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第8章 カウンセラー
健全な怒り
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「あなたが今、そう思うのは無理もないことよ」
「今だけじゃなく、ずっとそう思っていても問題ないでしょう? 誰にも迷惑かけないし、生きるのに必要なわけでもない」
「必要じゃない。だけど、その欲求を満たしたい自分と否定する自分を闘わせることは、生きるのに不要な苦痛を生むわ」
セックスの欲求を持つ自分を想像出来ない。
でも、綾さんの言っていることはわかる。
まだ未知のことを今、完全否定しちゃうと。あとでそれを肯定するのが難しくなる。
だから、未定のままにしておくほうがいい。
「少なくとも、今の僕はそう思ってます。でも……未来のことは、未来の自分が決めることにします」
僕の言葉に少しホッとしたように口角を上げてから、すぐに眉を寄せる綾さん。
「子どもに対する性犯罪の弊害は大人の何倍も深刻よ。性的虐待の加害者が身近な人間のケースも多いし、被害者の年齢が低くて自分でそれを認識できない場合もある」
突然の犯罪解説に、黙って綾さんを見つめる。
「トラウマに長く苦しむ被害者の中には、同じような犯罪を犯して負の連鎖が続くこともあるの。人間不信になって社会生活に支障をきたす被害者も、逆に、性に奔放になる被害者もいるわ」
ダンッッッ……!!!
綾さんの手の平との接触が生み出した衝撃で、テーブルが震えた。
「チャイルドマレスターは許せない。世の中の多くの人がそう思ってる。思ってはいても、子どもたちを守りきれない。法で罰しても繰り返される。そもそも、発覚して捕まるのはごく一部だけなのが現状よ。なのに、何も出来ない……悔しいわ」
「綾さん……」
ああ……この人の怒りは、なんて健全なんだろう。
小児性犯罪者への怒りと憎しみはあっても、その人間たちへの厳罰を望んだとしても。
ヤツらにこの手で復讐を!……とは、ならない。
悪の存在に。
自分の無力さを悔しく思うか。
自分の手で復讐を望むか。
その振り分けの境目にあるのは何だろう。
当事者かどうかは問題じゃない。
現に。子どもの時じゃないとしても、綾さんはレイプされる苦痛を知っている。
怒りの度合い、憎しみの度合いでもない。
もちろん、復讐する力のあるなしでもない。
それは、きっと……存在しているかどうか。
僕の中にもいる、この獰猛な何か……が。
悪を悪で制するには、自分がそこに堕ちる必要がある。
どんな悪にも、それを憎む人間はいる。
凶悪な殺人鬼の男に恋人がいたとして。彼が誰かに復讐され傷ついたら、彼の恋人はその誰かを憎むだろう。
たとえ、その復讐に多くの人間が賛同したとしても。
きれいな悪は、ないんだ。
自分が憎むべき悪になる……そう望むに至る怒りは、不健全で邪悪だ。
健全な怒りの感情を持てるのは、自分を大切に出来る人間なんだと思う。
「僕は大丈夫です」
言いながら、僕は何か綾さんの気持ちが上向くような言葉を探す。
あとひとつでも否定的なことを言ったらキレちゃいそうな顔を、彼女はしていたから。
「僕の恐怖は……レイプじゃない、自分の意思でするセックスを知らないから。そう聞いて、少しは気が楽になりました。見ただけじゃ……本当はどんな感じなのか、わからないってことですよね」
綾さんが、申し訳なさそうに笑った。
「気を使わせちゃったわね」
「いえ……」
「愚痴を聞かせてごめんなさい。あなたが、プラスとまではいかなくても……せめて、ニュートラルなイメージを持てるように。セックスに関してネガティブな発言は控えるようにしなきゃね」
なんかもう、いろいろ遅い気もするけど……。
「ありがとうございます」
「まあ、おばさんの私よりも。そのうち同級生とそういう話で盛り上がることもあるだろうし、凱やリージェイクからポジティブな意見を聞くといいわ」
そうですねって、言えなかった。
烈はセックスに否定的。
昨夜見た凱のセックスは、ポジティブ感ゼロ。
僕の持つイメージがさらにマイナスに傾いていくような気がする。
そういえば、リージェイクとそんな話をしたことはないな……。
「綾さんは若いですよ。28、9歳だと思ってました」
「あら。ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
本当に嬉しそうな笑みを浮かべる綾さんは、実際に若く見える。
あのエルファと同い年には見えない。
そうだ……!
