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第9章 受容する者

拷問

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「はじめのうちは、ヤツらも余裕そうだった。相手は百戦錬磨の傭兵じゃなく、まだ10歳の子どもだ。ちょっと小突いて脅かせばすぐに音を上げる。そう思ってたんだろう。実際、直接的に痛めつけるよりも、言葉で恐怖を与えようとしてきたよ」

 子どもだから。

 そう考えて、あまく見るのも無理はない。
 でも。
 リージェイクは見た目通りの子どもじゃなかった。

「『さっさと言わなけりゃ、手首を切り落とすぞ』とか『大人なら3本まではこいつに耐えられるが、おまえは1本で廃人になっちまうかもな』って注射器をチラつかせるとか……そういったことをね」

「怖いと思うこと……あった?」

「ないよ。やれもしない脅しに効果はない。僕に何が出来るのかを聞き出して、利用するのが目的だ。再起不能にしたら意味がない。それをわかってたから」

「何て、聞かれたの?」

「『どんな方法を使って、一瞬で人を倒しているのか?』」

 リージェイクが口元だけで笑みを作る。

「あとは、針麻酔が出来るのか。指に毒を仕込んでるのか。催眠術が使えるのか。超能力が使えるのか。そんな具体例をね。僕は何も答えなかった。イエス・ノーすらも」

「ひと言も喋らなかったの?」

「いや。ヤツらの聞きたいこと以外なら喋ったよ。ひと言も口を聞かないでいたら、向こうの限界が早く来る。それは、出来るだけ引き延ばしたかった」

「限界って……」

「いずれ、ヤツらの忍耐力は切れる。そうなると、拷問の目的が、僕に喋らせることより僕を苦しめることにフォーカスされる。そうなっても、僕はヤツらの言うことは聞かない。そして、終わらせたいと願うようになる」



 終わらせたい……。

 言うことを聞けば終われる。
 だけど、言うことは聞かない。
 だから、終わらせるには死ぬ以外に方法がない。

 だけど……死ねない。



「その限界が来るまでの、3、4日。直接、身体に苦痛を与えられ、アトレを使って精神的にも苦しめられた。僕の恐怖心を刺激するために、まずは彼を痛めつける。その場面を見せてから、僕に同じことをしたんだ」

「ひどい……」

「それが拷問だ。でも、僕が精神的につらかったのは恐怖じゃない。僕に口を割らせるためだけに、アトレが傷つけられるっていう事実だ。彼が自分で選んだことの結果でも……やっぱりね。だから、本当に、最初に聞けてよかったよ。オレのためには言いなりになるなって」



 アトレは……拷問の末に死んだ。
 リージェイクにも、同じ拷問をした。

 生きているけど。
 死なないように手加減していただろうけど。
 まだ子どものリージェイクに……。

 見たこともないトルライという男とその仲間に、激しい怒りを覚えた。



「全身の打撲。手の指8本の骨折。手足に十数箇所の切り傷と刺し傷。肩と背中に電流の熱傷。3、4日の間に、致命傷を与えないように加減しながら、ヤツらはアトレと僕の身体にそれらの傷を負わせた」

 未だ淡々と話すリージェイク。

 言葉が出なかった。

「ヤツらは6人いて、3人ずつ交替で僕たちを拷問していたんだけど……その中にひとり、怒鳴りもせず笑いもしない静かな男がいた。冷酷さは一番で、僕の指を1本ずつ折っていく間も、無言で無表情。叫び声になんの反応も躊躇もしない男だった」

 リージェイクは、自分の左手をゆっくりと握りしめて開く様子を見つめた。

「その男がトルライだと、あとで知ったよ」

「ヤツらの、ボスが……?」

「そう。トップ自らが拷問の執行人だ。そして、ある時突然、アトレの鎖を外させた」

 テーブルの上で両手を組んで視線を上げたリージェイクと、目が合った。

「あの部屋で……僕とアトレは対面の壁に後ろ手に縛られて、立った状態で繋がれていたんだ。痛めつけられるお互いが、よく見えるように。服は脱がされていたから全裸でね」

 リージェイクを見つめ続ける。
 目を、逸らせない。

「アトレは、部屋の真ん中に跪かされた。鎖は外されてるけど、手は後ろで縛られたまま。トルライはひと言、『やれ』と言った」



 やれ……。
 つまり、レイプしろ……。



「拷問でのレイプは、効果的なんだ。身体のダメージは少なく精神的なダメージは大きい。軍や反政府ゲリラで捕虜によく行われる。ただし、やるほうも……敵の男相手に、いきなり欲情出来る人間じゃないと無理だけどね」

「アトレは……?」

「全身傷だらけで。しかも、僕と違って深い傷口からの血は止まっていない。その時にはもう体力的に限界だったから……抵抗さえ出来ずに、ただ叫びながら耐えるしかなかった」

 リージェイクの灰蒼の瞳は、濡れていないのに涙の存在を感じさせた。

「トルライは、僕がアトレから目を背けないように髪をつかんで言った。『よく見ておけ。次はおまえの番だ』……はじめて、ヤツが笑ったところを見たよ」


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