71 / 110
第9章 受容する者
復讐が引き起こした悪夢
しおりを挟む
言葉を発せずにいる僕を見るリージェイクの瞳は、風のない真夜中の湖面のように静かだった。
「荒らされた部屋で、僕の連絡で飛んできた父と向き合った。一緒に行くと言った僕を、父は止めなかったよ」
「……お母さんを助けに……敵のところに……?」
「連れて行かなければ、僕はひとりでも行く。それを父はわかってたからね。危険だろうが何だろうが、ほかの選択肢はない。僕を入れた9人でいくつか目星のついている敵の拠点を探し回った」
見つかったの?
そう聞くまでもないことが、リージェイクの表情に表れていた。
「どこにもいなかった。3日間。手がかりさえつかめないのに、ひとりやられて焦燥した僕たちは、敵の二人を拉致して……吐かせたよ」
どうやって?
これも、聞くまでもなかった。
「以前から……殴る蹴るはもちろん、刺したり撃ったりの暴力的な行為をする彼らを見知っていたけど。父と仲間たちの残忍さを、間近で見たのは初めてだった」
「怖かった……?」
「いや」
リージェイクが否定する。
「不思議とね、恐怖は感じなかった。感じたのは、人間の強さと脆さ。そして、人はここまで残酷になれるんだっていう衝撃。好きでやってるんじゃないのはわかってたから、嫌悪感もなかった。ただ、これと同じことを向こうも出来る……その事実を再認識したよ」
敵も味方も、同じダークサイドに生きる人間だから。
リージェイクは、僕が全く知らない世界にいたんだ……。
「二人のうち、ひとりだけが母の居場所を知っていた。僕たちはすぐにそこへと駆けつけた」
訪れた沈黙は短かった。
もっと長ければいいと思った。
「使われていない何かの施設みたいな建物だった。退路の確保に3人残して、5人で細心の注意を払って中に入ったよ。父たちが……殺した敵の妻が、母といた。もうひとり、男が一緒に。その部屋に辿り着く前に、4人倒したかな」
「間に合った……?」
その問いに、リージェイクは否定も肯定もせずに続ける。
「母はまだ生きていた。意識もあって、父と僕の名を叫んだよ」
息を詰めた。
周りの空気が、固まって重い。
「敵の男が構えた銃を撃つほんの一瞬前に、こっちのひとりがヤツを撃った。額に被弾して倒れる男の銃からの弾が、父の右腕のエイリフという仲間の足に当たった」
まるで実況中継をしているみたいに話すリージェイク。
その瞳は、目の前の僕を見ていない。
「残っている敵は、両手足を縛られた母を支えるようにして後ろに立つ女だけ。油断していた。撃たれた仲間に気を取られた数秒の間に、もう一発銃声が聞こえた」
リージェイクの瞳が僕を映す。
「女が、背中から母を撃ったんだ。叫びながら駆け寄る父が、ナイフで女の喉を真横に裂くのを見たよ。そして、父の腕の中で死んでいく母をね」
目を閉じた。
感情を抑えたリージェイクの言葉が、その時の情景を僕の頭にイメージさせた。
銃声と叫び声。
ナイフの刃と血飛沫。
リージェイクは……母親が殺されるところと、父親が人を殺すところを見たんだ。
復讐が引き起こした……悪夢。
「僕たちは、母を助けられなかった。さらわれてから4日。ヤツらは、父が来るのを待っていたんだ。父の見ている前で母を殺すために……そう思った。最後に残った女は、投降すれば死なずに済んだかもしれないのに母を撃った。それが、自分の命と引き換えにした彼女の復讐だったんだろう」
「リージェイク……」
「ん?」
「大丈夫……?」
心配そうに見つめる僕に、リージェイクは微笑んだ。
「いつもと逆だね」
「だって……つらいこと、思い出させて……」
「起きたことはつらい出来事だけど、思い出すのも話すのもつらくはないよ。僕の一部だからね。それに、まだ……続きがある」
リージェイクは、仕切り直すように深呼吸した。
「あのあと。父がもう動かない母を抱いて、仲間のひとりが負傷したエイリフを支えて。もうひとりの若い仲間、アトレが僕の隣を歩いて出口に向かったんだ。外にいた3人に指示して表に回してあった車に、父たちは母とエイリフを乗せていた」
僕に向けたリージェイクの目が、ゆっくりと瞬く。
「動ける敵はいない。母は死んだ。悲しみに沈む僕たちの警戒心は薄れていた。だから、突然……入り口付近にいたアトレが僕の口を塞いで建物の中に引きずり込んだことに、誰もすぐには気づかなかった」
「え……!?」
「アトレは片手で僕の口を押えたまま、抱えるようにして裏口に走った。彼は背が高かったからね。額に手は届かなかった。ドアの外に出ると、路地から現れた車から降りてきた男が僕の両手を後ろ手に縛り上げた。そして、車に乗せられ……僕は敵の手に落ちた」
「荒らされた部屋で、僕の連絡で飛んできた父と向き合った。一緒に行くと言った僕を、父は止めなかったよ」
「……お母さんを助けに……敵のところに……?」
「連れて行かなければ、僕はひとりでも行く。それを父はわかってたからね。危険だろうが何だろうが、ほかの選択肢はない。僕を入れた9人でいくつか目星のついている敵の拠点を探し回った」
見つかったの?
