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第9章 受容する者
息子を助けるために
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落ち着いた表情で、リージェイクが話を再開する。
「自分が自分じゃなくなる恐怖と闘いながら苦痛に耐えているうちに、僕はその状態を普通に思えるようになっていった。さっき言った、自己防御でね」
穏やかな語り口。
だけど……。
「だから、身体の苦痛だけの時には、死ぬこと以外にも頭が回った。トルライのほかの3人は、ただ僕をいたぶるためにやるだけだったし、それはもう精神的なダメージにはならなかったから」
いくら穏やかに話されても、その内容は僕の心を痛めた。
レイプされることに慣れるほど、つらいと感じる基準を狂わす状況にいた……。
そんな惨い過去がリージェイクにあったなんて、今まで一緒にいて微塵も感じなかった。
いつもやさしくて正しい、暗い部分のない人間だと思っていた。
話を聞く前と同じ気持ちで彼を見ることは、もう出来ない。
それは悪い意味じゃなくいい意味でだ。
「トルライがいるなら、父は必ずここを突き止める。人数的に不利でも、よくて相打ちしか望めない状況だとしても……父がトルライの前に現れる日が来る。その時に僕に出来ることはないか、考えたよ」
「早く……来てほしかった?」
「半々だった、かな」
「来てほしくないのは、お父さんに死んでほしくなかったから?」
「うん。ただでさえ理性が飛んでいるだろう父が僕の状態を見たら、何も考えずにトルライに襲いかかりかねない。冷静ならそんな心配はいらないけど、この時はね。それに、来てほしいと願うのは……僕のわがままかもしれないと思ったから」
「わがまま!? トルライをやっつけるのは、お父さんの意思じゃないの? お母さんのこと、リージェイクのことで復讐するのは……彼自身の望みでしょ!? もちろん、リージェイクを助けるのも」
「そうだよ」
リージェイクが僅かに語気を強める。
「父は、僕の命は諦めていたはずだ。だから、復讐を望んだ。だから、生きている僕を見たら……助けようとするだろう。自分が助けなければと思うだろう。でも、それが無理だとしたら? 父はどうすると思う?」
答えられなかった。
「自分が死んでも僕を助けられず。トルライのもとに苦痛とともに残すくらいなら、父は僕を殺す。それが正しいかどうかは別として、父はそう考える。そして、僕は……それに期待したんだ」
「え……?」
「助けられるなら、それが一番だよ。だけど、もし、それが叶わなくて……父が死を覚悟する状況になったら、先に僕を殺してほしいと思った。父なら、そうしてくれるはずだって」
「でも! 助けられたんでしょ? お父さんに自分の子どもを殺させるなんて……そんなつらい役目をさせなくて済んだんだよね?」
この言葉は、質問じゃなくて確認だ。
だって、リージェイクは今ここにいるんだから。
「代わりに、父が死んだ」
リージェイクの冷えた声。
一瞬にして凝り固まった空間に、息をのんだ。
言葉を失った時、人はその瞳に心を映す。
息子を助けるために、自分が死んだ。
リージェイクが頷いた。
「父がエイリフともうひとり、サンデルという仲間と一緒にヤツら3人を連れてあの部屋に入ってきた時。ちょうどトルライが僕をやるところだった」
抑揚なく話すリージェイクの声は、内に秘める感情を感じさせなかった。
その感情を見せられた時、僕がかける言葉はあるのか……。
「最中でも直後でもなく、その前でよかったよ。トルライの精神攻撃に備えて現実逃避していた僕の頭はすぐに状況を飲み込めなかったけど、身体は動かせたからね。それに、壁に繋がる鎖も外されていた」
「お父さんたちは、どうやって……?」
「あそこはトルライの隠れ家的な場所で、地下に来る6人のほかには誰もいなかった。家に忍び込んで3人を拘束した父たちは、トルライが地下に僕を監禁していることを知って。ヤツらを連れて部屋に来た」
「リージェイクを助けるために……だよね?」
「そして、トルライを殺すため。父にとってそのふたつは同じことだ。」
ふたつは同じ……それは、その目的は……果たせたの……?
