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第11章 解放する者
誰かを犠牲にする覚悟
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負の感情は誰の心にもある。
そして、それはマイナスに作用するばかりじゃない。
悔しさをバネにとか。
悲しみを知っているからこそやさしくなれるとか。
絶望の先に新たな可能性を見出すとか。
要は心の持ちようだと考える人もいる。
それでも。
考え方や意思の力でプラスに変換するのは不可能なくらい、強大な負の感情は存在する。
その負の感情の許容量は、人によって違うだろう。
本当なら。
溜め込まずに小出しに吐き出して解消したり、うまくプラスに作用させて有効活用したり出来ればいい。
だけど、負の感情はストレスより手強いもの。
さらに。
それが負の思考と組み合わさると、負の部分として自分の中に定着する。
そして、育つ。
はじめは全く気づかない。
確かに自分の一部なのに、無意識下で力を増していく生き物のようなその負の部分に気づいた時。
示される選択肢から何を選ぶか……決めるのは自分だ。
僕は負の部分の解放を選んだ。
決意に混じる迷いをすべて消し去ることは出来るだろうか。
館の玄関先で、奏子におみやげのサツマイモを見せてもらった。
保育園の畑で収穫したそれらは、大きいのも小さいのもあった。
ショウがすぐに蒸してくれるそうで、奏子はご機嫌。
掘ったばかりのサツマイモなんてイギリスでは見たことないし。
日本のは向こうのスイートポテトと全然違ってホクホク甘いっていうから、僕も楽しみだ。
僕と奏子は蕾だった花が咲いたかをチェックするからと森に行き、子猫のおうちに来ている。
そして。
奏子が子猫たちに会うためにここに来るのは、今日が最後になる予定だ。
「明日、ほんとに大丈夫?」
クロ、チャロ、ハロの3匹の子猫とひとしきり戯れたあと、奏子が言った。
「大丈夫。僕がうまくやるから。奏子は絶対に来ないって、約束して」
「う……ん」
しぶしぶな返事に、真剣に続ける。
「奏子もクロたちも僕が守るって約束する。だから、心配しないで待ってて」
「うん」
まっすぐに僕を見る奏子の瞳。
大丈夫。信じられる。
「ジャルド……」
膝に飛び乗ったチャロを抱き寄せ、ためらいがちに奏子が口を開く。
「今日ね、お芋ほりに……おじさんもいたの」
「え……!?」
「ミカちゃんのママが来れないからって。でも、あたしに何もしなかったよ。こんにちはとか、お芋いっぱいでよかったねとか言われただけ」
「そう……か」
子猫の頭に置いた手に力が入り。ハロが抗議するように鳴いて頭を振った。
「怖くなかった?」
「うん。ショウがいたし、みんなもいたし……おじさんも変じゃなかったから」
奏子の声はしっかりしている。
「あたし、ちゃんと返事も普通にしたよ」
「がんばったね」
「だから、明日引っ越し出来るよー」
両脇を抱えて持ち上げたハロに、奏子が話しかけた。
子猫を守りたい。
その気持ちが、奏子をより強くしているんだろう。
僕にもあるこの思いは、強さの源になる。
同時に……悪になるための言い訳にも。
無邪気に笑う奏子を見ていると、心の端がチクりと痛んだ。
「ジャルドは、おじさんのこと怖くない?」
「大丈夫。怖くないよ」
ハッキリと言い切る。
奏子がどういう意味で聞いたとしても答えは変わらない。
「奏子はもう、クロたちのためにおじさんの言うこと聞く必要はないからね」
「うん。でも、ミカちゃんのパパだから会っちゃうよ」
「保育園で会っちゃうのは仕方ないけど、おじさんと二人だけで会うのは絶対ダメ。もし、おじさん以外に知ってる人が誰もいない時に声かけられたら、逃げて」
強い口調で言った僕に、奏子が見開いた瞳を向ける。
「暫くは、ひとりで森に行かないで。1週間か2週間くらい」
『そしたら、もうおじさんは森に来ないから』
このひと言は、僕の頭の中で続けた。
「奏子……?」
