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第7章 対話
館に戻る
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僕たちは、凱を連れて館に戻る。
リージェイクに背負われた凱は、ちゃんと制服を着て。ペンダントとピアスもつけて、靴も履いていた。
きっと、リージェイクが凱の身なりを全部整えてあげたんだろう。
そして、ちゃんと立つのもままならない凱を背負っている。
リージェイクは、凱より10センチ以上背が高いし、身体もそこそこ鍛えているから。凱を背負って歩くのもさほど大変じゃなさそうだ。
ただ。
大人と変わらないサイズの高校生が背負われているのを見ることはあまりないからか、どこか妙な感じがする。
小屋を出て暫くは、疲れ果ててぐったりしてはいたものの意識はあった凱だけど。私道に出てほどなくして、眠りに落ちた。
リージェイクの背にもたれて眠る凱は、ひどく幼く見える。
ここにいる4人の中で一番年上なのに。
そして、これまでに誰よりも冷酷な行為を行ってきているはずなのに。
瞳を閉じたその顔は、無垢な子どもみたいにあどけなかった。
私道に出る直前に、路肩の草むらにあった凱の制服のジャケットを回収した。
その時、凱は僕と視線を合わせて片目をつぶった。
きっと。投げ置かれたジャケットは、凱の残したメッセージだったんだろう。
今夜、あの東屋に来るはずの僕への……異変を知らせるメッセージ。
友だちだっていうあの男が今一緒にいることを伝えるために、そこを通る時に脱ぎ捨てていったのか。
僕が来る前に問題なくあの男が帰れば、その時にジャケットは拾っておけばいい。
前日に天体望遠鏡があった場所にジャケットがあることで、僕は確かに異変を感じた。
何かの警告……気をつけろ!のシグナルだと思った。
そして。
あの現場を見て、ジャケットは凱から僕へのSOSだったんだって……。
助けはいらないと言った凱は『予定外のことが起きたから来るな』ってつもりだったんだろう……そう、後になって思ったけど。
実際の目的は、凱にしかわからない。
どんな行為も、状況から見て他人が認識することと、本人の意図したことが同じとは限らない。
何にでも、本人にしかわかり得ないことがある。
凱と、話がしたい……。
「………………のか?」
考えごとをしながらボーっと歩いていて、リージェイクの言葉を聞き逃した。
「え? ごめん……何?」
僕の視線が自分に留まるのを待って、リージェイクが繰り返す。
「凱が止めなかったら、ひとりで助けに入るつもりだったのか?」
「うん。だって……本当に凱がどうにかなっちゃいそうだったから……」
チラリと見やった凱は、平和そうな寝顔で揺られている。
「結局は助けられなくて……助けなくても無事だったけど、あの時は全然大丈夫に見えなかったんだよ」
「ジャルド。きみはまだ子どもだ。もし、また同じような場面に遭遇することがあったら、すぐに大人に知らせるんだ。私が近くにいれば私に。助ける対象が誰であっても」
リージェイクと見つめ合う。
「きみは、凱だから助けたかったのか?」
凱だから……?
それはある。
でも……。
「リージェイクだったとしても、同じように思ったよ。もちろん、烈でも。館のみんなでも」
僕の仮定に、烈が嫌そうに眉をひそめる。
「たとえ知らない人だって、助けが必要で、僕に出来るなら助けたいと思うよ」
リージェイクの表情が微かに険しくなる。
「何? どこかおかしい?」
「いや。正義感が強いのは悪いことじゃない。ただ……」
リージェイクはいったん言葉を止めて前を向いた。
「ただね。そのためにきみが傷つく結果になったら、助けられたほうはよけいに苦しむかもしれない。逆の立場になって考えてみて」
誰かが僕を助けるために傷ついたら……自分のせいだと思うだろう。
そして、苦しむ。
実際に傷つけたのは僕じゃなくて、そもそもの原因である悪い人間だとしても。
「うん……わかった」
「それに、自分に被害のない悪に踏み込み過ぎると、歯止めが効かなくなる。そうなると……不要な怒りが心を喰らう。まともな判断が出来なくなるんだ。だから、気をつけてほしい」
一瞬ドキッとした。
前みたいに、計画中の復讐のことが頭に浮かんだから。
リージェイクの向こう隣を歩く烈が、僕に目配せをする。
一緒に会話を聞いていた烈の脳裏にも、僕と同じことが過ったんだろう。
烈には烈の計画がある。
「気をつけるよ」
これ以上話が深まらないように言った。
「リージェイクって保護者みたい」
「きみが心配なんだ。突然ここにいることになって、ショウたちだけじゃ気が回らないところもあるだろう。汐と奏子の両親も今いないしね」
「ありがとう。今……一緒に来てくれたことも」
「私も凱が心配だった」
リージェイクが烈を見やる。
「烈。この1年の間にも、こういうことはあったのか?」
「こんな特殊なのはなかったよ。普通のケガはあったけど」
ためらいがちに、烈が続ける。
「一度……丸2日連絡なくて、3日目に生傷と痣だらけで帰って来た。肋骨3本ヒビ入って、指2本折って……私刑されたって」
性的じゃない暴力の威力を想像して、思いきり顔をしかめた。
「あとは、ケンカで殴られたとかそういうの。凱は、聞けば答えるけど自分からは言わないから……僕が気づかないだけで、ほかにもあるかも。」
「そうか……」
リージェイクが静かに溜息をついた。
「リージェイク……」
「ん?」
「僕からも、ありがと」
烈の言葉に、リージェイクが微笑んだ。
それきり、僕たちは無言で館までの道のりを歩いた。
リージェイクに背負われた凱は、ちゃんと制服を着て。ペンダントとピアスもつけて、靴も履いていた。
きっと、リージェイクが凱の身なりを全部整えてあげたんだろう。
そして、ちゃんと立つのもままならない凱を背負っている。
リージェイクは、凱より10センチ以上背が高いし、身体もそこそこ鍛えているから。凱を背負って歩くのもさほど大変じゃなさそうだ。
ただ。
大人と変わらないサイズの高校生が背負われているのを見ることはあまりないからか、どこか妙な感じがする。
小屋を出て暫くは、疲れ果ててぐったりしてはいたものの意識はあった凱だけど。私道に出てほどなくして、眠りに落ちた。
リージェイクの背にもたれて眠る凱は、ひどく幼く見える。
ここにいる4人の中で一番年上なのに。
そして、これまでに誰よりも冷酷な行為を行ってきているはずなのに。
瞳を閉じたその顔は、無垢な子どもみたいにあどけなかった。
私道に出る直前に、路肩の草むらにあった凱の制服のジャケットを回収した。
その時、凱は僕と視線を合わせて片目をつぶった。
きっと。投げ置かれたジャケットは、凱の残したメッセージだったんだろう。
今夜、あの東屋に来るはずの僕への……異変を知らせるメッセージ。
友だちだっていうあの男が今一緒にいることを伝えるために、そこを通る時に脱ぎ捨てていったのか。
僕が来る前に問題なくあの男が帰れば、その時にジャケットは拾っておけばいい。
前日に天体望遠鏡があった場所にジャケットがあることで、僕は確かに異変を感じた。
何かの警告……気をつけろ!のシグナルだと思った。
そして。
あの現場を見て、ジャケットは凱から僕へのSOSだったんだって……。
助けはいらないと言った凱は『予定外のことが起きたから来るな』ってつもりだったんだろう……そう、後になって思ったけど。
実際の目的は、凱にしかわからない。
どんな行為も、状況から見て他人が認識することと、本人の意図したことが同じとは限らない。
何にでも、本人にしかわかり得ないことがある。
凱と、話がしたい……。
「………………のか?」
考えごとをしながらボーっと歩いていて、リージェイクの言葉を聞き逃した。
「え? ごめん……何?」
僕の視線が自分に留まるのを待って、リージェイクが繰り返す。
「凱が止めなかったら、ひとりで助けに入るつもりだったのか?」
「うん。だって……本当に凱がどうにかなっちゃいそうだったから……」
チラリと見やった凱は、平和そうな寝顔で揺られている。
「結局は助けられなくて……助けなくても無事だったけど、あの時は全然大丈夫に見えなかったんだよ」
「ジャルド。きみはまだ子どもだ。もし、また同じような場面に遭遇することがあったら、すぐに大人に知らせるんだ。私が近くにいれば私に。助ける対象が誰であっても」
リージェイクと見つめ合う。
「きみは、凱だから助けたかったのか?」
凱だから……?
それはある。
でも……。
「リージェイクだったとしても、同じように思ったよ。もちろん、烈でも。館のみんなでも」
僕の仮定に、烈が嫌そうに眉をひそめる。
「たとえ知らない人だって、助けが必要で、僕に出来るなら助けたいと思うよ」
リージェイクの表情が微かに険しくなる。
「何? どこかおかしい?」
「いや。正義感が強いのは悪いことじゃない。ただ……」
リージェイクはいったん言葉を止めて前を向いた。
「ただね。そのためにきみが傷つく結果になったら、助けられたほうはよけいに苦しむかもしれない。逆の立場になって考えてみて」
誰かが僕を助けるために傷ついたら……自分のせいだと思うだろう。
そして、苦しむ。
実際に傷つけたのは僕じゃなくて、そもそもの原因である悪い人間だとしても。
「うん……わかった」
「それに、自分に被害のない悪に踏み込み過ぎると、歯止めが効かなくなる。そうなると……不要な怒りが心を喰らう。まともな判断が出来なくなるんだ。だから、気をつけてほしい」
一瞬ドキッとした。
前みたいに、計画中の復讐のことが頭に浮かんだから。
リージェイクの向こう隣を歩く烈が、僕に目配せをする。
一緒に会話を聞いていた烈の脳裏にも、僕と同じことが過ったんだろう。
烈には烈の計画がある。
「気をつけるよ」
これ以上話が深まらないように言った。
「リージェイクって保護者みたい」
「きみが心配なんだ。突然ここにいることになって、ショウたちだけじゃ気が回らないところもあるだろう。汐と奏子の両親も今いないしね」
「ありがとう。今……一緒に来てくれたことも」
「私も凱が心配だった」
リージェイクが烈を見やる。
「烈。この1年の間にも、こういうことはあったのか?」
「こんな特殊なのはなかったよ。普通のケガはあったけど」
ためらいがちに、烈が続ける。
「一度……丸2日連絡なくて、3日目に生傷と痣だらけで帰って来た。肋骨3本ヒビ入って、指2本折って……私刑されたって」
性的じゃない暴力の威力を想像して、思いきり顔をしかめた。
「あとは、ケンカで殴られたとかそういうの。凱は、聞けば答えるけど自分からは言わないから……僕が気づかないだけで、ほかにもあるかも。」
「そうか……」
リージェイクが静かに溜息をついた。
「リージェイク……」
「ん?」
「僕からも、ありがと」
烈の言葉に、リージェイクが微笑んだ。
それきり、僕たちは無言で館までの道のりを歩いた。
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