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第11章 解放する者

やさしい人間

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 館に戻ると、かいと綾さん以外がリビングに集まっていた。
 僕と奏子もそこに加わり、みんなで蒸かし芋を食べた。
 予想以上に甘くておいしかった。



 夕食前のひと時をのんびり過ごす。
 いつもはこの時間自室にいることの多いれつ、リージェイク、せきもいる。

「明日の夜、時間ある?」

 さっそく烈に言った。

「うん。何かあった?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 少し首を傾げて僕を見る烈は、いたって普通。
 ショウはキッチン。
 リージェイクは汐とソファで話し中。
 奏子と修哉さんはテレビの前のラグにいる。

「きみのことで」

 その言葉に口角を上げた烈の瞳に、動揺はなし。

「いいよ。何でも聞いて」

 僕たちは今、ほかの誰にも声が届かないところにいる。
 でも……話すのは今じゃない。

「明日ね」

 チラリとリージェイクを見やった僕を見て、烈もソファのほうへ目を向けた。
 視線に気づいたリージェイクがこっちを見て微笑んだ。
 息をついて、烈が頷く。

「わかった」

 僕がリージェイクに目をやったことと彼の微笑みの意味することに、烈が何か思い当たったかどうかはわからない。

「そういえばさ。リージェイク、凱の学校に行くんだって?」

「そうみたい。今日編入試験受けたって」

「へぇ……よかった」

 嬉しそうな烈に、僕は目を瞠る。

「どうして?」

「凱が喜んでると思うから。あと、リージェイクがいれば少しは安心だから」

「そう……だね」



 今日、リージェイクの話を聞いていろいろな真実を知ったから、彼が凱と同じ学校に通うことにした理由がわかる。
 烈はそれを知らないはずだけど、彼は凱のほうの真実を知っているんだろう。

 凱が喜んでいる……今は、それも信じられる。

「出来れば、二人がまた仲良くなればいいと思うよ」

「うん。僕もそう思う」



 凱は昨夜、仲良くも悪くもなれないって言ったけど……それは、リージェイクが自分を認めないって思っているせいだ。
 烈に同意するのは僕の本心。

 でも。
 同じ強さで、自分の復讐のためにはそうなってほしくないとも思っている。



「遅いね、凱。朝、夕食までには帰るって言ってたんだ」

 午後6時半を示す時計を見て言った。

「学校のあと、昨夜の男とディール……取引するって」

「ふうん。じゃあ、機嫌よく帰って来るかな」

「心配じゃないの?」

 のんきに言う烈に、眉を寄せる。

「あんなことする相手と……」

「大丈夫だよ。凱は同じ相手にいいようにされたりしない。耐えた苦痛をムダにもしない。うまくやってるはずだもん」

「だといいけど……」

 その時、リビングの扉が開いた。
 入ってきたのは綾さんだ。

「おう。おかえり。遅かったな」

 修哉さんが出迎えるように立ち上がる。

 そっか。
 昨夜聞いた時はそれどころじゃなくてすっかり忘れていたけど、この二人恋人同士なんだっけ。
 そう思って見るとなかなかお似合いだ。

「下で凱に会ったから乗せてきたわ」

「おかえりなさい、綾さん。凱、帰ってるの?」

 烈の問いに、綾さんはちょっと困った顔で修哉さんを見る。

「凱がどうかしたの?」

 修哉さんが口を開く前に聞いた。

「元気よ。腰もよくなったみたい。着替えたらすぐ来るわ。ただ、殴られた痕があるだけ。でも!」

 言葉を切った綾さんが、誰も口を挟まないように両手を上げる。

「ケンカしたわけじゃないようだから。修哉」

 綾さんに名指しされ、修哉さんがハイハイと頷いた。

「説教じみたこと言わなけりゃいいんだろ」

「そう。本人は全く気にしてないから、あなたたちも気にしなくていいわよ」

 自分に視線を向けるみんなにニッコリ微笑んで、綾さんはキッチンへと向かう。
 僕の視界の端で、リージェイクが溜息をついた。



 再び扉が開いた。

「うおっと! 何でみんなここにいんだよ。誰かお客さんでも来んの?」

 こにいる全員の注目を浴びた凱が、開いたドアに手をかけたまま後ろを振り返る。
 もちろん、玄関に続く廊下には誰もいない。
 そして、リビングの中の誰も口を開かない。



 何か言わなきゃ……!
 とりあえず、おかえりって……。

 たぶん、みんな真っ先に凱の顔に目がいって、言葉が後回しになっているんだ。
 僕もそのひとり。
 気にしない、なんて無理だろう。

 凱の左の頬骨の辺りが赤紫に染まっている。左側の口元も。唇の端は切れていて痛々しい。
 明らかに殴られた痕。

 誰に……!?
 綾さんはケンカじゃないって言ったけど……。



 時間は流れているのに気まずい沈黙は、10秒足らず。

「おかえりなさい! 今日ね、お芋ほりしたの。みんなで食べたんだよ。カイにもあげる」

 凱が部屋の中に2、3歩足を進めたところで、奏子が元気よく声をかけ。蒸かし芋の乗った皿を両手で持ち上げる。

「おーありがと。そっち行くから置いといていーよ」

「おかえり。その顔どうしたの?」

 烈がストレートに尋ねる。

「あー……友ダチに怒られちゃったの」

「友だちって……」

 眉をひそめる僕を見て、凱がニヤリと笑う。

「昨日転んだ時一緒にいたのとは別のヤツ」

 昨夜の男じゃない……のか。

「何したの?」

「そいつには何もしてねぇよ。転んだのバレたら、バカなことするなってさ。ジェイクが怒ったのと似たよーなもん」

「凱を心配して……?」



 なのに殴るって……どうなの?
 傷増やしてるじゃん!



「そーね。こんぐらいやんなきゃわかんねぇと思ったんだろ」

「で? わかったのか? 何やったか知らないが」

 修哉さんが言った。

「殴らんなくてもわかってるよ。アンタもオレによく言うよな。自分をもっと大切にしろって」

「たまには人の助言も聞いたらどうだ?」

「納得出来んのは聞くけどさー。大切にするより使い倒すほうが価値があんの、オレは。ヘマしねぇように気つけるよ」

「そうしてくれ。壊れてからじゃ遅いからな」

「了解」

 自分の前に腰を落ち着ける凱を、奏子がジッと見つめる。

「痛くない?」

「痛くても平気。身体はねー、すぐ治るから大丈夫なの。でも、おまえはケガすんなよ?」

「カイもケガしちゃダメ。はい。これ食べて元気になってね。お茶もあるよ」

「サンキュー」

 凱が奏子から受け取った芋を食べ始める。

 口の動きに連動する痣につい目がいっちゃうのは、僕だけじゃないはず。
 傷が痛むのか。微かに顔をしかめている凱。

「うまいねー」

「うん!」

「これ食ったから、さっきより元気」

 奏子と凱が笑みを交わす。
 見ていて心があったかくなる光景だ。

 奏子のやさしさに応える凱のやさしさに、取ってつけたような不自然さはない。



 凱はやさしい人間なんだろう。
 そして、人を壊す悪になれる人間でもある。

 素直さと狡猾さ。やさしさと冷酷さを内に共存させる凱に、どうやってそれを可能にしているのかを聞きたい。
 切実に、そう思った。


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