心の中でそう尋ねた。
「静かに開けたドアから、父たち3人がそれぞれひとりずつヤツらを前にして部屋に入るのに……隅のイスに座った敵のひとりが先に気づいた。素早く銃を構えたその男の手元を、サンデルが撃った」
リージェイクの冷静な声が、当時の出来事をなぞっていく。
「『動くな!』父がそう言った時。銃声に反応して立ち上がった僕の喉には、後ろにいた男の持つナイフの刃があてられ……頭にはトルライの銃口が向けられていた」
「自分が自分じゃなくなる恐怖と闘いながら苦痛に耐えているうちに、僕はその状態を普通に思えるようになっていった。さっき言った、自己防御でね」
穏やかな語り口。
だけど……。
「だから、身体の苦痛だけの時には、死ぬこと以外にも頭が回った。トルライのほかの3人は、ただ僕をいたぶるためにやるだけだったし、それはもう精神的なダメージにはならなかったから」
いくら穏やかに話されても、その内容は僕の心を痛めた。
レイプされることに慣れるほど、つらいと感じる基準を狂わす状況にいた……。
そんな惨い過去がリージェイクにあったなんて、今まで一緒にいて微塵も感じなかった。
いつもやさしくて正しい、暗い部分のない人間だと思っていた。
話を聞く前と同じ気持ちで彼を見ることは、もう出来ない。
それは悪い意味じゃなくいい意味でだ。
「トルライがいるなら、父は必ずここを突き止める。人数的に不利でも、よくて相打ちしか望めない状況だとしても……父がトルライの前に現れる日が来る。その時に僕に出来ることはないか、考えたよ」
「早く……来てほしかった?」
「半々だった、かな」
「来てほしくないのは、お父さんに死んでほしくなかったから?」
「うん。ただでさえ理性が飛んでいるだろう父が僕の状態を見たら、何も考えずにトルライに襲いかかりかねない。冷静ならそんな心配はいらないけど、この時はね。それに、来てほしいと願うのは……僕のわがままかもしれないと思ったから」
「わがまま!? トルライをやっつけるのは、お父さんの意思じゃないの? お母さんのこと、リージェイクのことで復讐するのは……彼自身の望みでしょ!? もちろん、リージェイクを助けるのも」
「そうだよ」
リージェイクが僅かに語気を強める。
「父は、僕の命は諦めていたはずだ。だから、復讐を望んだ。だから、生きている僕を見たら……助けようとするだろう。自分が助けなければと思うだろう。でも、それが無理だとしたら? 父はどうすると思う?」
答えられなかった。
「自分が死んでも僕を助けられず。トルライのもとに苦痛とともに残すくらいなら、父は僕を殺す。それが正しいかどうかは別として、父はそう考える。そして、僕は……それに期待したんだ」
「え……?」
「助けられるなら、それが一番だよ。だけど、もし、それが叶わなくて……父が死を覚悟する状況になったら、先に僕を殺してほしいと思った。父なら、そうしてくれるはずだって」
「でも! 助けられたんでしょ? お父さんに自分の子どもを殺させるなんて……そんなつらい役目をさせなくて済んだんだよね?」
この言葉は、質問じゃなくて確認だ。
だって、リージェイクは今ここにいるんだから。
「代わりに、父が死んだ」
リージェイクの冷えた声。
一瞬にして凝り固まった空間に、息をのんだ。
言葉を失った時、人はその瞳に心を映す。
息子を助けるために、自分が死んだ。
リージェイクが頷いた。
「父がエイリフともうひとり、サンデルという仲間と一緒にヤツら3人を連れてあの部屋に入ってきた時。ちょうどトルライが僕をやるところだった」
抑揚なく話すリージェイクの声は、内に秘める感情を感じさせなかった。
その感情を見せられた時、僕がかける言葉はあるのか……。
「最中でも直後でもなく、その前でよかったよ。トルライの精神攻撃に備えて現実逃避していた僕の頭はすぐに状況を飲み込めなかったけど、身体は動かせたからね。それに、壁に繋がる鎖も外されていた」
「お父さんたちは、どうやって……?」
「あそこはトルライの隠れ家的な場所で、地下に来る6人のほかには誰もいなかった。家に忍び込んで3人を拘束した父たちは、トルライが地下に僕を監禁していることを知って。ヤツらを連れて部屋に来た」
「リージェイクを助けるために……だよね?」
「そして、トルライを殺すため。父にとってそのふたつは同じことだ。」
ふたつは同じ……それは、その目的は……果たせたの……?
心の中でそう尋ねた。
「静かに開けたドアから、父たち3人がそれぞれひとりずつヤツらを前にして部屋に入るのに……隅のイスに座った敵のひとりが先に気づいた。素早く銃を構えたその男の手元を、サンデルが撃った」
リージェイクの冷静な声が、当時の出来事をなぞっていく。
「『動くな!』父がそう言った時。銃声に反応して立ち上がった僕の喉には、後ろにいた男の持つナイフの刃があてられ……頭にはトルライの銃口が向けられていた」
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