言葉を発しない奏子の眉間に細い皺が寄っている。
「怖がらせてごめん」
奏子が首を横に振る。
「怖くない。あたしはもう、おじさんの言うこと聞かないから。でも……」
「でも……?」
「おじさんは悪い人?」
「そう。悪い人だよ。奏子にしたことは、すごく悪いことだ」
ここでぼくがキッパリとヤツを否定するのは間違いじゃないはず。
どんな理由があろうと、子どもへの性的虐待を肯定する要素なんかない。
「許されない、許しちゃダメなことをおじさんはしたんだ」
「おじさん、どっか行っちゃう?」
奏子の言葉に眉を寄せた。
「おまわりさんにつかまったり、誰かにやっつけられたりするの?」
「おじさんは……」
何て答えればいいのか。
どういう結果になるか、僕にもまだ見えていない。
被害届を出さないかぎり警察には捕まらないし、捕まっても刑務所行きになるほど重い罪には問われないだろう。
かといって。
『僕がやっつけるよ』なんて言えない。
「悪いことをしたから罰を受ける。悪いことした人に何が起きても、自分のせいなんだよ」
コクリと頷いた奏子の顔は、納得しているとは言い難い。
「奏子だって、悪い人はいなくなったほうがいいでしょ?」
「うん……でも、パパがいなくなったらミカちゃんがさみしいから」
口を開けたまま固まった。
奏子の発想に、ショックを受けていた。
ヤツへの復讐を決意してから、いろんなことを考えた。
そのほとんどが復讐のために自分が悪になることについてだ。
悪になれるか。
悪になるには何を覚悟すべきか。
そして。
どうやったらヤツを苦しめることが出来るか。
ヤツの家族のことなんて、これっぽっちも頭に浮かばなかった。
気づかないうちに冷酷な思考の人間になっている。
復讐のターゲットにも大切な人間がいることを忘れている。
悪人を壊すことで傷つく罪のない人間を生み出そうとしている。
悪になると決めたなら、そんな自分を僕は蔑むべきじゃない。
むしろ……喜ぶべきなんだろう。
切り捨てなきゃならないパーツがまだ僕の心にある。
悪を制するために悪になりたいと望むなら。
自分が犠牲を払う覚悟だけじゃなく……自分の手で誰かを犠牲にする覚悟も必要なことを知った。
そして、それはマイナスに作用するばかりじゃない。
悔しさをバネにとか。
悲しみを知っているからこそやさしくなれるとか。
絶望の先に新たな可能性を見出すとか。
要は心の持ちようだと考える人もいる。
それでも。
考え方や意思の力でプラスに変換するのは不可能なくらい、強大な負の感情は存在する。
その負の感情の許容量は、人によって違うだろう。
本当なら。
溜め込まずに小出しに吐き出して解消したり、うまくプラスに作用させて有効活用したり出来ればいい。
だけど、負の感情はストレスより手強いもの。
さらに。
それが負の思考と組み合わさると、負の部分として自分の中に定着する。
そして、育つ。
はじめは全く気づかない。
確かに自分の一部なのに、無意識下で力を増していく生き物のようなその負の部分に気づいた時。
示される選択肢から何を選ぶか……決めるのは自分だ。
僕は負の部分の解放を選んだ。
決意に混じる迷いをすべて消し去ることは出来るだろうか。
館の玄関先で、奏子におみやげのサツマイモを見せてもらった。
保育園の畑で収穫したそれらは、大きいのも小さいのもあった。
ショウがすぐに蒸してくれるそうで、奏子はご機嫌。
掘ったばかりのサツマイモなんてイギリスでは見たことないし。
日本のは向こうのスイートポテトと全然違ってホクホク甘いっていうから、僕も楽しみだ。
僕と奏子は蕾だった花が咲いたかをチェックするからと森に行き、子猫のおうちに来ている。
そして。
奏子が子猫たちに会うためにここに来るのは、今日が最後になる予定だ。
「明日、ほんとに大丈夫?」
クロ、チャロ、ハロの3匹の子猫とひとしきり戯れたあと、奏子が言った。
「大丈夫。僕がうまくやるから。奏子は絶対に来ないって、約束して」
「う……ん」
しぶしぶな返事に、真剣に続ける。
