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第8章 カウンセラー
ほかに誰もいなくなり
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きっと、固まった表情で凱を見つめていたんだろう。
「どうした?」
僕の前で、凱がヒラヒラと手を振る。
「昨夜、夜更かしでもしたの?」
そう言って笑う顔は、素直な凱の表情に戻っていた。
「ちょっと寝つけなかっただけ。凱こそ、腰が痛いなら……無理しないほうがいいんじゃない?」
「全然ヨユー。こんなの午後には治ってるからよ」
「だといいね」
僕も笑った。
「ごちそうさまでした」
礼儀正しく言いながら腰を上げた凱が、顔をしかめる。
痛い……んだよね。立つだけでも。
なのに。
無理して学校に行って、あの男と会って話すって……。
大事な取引なのかもしれないけど。せめて今日1日くらいは休んで、落ち着いてからにすればいいのに……。
それに。
凱は平気だとしても。あんなことしたあとで、あの男は……どんな顔して凱と向き合うんだろう。
「ほんとに大丈夫」
僕の表情を見た凱は、聞かれる前にそう言って。意味ありげに片方の眉を上げた。
「また夜にねー」
「う……ん。いってらっしゃい」
腰に手をやり前屈み気味に歩く凱を追うように、リージェイクが席を立つ。
続いて、修哉さんも。
リージェイクは、普段着だけどラフじゃない、きちんとした服装をしている。
「どこか行くの?」
目が合ったリージェイクに尋ねる。
「凱の通う高校に、編入試験を受けに行くんだ」
え……凱と同じ学校に入るの……!?
何でわざわざ……?
それって……なんか自虐的な感じが……。
「せっかく夏までここにいるからね。春からそのまま大学に進める高校に通うほうが有意義だ。短い期間でも、そこで学びたいこともあるし」
僕の無言の疑問に答えるように、リージェイクが説明した。
修哉さんが後を続ける。
「凱があんなナリしてるから意外だろうが、あそこはこの辺じゃトップレベルの学校だ。まあ、頭脳優先で常識的なもんが緩いんじゃ、いい教育と言えるかは微妙なところだが」
「へえ……」
ほんとに意外だ。
ピアスにペンダントをつけて制服を着崩した凱が、勉学にいそしんでいること。
そして。
変態チックなセックスをする男が生徒会副会長を務める学校が、トップレベルだってことも。
「ジェイクの試験にはちょっと早いが……今朝は凱を車で送ってやるんで、一緒に乗せてっちまおうと思ってな。ついでに汐も」
「汐も同じ学校なの?」
「同じ大学付属高校だが、男女別学でな。校舎はすぐ近くだ」
「そうなんだ。えっと……試験がんばってね」
「ありがとう」
いつもと変わらない笑顔で、リージェイクは修哉さんとともにダイニングを出ていった。
小さく溜息をついて、朝食に取りかかる。
トーストを齧りながら、汐が奏子に手を振って立ち去るのを見ていた。
汐の制服姿を見るのは初めてだった。
深緑のジャケットに、薄いミントグリーンのシャツ。
ネクタイじゃなく焦げ茶色のリボンタイ。
濃いグレーチェックの膝上プリーツスカート。
確かに、凱と同じ学校の女子高生の恰好だ。
みんな……元気だな。
今日はまだ始まったばっかりなのに、何もしていないのに。
なんかもう……疲れた。
寝不足もあるけど、昨日いろいろあったせいで精神が飽和状態みたいだ。
必要以上に、凱を気にしている。
気にし過ぎなのは、自分でもわかってるけど……止められない。
この1年間。彷徨い続けた僕の何かが、どこを目指しているのかさえ不明で不安だった何かが……ずっと辿り着きたかった場所。
そこがどこかを凱は知っていて、僕に示してくれるような期待感が拭えない。
だけど、僕の計画の第一段階は明日始まる。
気を引き締めていかないと……。
「ジャルド!」
いつの間にか横に来た奏子が、僕を呼んだ。
「今日ね、お芋ほりするの。おみやげに持ってくるね」
「おもしろそうだね。おいしいお芋、楽しみにしてる」
「うん! じゃあね」
満面の笑みで手を振る奏子。
ほっこりした気持ちになった。
「昼前には帰るから、あとよろしく!」
綾さんに声をかけて、ショウがバタバタと奏子とともに去った。
「ジャルド」
ほかに誰もいなくなったのを見計らったように、綾さんが口を開いた。
今朝は隣で朝食を食べているし、これまでにも何度か顔を合わせることはあったけど。はっきりと名指しで声をかけられたのは、はじめてだ。
「はい」
少し身構えて右を向く。
「今日、空いてる時間はあるかしら?」
「え……はい。特に用事はない、です……けど」
急な話に、歯切れ悪く返事をした。
綾さんがフッと笑う。
「警戒しなくていいわよ。時間があるなら午前中、私につきあってくれる?」
そう言って僕を見る綾さんの瞳は、吸い込まれそうなほど黒く深い。
たぶん、綾さんが僕に与える選択肢にNOはない。
今日断っても、明日、あさってと時間が取れるまで続きそうだ。
まだほとんど知らない綾さんに悪い印象は持っていないけど、思った。
僕も今日、烈と一緒に学校に行きたかったな……って。
「どうした?」
僕の前で、凱がヒラヒラと手を振る。
「昨夜、夜更かしでもしたの?」
そう言って笑う顔は、素直な凱の表情に戻っていた。
「ちょっと寝つけなかっただけ。凱こそ、腰が痛いなら……無理しないほうがいいんじゃない?」
「全然ヨユー。こんなの午後には治ってるからよ」
「だといいね」
僕も笑った。
「ごちそうさまでした」
礼儀正しく言いながら腰を上げた凱が、顔をしかめる。
痛い……んだよね。立つだけでも。
なのに。
無理して学校に行って、あの男と会って話すって……。
大事な取引なのかもしれないけど。せめて今日1日くらいは休んで、落ち着いてからにすればいいのに……。
それに。
凱は平気だとしても。あんなことしたあとで、あの男は……どんな顔して凱と向き合うんだろう。
「ほんとに大丈夫」
僕の表情を見た凱は、聞かれる前にそう言って。意味ありげに片方の眉を上げた。
「また夜にねー」
「う……ん。いってらっしゃい」
腰に手をやり前屈み気味に歩く凱を追うように、リージェイクが席を立つ。
続いて、修哉さんも。
リージェイクは、普段着だけどラフじゃない、きちんとした服装をしている。
「どこか行くの?」
目が合ったリージェイクに尋ねる。
「凱の通う高校に、編入試験を受けに行くんだ」
え……凱と同じ学校に入るの……!?
