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第10章 過去の真実
受容か解放か
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「ジャルド」
宥めるような眼差しを僕に向けるリージェイク。
「今はまだそういう気持ちにならないかもしれないけど、もう少し大きくなればまた違ってくるし興味も出てくるよ。大人になっても恐怖心があるままだったら、助けが要る状態だって思えばいい」
「綾さんに……知らないから怖いんだって言われた。レイプは暴力だから、セックスとは別物だって……そう思う?」
考える間もなく、リージェイクが首を縦に振る。
「彼女の言う通りだ。快楽を求めるセックスと、心身ともに苦痛を感じるレイプは違う。暴力を恐れるのは普通の感覚だからね。心配しなくて大丈夫だよ。僕がその証明になるだろう?」
そう言われたら、納得するしかない。
あの時の僕と同じ歳で、リージェイクは僕よりもはるかに残酷な悪夢を経験したんだから。
「きみが年頃になったら、楽しめるようになれればいいなと思うよ」
「うん……なったらね」
半信半疑というより9割が疑のまま、頷いた。
「ごめん」
リージェイクが困った顔で言う。
「昨夜の凱を見たり、今日の僕の話を聞いたことが……きみにあるセックスのイメージをよけいマイナスにしてしまったかもしれないね。だけど、一度切り離して考えてみるといい。きみが経験した暴力とは全く違うものなんだって」
「そうだね。女の人とするのは確かに違うかも」
僕が前向きになれるよう気遣ってくれるリージェイクに、返せるのはこれが精一杯だ。
「僕は女性とのセックスのほうが好きだけど、男とも何度も寝たよ。それもレイプとは違う。実体験からだから、信じていい」
そ……んなことまで言われたら……。
「ありがとう……信じるよ」
微笑んだ。
ほんのすこしだけ、引きつっていたかもしれないけど。
笑みを返したリージェイクが、真顔になる。
「もうひとつ……きみに、謝らないといけないことがある」
「え……と、何……?」
微かな皺を眉間に刻み、リージェイクが口を開く。
「凱は危険だから気をつけろって話した時、僕は頭ごなしに彼を否定した。きみに警戒させて出来るだけ近づかないようにするために、凱のプラス面には一切触れずマイナス面だけ教えたんだ」
「でもそれは、心配したからでしょ? 凱に関わることで自分を見失って、心ない破壊者になってほしくないって」
「確かに僕はそう言った。だけど、本心は違う。きみは凱に影響されなくても、悪にも破壊者にもなれる。自分でそれを選べるはずだ」
薄く開いた唇から、言葉を紡げない。
否定出来なかった。
その必要も、なかった。
「凱と同様に、きみは目的のためなら自分を犠牲に出来ると思った。もし、きみに悪になってでも悪を制したい理由があれば、凱は最強の味方になり得ると考えるだろう。それを、止めたかったんだ」
瞬時に静止した空間を、次の刹那で再動させれば。
この空気に漏れ出した僕の思いの片鱗を、気づかれずにもとの場所へ戻せるだろうか。
「悪い人間は許さない」
リージェイクの瞳を射るように見つめる。
「そのためなら、僕は悪になれる。次に自分が制されてもかまわない。リージェイクの思う通りだよ。でも、今はそうする理由がない。僕の一番許せない人間は……母を殺したあの男たちだから」
これまで、無自覚にリージェイクを見くびっていたのか……僕の心のありようを、彼に悟られるはずがないと。
彼は僕をわかっていた。
きっと、ここに残ることにした時から、彼は僕の変化にちゃんと気づいていたんだろう。
感づかれている……だけど、まだ決定打はないはず。
ごまかしきれるか……。
そう計算すると同時に、ひとりで抱え込んだ胸の内のすべてをリージェイクに吐露したいと切望する自分がいる。
僕の知らなかった彼の素顔に、凱に魅せられるのと同じように魅せられている。
そう自覚しながらも、僕を引き留めるものがある。
リージェイクは、負の部分を受容出来る。
凱は、負の部分を解放出来る。
僕が今求めるのは、この獰猛な負の部分の解放だ。
リージェイクが、表情を緩めて微笑んだ。
「今はもう、止めようとは思わない。だから、こうして話してる」
「今、凱に協力してほしいことはないよ」
僕も微笑んだ。
お互いの真意を、今ここで確かめはしない。
僕たちの微笑みは、暗黙の了解だ。
「あの時は、僕の過去をきみに話してなかったから。凱との間にあったことや暴行事件の原因、悪になることに反対する理由も具体的に話せなかった」
「今日話してくれたこと全部……僕に悪夢を思い出させないために言わなかったんでしょ?」
「うん……聞くのはつらいだろうと思って。でも、話せてよかったよ」
「僕も、知ってよかった」
まっすぐに僕の瞳を見つめ、リージェイクが続ける。
「そして、凱が人を壊す理由も、僕にはわからないと嘘をついた。本当に悪かったと思ってる……ごめんね」
「じゃあ……わかってるの?」
リージェイクが下げた頭を上げるのを待って、聞いた。
宥めるような眼差しを僕に向けるリージェイク。
「今はまだそういう気持ちにならないかもしれないけど、もう少し大きくなればまた違ってくるし興味も出てくるよ。大人になっても恐怖心があるままだったら、助けが要る状態だって思えばいい」
「綾さんに……知らないから怖いんだって言われた。レイプは暴力だから、セックスとは別物だって……そう思う?」
考える間もなく、リージェイクが首を縦に振る。
「彼女の言う通りだ。快楽を求めるセックスと、心身ともに苦痛を感じるレイプは違う。暴力を恐れるのは普通の感覚だからね。心配しなくて大丈夫だよ。僕がその証明になるだろう?」
そう言われたら、納得するしかない。
あの時の僕と同じ歳で、リージェイクは僕よりもはるかに残酷な悪夢を経験したんだから。
「きみが年頃になったら、楽しめるようになれればいいなと思うよ」
「うん……なったらね」
半信半疑というより9割が疑のまま、頷いた。
「ごめん」
リージェイクが困った顔で言う。
「昨夜の凱を見たり、今日の僕の話を聞いたことが……きみにあるセックスのイメージをよけいマイナスにしてしまったかもしれないね。だけど、一度切り離して考えてみるといい。きみが経験した暴力とは全く違うものなんだって」
「そうだね。女の人とするのは確かに違うかも」
僕が前向きになれるよう気遣ってくれるリージェイクに、返せるのはこれが精一杯だ。
「僕は女性とのセックスのほうが好きだけど、男とも何度も寝たよ。それもレイプとは違う。実体験からだから、信じていい」
そ……んなことまで言われたら……。
「ありがとう……信じるよ」
微笑んだ。
ほんのすこしだけ、引きつっていたかもしれないけど。
笑みを返したリージェイクが、真顔になる。
「もうひとつ……きみに、謝らないといけないことがある」
「え……と、何……?」
微かな皺を眉間に刻み、リージェイクが口を開く。
「凱は危険だから気をつけろって話した時、僕は頭ごなしに彼を否定した。きみに警戒させて出来るだけ近づかないようにするために、凱のプラス面には一切触れずマイナス面だけ教えたんだ」
「でもそれは、心配したからでしょ? 凱に関わることで自分を見失って、心ない破壊者になってほしくないって」
「確かに僕はそう言った。だけど、本心は違う。きみは凱に影響されなくても、悪にも破壊者にもなれる。自分でそれを選べるはずだ」
薄く開いた唇から、言葉を紡げない。
否定出来なかった。
その必要も、なかった。
「凱と同様に、きみは目的のためなら自分を犠牲に出来ると思った。もし、きみに悪になってでも悪を制したい理由があれば、凱は最強の味方になり得ると考えるだろう。それを、止めたかったんだ」
瞬時に静止した空間を、次の刹那で再動させれば。
この空気に漏れ出した僕の思いの片鱗を、気づかれずにもとの場所へ戻せるだろうか。
「悪い人間は許さない」
リージェイクの瞳を射るように見つめる。
「そのためなら、僕は悪になれる。次に自分が制されてもかまわない。リージェイクの思う通りだよ。でも、今はそうする理由がない。僕の一番許せない人間は……母を殺したあの男たちだから」
これまで、無自覚にリージェイクを見くびっていたのか……僕の心のありようを、彼に悟られるはずがないと。
彼は僕をわかっていた。
きっと、ここに残ることにした時から、彼は僕の変化にちゃんと気づいていたんだろう。
感づかれている……だけど、まだ決定打はないはず。
ごまかしきれるか……。
そう計算すると同時に、ひとりで抱え込んだ胸の内のすべてをリージェイクに吐露したいと切望する自分がいる。
僕の知らなかった彼の素顔に、凱に魅せられるのと同じように魅せられている。
そう自覚しながらも、僕を引き留めるものがある。
リージェイクは、負の部分を受容出来る。
凱は、負の部分を解放出来る。
僕が今求めるのは、この獰猛な負の部分の解放だ。
リージェイクが、表情を緩めて微笑んだ。
「今はもう、止めようとは思わない。だから、こうして話してる」
「今、凱に協力してほしいことはないよ」
僕も微笑んだ。
お互いの真意を、今ここで確かめはしない。
僕たちの微笑みは、暗黙の了解だ。
「あの時は、僕の過去をきみに話してなかったから。凱との間にあったことや暴行事件の原因、悪になることに反対する理由も具体的に話せなかった」
「今日話してくれたこと全部……僕に悪夢を思い出させないために言わなかったんでしょ?」
「うん……聞くのはつらいだろうと思って。でも、話せてよかったよ」
「僕も、知ってよかった」
まっすぐに僕の瞳を見つめ、リージェイクが続ける。
「そして、凱が人を壊す理由も、僕にはわからないと嘘をついた。本当に悪かったと思ってる……ごめんね」
「じゃあ……わかってるの?」
リージェイクが下げた頭を上げるのを待って、聞いた。
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