「奏子もクロたちも僕が守るって約束する。だから、心配しないで待ってて」
「うん」
まっすぐに僕を見る奏子の瞳。
大丈夫。信じられる。
「ジャルド……」
膝に飛び乗ったチャロを抱き寄せ、ためらいがちに奏子が口を開く。
「今日ね、お芋ほりに……おじさんもいたの」
「え……!?」
「ミカちゃんのママが来れないからって。でも、あたしに何もしなかったよ。こんにちはとか、お芋いっぱいでよかったねとか言われただけ」
「そう……か」
子猫の頭に置いた手に力が入り。ハロが抗議するように鳴いて頭を振った。
「怖くなかった?」
「うん。ショウがいたし、みんなもいたし……おじさんも変じゃなかったから」
奏子の声はしっかりしている。
「あたし、ちゃんと返事も普通にしたよ」
「がんばったね」
「だから、明日引っ越し出来るよー」
両脇を抱えて持ち上げたハロに、奏子が話しかけた。
子猫を守りたい。
その気持ちが、奏子をより強くしているんだろう。
僕にもあるこの思いは、強さの源になる。
同時に……悪になるための言い訳にも。
無邪気に笑う奏子を見ていると、心の端がチクりと痛んだ。
「ジャルドは、おじさんのこと怖くない?」
「大丈夫。怖くないよ」
ハッキリと言い切る。
奏子がどういう意味で聞いたとしても答えは変わらない。
「奏子はもう、クロたちのためにおじさんの言うこと聞く必要はないからね」
「うん。でも、ミカちゃんのパパだから会っちゃうよ」
「保育園で会っちゃうのは仕方ないけど、おじさんと二人だけで会うのは絶対ダメ。もし、おじさん以外に知ってる人が誰もいない時に声かけられたら、逃げて」
強い口調で言った僕に、奏子が見開いた瞳を向ける。
「暫くは、ひとりで森に行かないで。1週間か2週間くらい」
『そしたら、もうおじさんは森に来ないから』
このひと言は、僕の頭の中で続けた。
「奏子……?」
言葉を発しない奏子の眉間に細い皺が寄っている。
「怖がらせてごめん」
奏子が首を横に振る。
「怖くない。あたしはもう、おじさんの言うこと聞かないから。でも……」
「でも……?」
「おじさんは悪い人?」
「そう。悪い人だよ。奏子にしたことは、すごく悪いことだ」
ここでぼくがキッパリとヤツを否定するのは間違いじゃないはず。
どんな理由があろうと、子どもへの性的虐待を肯定する要素なんかない。
「許されない、許しちゃダメなことをおじさんはしたんだ」
「おじさん、どっか行っちゃう?」
奏子の言葉に眉を寄せた。
「おまわりさんにつかまったり、誰かにやっつけられたりするの?」
「おじさんは……」
何て答えればいいのか。
どういう結果になるか、僕にもまだ見えていない。
被害届を出さないかぎり警察には捕まらないし、捕まっても刑務所行きになるほど重い罪には問われないだろう。
かといって。
『僕がやっつけるよ』なんて言えない。
「悪いことをしたから罰を受ける。悪いことした人に何が起きても、自分のせいなんだよ」
コクリと頷いた奏子の顔は、納得しているとは言い難い。
「奏子だって、悪い人はいなくなったほうがいいでしょ?」
「うん……でも、パパがいなくなったらミカちゃんがさみしいから」
口を開けたまま固まった。
奏子の発想に、ショックを受けていた。
ヤツへの復讐を決意してから、いろんなことを考えた。
そのほとんどが復讐のために自分が悪になることについてだ。
悪になれるか。
悪になるには何を覚悟すべきか。
そして。
どうやったらヤツを苦しめることが出来るか。
ヤツの家族のことなんて、これっぽっちも頭に浮かばなかった。
気づかないうちに冷酷な思考の人間になっている。
復讐のターゲットにも大切な人間がいることを忘れている。
悪人を壊すことで傷つく罪のない人間を生み出そうとしている。
悪になると決めたなら、そんな自分を僕は蔑むべきじゃない。
むしろ……喜ぶべきなんだろう。
切り捨てなきゃならないパーツがまだ僕の心にある。
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