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第9章 受容する者

知らないほうが楽か…?

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「おかえり。試験どうだった?」

 空き地の真ん中くらいで至近距離になったリージェイクに尋ねた。

「うまくいったと思うよ。続けて5教科の試験はちょっと疲れたけどね」

 微笑むリージェイクと並んで、自然に私道へと足を向ける。

「ジャルドは……カウンセリングはどうだった?」

 リージェイクを見た。
 瞳での問いに、彼が答える。

「修哉さんから聞いたんだ」

「いろいろ……話したよ。カウンセリングなんて今さらだから、ほとんど世間話だけど」

あやさんは、心が強くて愛情深い人だ。きっと、いい相談相手になってくれる」

「そうだね」

 まっとうな悩みだったら……ね。

 心の中でそうつけ加えて、すぐに思い直す。



 僕が『復讐出来るから』って言った時、綾さんは『それでいいわ』って返した。
 チャイルドマレスターに、怒りと憎しみを持っている。
 ヤツへの復讐を計画する僕を、理解し得るかもしれない。

 まあ……理解してくれても、賛同してはくれなそうだけど。
 かいを理解しても認めないリージェイクみたいに。



「リージェイクは綾さんのカウンセリング、受けたことある?」

 私道を館に向かうリージェイクと一緒に歩きながら聞く。

「何度かね。ここにいた時じゃなくて、ラストワに引き取られてすぐ。彼女がまだイギリスにいた頃に」

「何か、カウンセリングが必要なことがあったの?」

「そう……判断されたのかな。私自身は不要だったと思うけど」

 凱とのことを話した時と同様。具体的に何があったのか、リージェイクは言わない。
 彼がラストワのところに来る前の話を、一度も聞いたことがなかった。

「リージェイクは自分のこと……あんまり僕に話さないよね」

「そうかな」

「それって、僕に聞かせたくない話だから?」

 視線を合わせた。

「それとも、リージェイクにとって話しにくいことだからなの?」

「どっちも、かな」

 先に視線を落としたリージェイクが、前を向く。

 暫くの間、二人とも黙ったまま歩き続けた。



「少し話そうか」

 リージェイクがそう言ったのは、館まであと1キロほど。
 昨夜、森に入った場所だ。

 頷いて、先に進んだ。



 東屋あずまやのベンチに腰を下ろし、リージェイクが短い溜息をつく。

「部屋よりも、森の中のほうが落ち着くと思ったんだけど……逆効果かな」

 チラリと小屋Bを見やる。

「昨夜のこと思い出しても、僕は大丈夫だよ。ほんとに」

 リージェイクの瞳を見て続ける。

「事件のことも。思い出したからってどうにかなったりしないから、大丈夫だって。こっちに来てから、なんか……心配し過ぎじゃない?」

 笑みを浮かべた僕に、リージェイクも笑い返す。

「そうかもしれないな。きみが、ここに残りたい理由を聞いたからね」



 そうだった……!
 
 本当の理由を隠すために、僕は……イギリスから離れたいって言ったんだ。
 あの事件を思い出すからって……。
 なのに。
 大丈夫って言っても、強がっているようにしか聞こえない。
 あれから4日しか経っていないし。

 それか……ここにいたい理由がほかにあるって気づかれるか。



「あの時はそう思った。でも……」

 気づかれちゃダメだ……っていうより、疑わせちゃダメだ。

「綾さんと話してあらためて考えてみたら、母のことはともかく、僕自身に起きたことは……忘れはしないけど、今の僕を傷つけないってわかったから。それに、小児性犯罪の被害者になるのは珍しいことじゃないし、立ち直れないほど僕は弱くもない。だから、大丈夫だよ」

 一息でそう言った。
 ちょっとツギハギだけど、これは嘘じゃない。

「確かに、きみは弱くない」

 リージェイクが静かに口を開く。
 その表情は、どこかつらそうだ。

「子どもの頃にレイプやそれに近い被害を受けた経験があるのは、6人に1人の割合だとされている。悲しいことにね」

「そんなにたくさん……」

「ジャルドは、同じ経験を持つ人間が身近にいたら……自分を過去に引き戻す存在を不安に思う? それとも、安心する? 自分だけじゃないんだと」

 リージェイクの強い眼差し。
 灰蒼ブルーグレイの瞳の奥に一瞬、闇を感じて怯んだ。

「そういうことがありふれてるこの世の中に、怒りは感じると思う。でも……」



 聞かないほうがいい?
 知らないほうが楽か……?

 いや。
 聞こう。



「不安に思わないし安心もしない。だから……教えて。その身近な人間はリージェイク? 凱?」

 リージェイクが表情を緩めた。

「どっちも、だよ」



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