そう聞くまでもないことが、リージェイクの表情に表れていた。
「どこにもいなかった。3日間。手がかりさえつかめないのに、ひとりやられて焦燥した僕たちは、敵の二人を拉致して……吐かせたよ」
どうやって?
これも、聞くまでもなかった。
「以前から……殴る蹴るはもちろん、刺したり撃ったりの暴力的な行為をする彼らを見知っていたけど。父と仲間たちの残忍さを、間近で見たのは初めてだった」
「怖かった……?」
「いや」
リージェイクが否定する。
「不思議とね、恐怖は感じなかった。感じたのは、人間の強さと脆さ。そして、人はここまで残酷になれるんだっていう衝撃。好きでやってるんじゃないのはわかってたから、嫌悪感もなかった。ただ、これと同じことを向こうも出来る……その事実を再認識したよ」
敵も味方も、同じダークサイドに生きる人間だから。
リージェイクは、僕が全く知らない世界にいたんだ……。
「二人のうち、ひとりだけが母の居場所を知っていた。僕たちはすぐにそこへと駆けつけた」
訪れた沈黙は短かった。
もっと長ければいいと思った。
「使われていない何かの施設みたいな建物だった。退路の確保に3人残して、5人で細心の注意を払って中に入ったよ。父たちが……殺した敵の妻が、母といた。もうひとり、男が一緒に。その部屋に辿り着く前に、4人倒したかな」
「間に合った……?」
その問いに、リージェイクは否定も肯定もせずに続ける。
「母はまだ生きていた。意識もあって、父と僕の名を叫んだよ」
息を詰めた。
周りの空気が、固まって重い。
「敵の男が構えた銃を撃つほんの一瞬前に、こっちのひとりがヤツを撃った。額に被弾して倒れる男の銃からの弾が、父の右腕のエイリフという仲間の足に当たった」
まるで実況中継をしているみたいに話すリージェイク。
その瞳は、目の前の僕を見ていない。
「残っている敵は、両手足を縛られた母を支えるようにして後ろに立つ女だけ。油断していた。撃たれた仲間に気を取られた数秒の間に、もう一発銃声が聞こえた」
リージェイクの瞳が僕を映す。
「女が、背中から母を撃ったんだ。叫びながら駆け寄る父が、ナイフで女の喉を真横に裂くのを見たよ。そして、父の腕の中で死んでいく母をね」
目を閉じた。
感情を抑えたリージェイクの言葉が、その時の情景を僕の頭にイメージさせた。
銃声と叫び声。
ナイフの刃と血飛沫。
リージェイクは……母親が殺されるところと、父親が人を殺すところを見たんだ。
復讐が引き起こした……悪夢。
「僕たちは、母を助けられなかった。さらわれてから4日。ヤツらは、父が来るのを待っていたんだ。父の見ている前で母を殺すために……そう思った。最後に残った女は、投降すれば死なずに済んだかもしれないのに母を撃った。それが、自分の命と引き換えにした彼女の復讐だったんだろう」
「リージェイク……」
「ん?」
「大丈夫……?」
心配そうに見つめる僕に、リージェイクは微笑んだ。
「いつもと逆だね」
「だって……つらいこと、思い出させて……」
「起きたことはつらい出来事だけど、思い出すのも話すのもつらくはないよ。僕の一部だからね。それに、まだ……続きがある」
リージェイクは、仕切り直すように深呼吸した。
「あのあと。父がもう動かない母を抱いて、仲間のひとりが負傷したエイリフを支えて。もうひとりの若い仲間、アトレが僕の隣を歩いて出口に向かったんだ。外にいた3人に指示して表に回してあった車に、父たちは母とエイリフを乗せていた」
僕に向けたリージェイクの目が、ゆっくりと瞬く。
「動ける敵はいない。母は死んだ。悲しみに沈む僕たちの警戒心は薄れていた。だから、突然……入り口付近にいたアトレが僕の口を塞いで建物の中に引きずり込んだことに、誰もすぐには気づかなかった」
「え……!?」
「アトレは片手で僕の口を押えたまま、抱えるようにして裏口に走った。彼は背が高かったからね。額に手は届かなかった。ドアの外に出ると、路地から現れた車から降りてきた男が僕の両手を後ろ手に縛り上げた。そして、車に乗せられ……僕は敵の手に落ちた」
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる