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第9章 受容する者
ランチを終え
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自分にとって好ましくない状況を、無抵抗で受け入れることは難しい。
可能であれば、元の状態に戻したい。
さらに欲を言えば、自分に都合のいい状況に誘導したい。
けれども、多くの場合。望まない現実を巻き戻す方法も、望む現実へと容易に変更する方法も存在しない。
現実をありのまま受け入れることは、諦めに似ているけど違う。
そして。
受容するものが、常に正しいとは限らない。
変更可能な状況においてそこからの脱出を放棄するのは、変更に苦痛が伴うからか。
それに払うコストが高いからか。
自分の置かれた状況を自分の意思で受容する時。
無意識下で行われる計算は、自らを守るように出来ているんだろうか。
エルファとの賭けで綾さんの勝ちを確定させたところで、今日のカウンセリングは終了になった。
今日の、というからには次がある。
「週1回のカウンセリングは、もう義務として諦めて。雑談でかまわないから」
昼食の準備のため、キッチンへと向かいながら綾さんが言う。
「次は金曜日ね」
「今週の? 週1じゃないんですか?」
「来週は、私のほうの都合がつかないの。5日ほど館を空けるから」
「旅行にでもいくんですか?」
「そんな楽しいものじゃないわ。詳細はノーコメント」
今はカウンセリング中じゃないけど、ノーコメントに追求はしない。
口元は笑っていても、綾さんの瞳は憂鬱そうだ。
「修哉も一緒に連れてくけど、入れ替わりに游希たちが帰るわ」
「游希さん……奏子のお母さんですよね」
「そう。旦那は葦仁。彼はかなり……独特なの。話すとおもしろいわよ」
「へえ……」
綾さんも含めてこの館にいるのはみんな独特な人間だと思うけど、さらにってこと?
それに……。
「汐と奏子のお父さんってことは、リシールじゃないんですね」
「珍しいでしょう? 結婚が続いてるのは」
「はい」
正直に頷いた。
僕たち一族の男は子孫を残せない。
そして、女は子どもを残さなきゃならない。
だから、女はリシールじゃない男と結婚して子どもをつくる。
だけど、打算的な結婚が多いせいか……長続きするケースは少ない。
相手が、僕たち独自のルールや思想に馴染まないせいもあるんだと思う。
僕自身、父親のことはうっすらとしか憶えていない。
「葦仁は、うーん……何て言ったらいいかしら。浮世離れしてるの。人間として異質というか。会ってみればわかるわ」
「楽しみにしておきます」
汐と奏子の両親はどんな人たちだろうと思いつつ、綾さんに続いてキッチンに入った。
ランチには、手作りのピザを食べた。
綾さんがピザを作るのを手伝ったんだけど……驚くほど簡単に作れるんだね、ピザって。
強力粉と塩とオリーブ油と水。
それらを捏ねただけ。10分足らずで土台は完成。
ピザソースを塗って適当な具材をトッピングしてオーブンで焼いたら、あっという間に出来上がり。
ちょうど帰宅したショウと修哉さんも一緒のランチを終え。
森を散歩しに外に出た。
綾さんがパパっと作った生地を丸く伸ばしてサラミやチーズやらを上に乗せただけでも、自分の手が加わった食べ物はよりおいしく感じるもの。
カウンセリングのあとのピザ作りは、いい気分転換になった。
料理が楽しいと思ったのははじめてだ。
リージェイクが言っていた『思い通りに出来上がった時の満足感』を、わりと手軽に得られる料理はいい。
ストレス解消に料理をするっていうのはアリかもしれない。
たとえ思い通りにいかなくて失敗しても、大した害はないし。
凱の言葉を思い出す。
『リスクゼロってのはあんまねぇしな』
ヤツへの復讐に、僕が負うリスクは何だろう。
平和な日常生活の枠からズレた領域では、凱の言う通り。
ノーリスクのアクションはあまりない。
復讐の失敗は……ただ単に、ヤツに同等の苦しみを味わわせることが出来ないっていうだけのこと?
それとも。
手酷いしっぺ返しを食らうことも、あり得るか?
計画のところどころで起こり得る想定外の事態を考えながら、ザクザクと森の中を歩く。
私道を大通りへと下る左側の森。
小屋Aに辿り着く。
明日から始まる計画の初期段階を、実際の舞台でシミュレーションすべく、小屋Aの扉を開けた。
可能であれば、元の状態に戻したい。
さらに欲を言えば、自分に都合のいい状況に誘導したい。
けれども、多くの場合。望まない現実を巻き戻す方法も、望む現実へと容易に変更する方法も存在しない。
現実をありのまま受け入れることは、諦めに似ているけど違う。
そして。
受容するものが、常に正しいとは限らない。
変更可能な状況においてそこからの脱出を放棄するのは、変更に苦痛が伴うからか。
それに払うコストが高いからか。
自分の置かれた状況を自分の意思で受容する時。
無意識下で行われる計算は、自らを守るように出来ているんだろうか。
エルファとの賭けで綾さんの勝ちを確定させたところで、今日のカウンセリングは終了になった。
今日の、というからには次がある。
「週1回のカウンセリングは、もう義務として諦めて。雑談でかまわないから」
昼食の準備のため、キッチンへと向かいながら綾さんが言う。
「次は金曜日ね」
「今週の? 週1じゃないんですか?」
「来週は、私のほうの都合がつかないの。5日ほど館を空けるから」
「旅行にでもいくんですか?」
「そんな楽しいものじゃないわ。詳細はノーコメント」
今はカウンセリング中じゃないけど、ノーコメントに追求はしない。
口元は笑っていても、綾さんの瞳は憂鬱そうだ。
「修哉も一緒に連れてくけど、入れ替わりに游希たちが帰るわ」
「游希さん……奏子のお母さんですよね」
「そう。旦那は葦仁。彼はかなり……独特なの。話すとおもしろいわよ」
「へえ……」
綾さんも含めてこの館にいるのはみんな独特な人間だと思うけど、さらにってこと?
それに……。
「汐と奏子のお父さんってことは、リシールじゃないんですね」
「珍しいでしょう? 結婚が続いてるのは」
「はい」
正直に頷いた。
僕たち一族の男は子孫を残せない。
そして、女は子どもを残さなきゃならない。
だから、女はリシールじゃない男と結婚して子どもをつくる。
だけど、打算的な結婚が多いせいか……長続きするケースは少ない。
相手が、僕たち独自のルールや思想に馴染まないせいもあるんだと思う。
僕自身、父親のことはうっすらとしか憶えていない。
「葦仁は、うーん……何て言ったらいいかしら。浮世離れしてるの。人間として異質というか。会ってみればわかるわ」
「楽しみにしておきます」
汐と奏子の両親はどんな人たちだろうと思いつつ、綾さんに続いてキッチンに入った。
ランチには、手作りのピザを食べた。
綾さんがピザを作るのを手伝ったんだけど……驚くほど簡単に作れるんだね、ピザって。
強力粉と塩とオリーブ油と水。
それらを捏ねただけ。10分足らずで土台は完成。
ピザソースを塗って適当な具材をトッピングしてオーブンで焼いたら、あっという間に出来上がり。
ちょうど帰宅したショウと修哉さんも一緒のランチを終え。
森を散歩しに外に出た。
綾さんがパパっと作った生地を丸く伸ばしてサラミやチーズやらを上に乗せただけでも、自分の手が加わった食べ物はよりおいしく感じるもの。
カウンセリングのあとのピザ作りは、いい気分転換になった。
料理が楽しいと思ったのははじめてだ。
リージェイクが言っていた『思い通りに出来上がった時の満足感』を、わりと手軽に得られる料理はいい。
ストレス解消に料理をするっていうのはアリかもしれない。
たとえ思い通りにいかなくて失敗しても、大した害はないし。
凱の言葉を思い出す。
『リスクゼロってのはあんまねぇしな』
ヤツへの復讐に、僕が負うリスクは何だろう。
平和な日常生活の枠からズレた領域では、凱の言う通り。
ノーリスクのアクションはあまりない。
復讐の失敗は……ただ単に、ヤツに同等の苦しみを味わわせることが出来ないっていうだけのこと?
それとも。
手酷いしっぺ返しを食らうことも、あり得るか?
計画のところどころで起こり得る想定外の事態を考えながら、ザクザクと森の中を歩く。
私道を大通りへと下る左側の森。
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明日から始まる計画の初期段階を、実際の舞台でシミュレーションすべく、小屋Aの扉を開けた。
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