何でわざわざ……?
それって……なんか自虐的な感じが……。
「せっかく夏までここにいるからね。春からそのまま大学に進める高校に通うほうが有意義だ。短い期間でも、そこで学びたいこともあるし」
僕の無言の疑問に答えるように、リージェイクが説明した。
修哉さんが後を続ける。
「凱があんなナリしてるから意外だろうが、あそこはこの辺じゃトップレベルの学校だ。まあ、頭脳優先で常識的なもんが緩いんじゃ、いい教育と言えるかは微妙なところだが」
「へえ……」
ほんとに意外だ。
ピアスにペンダントをつけて制服を着崩した凱が、勉学にいそしんでいること。
そして。
変態チックなセックスをする男が生徒会副会長を務める学校が、トップレベルだってことも。
「ジェイクの試験にはちょっと早いが……今朝は凱を車で送ってやるんで、一緒に乗せてっちまおうと思ってな。ついでに汐も」
「汐も同じ学校なの?」
「同じ大学付属高校だが、男女別学でな。校舎はすぐ近くだ」
「そうなんだ。えっと……試験がんばってね」
「ありがとう」
いつもと変わらない笑顔で、リージェイクは修哉さんとともにダイニングを出ていった。
小さく溜息をついて、朝食に取りかかる。
トーストを齧りながら、汐が奏子に手を振って立ち去るのを見ていた。
汐の制服姿を見るのは初めてだった。
深緑のジャケットに、薄いミントグリーンのシャツ。
ネクタイじゃなく焦げ茶色のリボンタイ。
濃いグレーチェックの膝上プリーツスカート。
確かに、凱と同じ学校の女子高生の恰好だ。
みんな……元気だな。
今日はまだ始まったばっかりなのに、何もしていないのに。
なんかもう……疲れた。
寝不足もあるけど、昨日いろいろあったせいで精神が飽和状態みたいだ。
必要以上に、凱を気にしている。
気にし過ぎなのは、自分でもわかってるけど……止められない。
この1年間。彷徨い続けた僕の何かが、どこを目指しているのかさえ不明で不安だった何かが……ずっと辿り着きたかった場所。
そこがどこかを凱は知っていて、僕に示してくれるような期待感が拭えない。
だけど、僕の計画の第一段階は明日始まる。
気を引き締めていかないと……。
「ジャルド!」
いつの間にか横に来た奏子が、僕を呼んだ。
「今日ね、お芋ほりするの。おみやげに持ってくるね」
「おもしろそうだね。おいしいお芋、楽しみにしてる」
「うん! じゃあね」
満面の笑みで手を振る奏子。
ほっこりした気持ちになった。
「昼前には帰るから、あとよろしく!」
綾さんに声をかけて、ショウがバタバタと奏子とともに去った。
「ジャルド」
ほかに誰もいなくなったのを見計らったように、綾さんが口を開いた。
今朝は隣で朝食を食べているし、これまでにも何度か顔を合わせることはあったけど。はっきりと名指しで声をかけられたのは、はじめてだ。
「はい」
少し身構えて右を向く。
「今日、空いてる時間はあるかしら?」
「え……はい。特に用事はない、です……けど」
急な話に、歯切れ悪く返事をした。
綾さんがフッと笑う。
「警戒しなくていいわよ。時間があるなら午前中、私につきあってくれる?」
そう言って僕を見る綾さんの瞳は、吸い込まれそうなほど黒く深い。
たぶん、綾さんが僕に与える選択肢にNOはない。
今日断っても、明日、あさってと時間が取れるまで続きそうだ。
まだほとんど知らない綾さんに悪い印象は持っていないけど、思った。
僕も今日、烈と一緒に学校に行きたかったな……って。
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