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第8章 カウンセラー

クライアント

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「僕とリージェイクには親がいないし、継承者としての教育もあるから仕方ないけど。かいれつにはショウがいるのに?」

 その問いに、綾さんが悲痛な表情になる。

「私から詳しくは話せないけど、ショウには……子どもを気にかける余裕がほとんどない時期があったの」

 ショウが……?
 今の彼女からは想像もつかない。

「その要因となる状況は、息子たちをも巻き込むものだった。ショウの代わりに、凱は幼い烈を必死に守りながらひとりで闘って……私が初めて会った頃にはもう、いろいろなことを諦めていて。全ての人間は敵、みたいな感じだったわ」

 いったい何があったのか……。
 でもそれは、今僕が聞けることじゃない。

「そして、ここに来てやっと一息つけるようになった凱が、中学の寮に入って1年ちょっと経った頃……学校で、ある事件があったの」

「暴行事件を起こした……」

 綾さんが小さく頷いた。

「その頃には凱も落ち着いて周りを見られるようになっていて、私たちも安心してたわ。リージェイクも一緒だったしね。でも、事件のあと……凱は変わった。というより、解放したのかもしれない」

「何を……?」

「自分の中に渦巻いていた負の部分。それまでの経験によって蓄積されたもの、もともとあるもの……たぶん、それらを抑えることを止めたのよ」



 負の部分の解放……。



「ここに来る前のことを、幼かった烈は覚えていないかもしれない。でも、見る間に凱が変わっていく様子を目の当たりにして、今度は烈が……凱を守ろうとしたのね。守るといっても、凱は小さな子どもじゃないから。自分自身を全く顧みなくなった兄を気にかけて面倒を見るというふうに」

「ショウ……は?」

「新しい生活で立ち直ったショウは、自分の見える範囲でちゃんと母親の役割を果たしてるわ。ただ、彼女が自分自身のことで精一杯だった時期に、凱が経てきた出来事を……彼女は知らないのよ」

「知らないって……どうして……」

「凱は、精神的に参っていたショウに負担をかけたくなかった。だから、その頃から彼女を頼らず、自分でどうにかするようになったのよ。今でも、凱と烈はショウに心配をかけたくないと思っているのがわかるわ」

 すぐに言葉が出せなかった。



 ショウに何があったのかはわからない。

 でも、凱がどうして今の凱になったのか……その過程のいくつかを知った。
 そして。
 烈がどうして、物事を冷静に受け止めて対処する術を身につけたのかを。



「綾さんは何で……そのことを僕に話したんですか?」

 理由を聞きたかった。

 今はもう、綾さんを変な人だとは思っていない。
 彼女は人をちゃんと見て、理解しようと努力して……共感出来る人だ。

「あなたが、烈を友人として望んでいるから。そして、凱に魅せられているから」

 その通りだ。
 まだほとんど接点がなかった僕のことも、綾さんはしっかり見ている。
 それは彼女の役目なんだろう。
 
 だから……知ってよかったと思う。

「ありがとうございます」

 微笑んだ。
 綾さんも、微笑みを返す。

「だけど、僕が凱に魅せられてるって……何故そう思うんですか?」

「あなたが、常に凱を目で追っているから。凱の持つ何かを、あなたは求めてる……そうじゃない?」



 そう……なのかな。
 こんなにも凱が気になるのは、僕の求めるものがそこにあるから……?

 自分が何を求めているのか。
 まず、それを知らなきゃならない。



「そうかもしれません。それが何か、まだわからないけど……」

「あなたにも、それはあるのよ。だから、凱はあなたに気を許すんじゃないかしら。あの子が気を許せる人間なんて、きっと数えるほどしかいないわ」

 綾さんが淋しげに笑う。

「素直に笑えて泣ける場所が多いほど、生きるのが楽になるんだけどね」

「クライアントにとって、あなたはそういう場所?」

「そうなれたらいいけど……難しいわ」

「あなたは、ショウだけじゃなく凱と烈にもカウンセリングを行ったんですか?」

 凱のことも烈のことも、綾さんはよく知っている。
 もしかしたら。
 この館にいる人間全員が、この人のクライアントかもしれない。

「最初にあなたが思った通り、私がここに来たのはショウにカウンセリングが必要だったからよ。そして、彼女の二人の息子とも話したわ。でも当時、烈は6歳で、カウンセリングと呼べるほどの話は出来なかった。13歳だった凱は……」

 綾さんが言葉を止めた。
 真剣な眼差しが、ほんのり悪戯っぽい瞳に変わる。

「言ったでしょう? その頃のあの子にとって、人間はすべて敵。ここに座って向き合うなり、凱は私に襲いかかってきたわ」

「え……!?」


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