センチほどの容器へと、凱が絵具を絞り出していく。
「凱、絵を描くの?」
慣れた手つきでチューブを扱う凱を見て。意外な趣味だと思い、驚きを隠さない声音で尋ねた。
「オレはあんまり描けねぇけど、葦仁がねー。画家なの」
「奏子のお父さん?」
「うん。これやっといてって頼まれてんの忘れてた」
今までに2、3回しか絵具で絵を描いたことがないせいか、この作業の意味がわからない。
絵具って、ニョロっとパレットに出して水で薄めて筆で描くんじゃないのかな?
「全部出しちゃうの? 固まっちゃうんじゃない?」
「固めといて必要な時に水で取って使うんだってさ。よし、終わりー」
凱が絵具の詰まった小さな容器をトレーに移す。
「暗い色ばっかりだね」
「そー見えるだけ。なんでかねー透明な色は黒っぽいの。これなんかすっげーキレイな青だぜ」
凱の指す絵具を見ても鮮やかな青には見えない。がんばって紺色だ。
「見た目じゃわかんねぇよな。何でも」
切れた唇の端を上げる凱に、聞きたいことがたくさんある。
「昨夜の男……大丈夫だった?」
「狙い通りねー。狂犬病もなし」
立ち上がった凱が大きなキャビネットの天板の上にトレーを置き、A5サイズくらいの茶封筒を持って戻ってくる。
「戦利品」
凱がテーブルに出した封筒の中身は、錠剤の赤いPTP包装シートが10枚。1枚は6錠入り。
「この薬、凱が昨日飲んだやつ?」
「そー、実際に試すのにねー。飲んで5分で効いて、眠ってたのは1時間くらいでちょうどよかった。短時間で目が覚めるのがほしかったから」
「これもらうために……あの男と?」
1枚のシートを手に取り、赤いプラスチックに透ける楕円形の錠剤を見つめた。
「縛りつけられるのは想定外でも、もともと……セックスと引き換えだったんでしょ?」
「金じゃ売らねぇって言うし、ほかに選択肢がなくてさ」
「……嫌じゃないの? 恋人とかじゃない人と……」
僕の問いに凱が笑う。
「嫌なヤツとはよっぽどじゃなきゃしねぇよ。オレは誰も好きになんねぇの。だから、セックスの相手が恋人とかはねぇな」
「え……じゃあ、おとといの女の人は? 彼女じゃないの?」
「あーアレはごめんね。せっかく来てくれたのに。あいつは友ダチの彼女」
え……!?
「彼氏が浮気性でさー。耐えられなくなると慰めてって来るの」
「その彼氏が凱の友ダチって……いいの? バレたらマズいことにならない?」
「そいつ、オレとやってんの知ってるから平気」
眉を寄せて凱を見る。
それって普通のこと……?
恋愛って、恋人関係って……そんなラフなものだっけ?
凱やその彼女や友ダチの感覚って、一般的じゃない気がするんだけど……僕にはまだよくわからないだけ……なのか?
「ならいいけど……」
「セックスなんて、ただ粘膜擦り合うだけだぜ? 意味があるって思ってやんなきゃ、意味なんかねぇからさ。ジャルドも自分でやるよーになればわかるよ」
その言葉に、顔が強張った。
凱が片方の眉を上げる。
「怖い? セックスすんの」
「何で……?」
「昨夜のはともかく、女とのは普通じゃん? なのにおまえ、人殺して食ってるとこ見ちゃったみたいな顔して立ってたから」
「そ、れは……」
言葉が続かない。
あの時の僕は、確かにそんな顔をしていたんだろう。
「やられたの思い出すの?」
え!?
「母ちゃん殺した男に。だから怖い?」
凱がどうして……知って……。
「誰に……聞いたの……ラストワ? 綾さん? それとも……リージェイク……?」
声が震える。
感じるのは恐怖じゃない。
羞恥心でもない。
目の前にいる人間は、自分の苦しみの根源を知っている。
その事実に僕が感じたのは、強いていうなら安堵感だ。
ここではもう、隠す必要も無理する必要もない。
気を抜いていいんだ……って。
震えたのは、少し自虐的な喜びにだ。
あとは、僕が凱を信頼できるかどうか。
「誰にも。カマかけただけ」
あっさりと言ってのける凱。
「最初に会った時、そんな気がしたからさ。ごめんね」
「そっか……敵わないね、あなたには」
大きく溜息をついた。
「でも、もう大丈夫。ほんとに。あれから綾さんやリージェイクと話して怖さの正体もわかったし、誰かにレイプされるかもって怯えることもないし」
「ふうん。じゃあ、いーもん見せてあげるね。こっち来て」
訝しく思いながらも立ち上がる。
「何?」
「そこの袋に入ってるやつ。見てみろよ」
凱が指差したのは、ベッドヘッドの柱にかけてある巾着袋だ。
ベッドに乗り上げ、手を伸ばす。
何だろう? 小さいのに結構重い……。
「うわっ……!」
反転した視界に天井と凱の顔。左側を染める痣が逆光で濃く見える。
強い力で両手を頭の上で押さえつけられる。
「なにす……ふっ……!」
凱の手に口を塞がれた。
僕の身体を跨ぐ凱に、鋭い瞳で見下ろされている。
「オレみたいなの、簡単に信用すんなよ。後悔するぜ?」
見開いた僕の目から視線を外し、凱がゆっくりと顔を近づけてくる。
思わず目をつぶるのと同時に、熱く湿った舌が首筋に触れるのを感じた。
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