「メイド服姿のエルファ。1日分。向こうに戻ったら、楽しく使わせてもらいます」
ちょっぴり意地悪気な笑顔でそう言った僕に、綾さんは問いかけるように目を見開いた。
「セックスが怖い。それを認めて誰かに話したのは、今日が初めてです」
そう。
僕の恐怖を、エルファは知らない。
その意味を理解した綾さんが、満面の笑みを浮かべる。
「前のはロングスカートだったけど、今度はミニを着せようかな」
僕たちは、声を上げて笑った。
「今だけじゃなく、ずっとそう思っていても問題ないでしょう? 誰にも迷惑かけないし、生きるのに必要なわけでもない」
「必要じゃない。だけど、その欲求を満たしたい自分と否定する自分を闘わせることは、生きるのに不要な苦痛を生むわ」
セックスの欲求を持つ自分を想像出来ない。
でも、綾さんの言っていることはわかる。
まだ未知のことを今、完全否定しちゃうと。あとでそれを肯定するのが難しくなる。
だから、未定のままにしておくほうがいい。
「少なくとも、今の僕はそう思ってます。でも……未来のことは、未来の自分が決めることにします」
僕の言葉に少しホッとしたように口角を上げてから、すぐに眉を寄せる綾さん。
「子どもに対する性犯罪の弊害は大人の何倍も深刻よ。性的虐待の加害者が身近な人間のケースも多いし、被害者の年齢が低くて自分でそれを認識できない場合もある」
突然の犯罪解説に、黙って綾さんを見つめる。
「トラウマに長く苦しむ被害者の中には、同じような犯罪を犯して負の連鎖が続くこともあるの。人間不信になって社会生活に支障をきたす被害者も、逆に、性に奔放になる被害者もいるわ」
ダンッッッ……!!!
綾さんの手の平との接触が生み出した衝撃で、テーブルが震えた。
「チャイルドマレスターは許せない。世の中の多くの人がそう思ってる。思ってはいても、子どもたちを守りきれない。法で罰しても繰り返される。そもそも、発覚して捕まるのはごく一部だけなのが現状よ。なのに、何も出来ない……悔しいわ」
「綾さん……」
ああ……この人の怒りは、なんて健全なんだろう。
小児性犯罪者への怒りと憎しみはあっても、その人間たちへの厳罰を望んだとしても。
ヤツらにこの手で復讐を!……とは、ならない。
悪の存在に。
自分の無力さを悔しく思うか。
自分の手で復讐を望むか。
その振り分けの境目にあるのは何だろう。
当事者かどうかは問題じゃない。
現に。子どもの時じゃないとしても、綾さんはレイプされる苦痛を知っている。
怒りの度合い、憎しみの度合いでもない。
もちろん、復讐する力のあるなしでもない。
それは、きっと……存在しているかどうか。
僕の中にもいる、この獰猛な何か……が。
悪を悪で制するには、自分がそこに堕ちる必要がある。
どんな悪にも、それを憎む人間はいる。
凶悪な殺人鬼の男に恋人がいたとして。彼が誰かに復讐され傷ついたら、彼の恋人はその誰かを憎むだろう。
たとえ、その復讐に多くの人間が賛同したとしても。
きれいな悪は、ないんだ。
自分が憎むべき悪になる……そう望むに至る怒りは、不健全で邪悪だ。
健全な怒りの感情を持てるのは、自分を大切に出来る人間なんだと思う。
「僕は大丈夫です」
言いながら、僕は何か綾さんの気持ちが上向くような言葉を探す。
あとひとつでも否定的なことを言ったらキレちゃいそうな顔を、彼女はしていたから。
「僕の恐怖は……レイプじゃない、自分の意思でするセックスを知らないから。そう聞いて、少しは気が楽になりました。見ただけじゃ……本当はどんな感じなのか、わからないってことですよね」
綾さんが、申し訳なさそうに笑った。
「気を使わせちゃったわね」
「いえ……」
「愚痴を聞かせてごめんなさい。あなたが、プラスとまではいかなくても……せめて、ニュートラルなイメージを持てるように。セックスに関してネガティブな発言は控えるようにしなきゃね」
なんかもう、いろいろ遅い気もするけど……。
「ありがとうございます」
「まあ、おばさんの私よりも。そのうち同級生とそういう話で盛り上がることもあるだろうし、凱やリージェイクからポジティブな意見を聞くといいわ」
そうですねって、言えなかった。
烈はセックスに否定的。
昨夜見た凱のセックスは、ポジティブ感ゼロ。
僕の持つイメージがさらにマイナスに傾いていくような気がする。
そういえば、リージェイクとそんな話をしたことはないな……。
「綾さんは若いですよ。28、9歳だと思ってました」
「あら。ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
本当に嬉しそうな笑みを浮かべる綾さんは、実際に若く見える。
あのエルファと同い年には見えない。
そうだ……!
「メイド服姿のエルファ。1日分。向こうに戻ったら、楽しく使わせてもらいます」
ちょっぴり意地悪気な笑顔でそう言った僕に、綾さんは問いかけるように目を見開いた。
「セックスが怖い。それを認めて誰かに話したのは、今日が初めてです」
そう。
僕の恐怖を、エルファは知らない。
その意味を理解した綾さんが、満面の笑みを浮かべる。
「前のはロングスカートだったけど、今度はミニを着せようかな」
僕たちは、声を上げて笑った。
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