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第7章 対話

オレは平気

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 きれいに血を拭き取られたかいの背中を見ていた。

 館に戻る前、最後に見た時から3つ増えた咬み痕。
 あの後も、凱が男に責め続けられた跡だ。



 凱はどうやって苦痛に耐えたんだろう。
 恐怖は……なかったんだろうか。

 今見る限り、凱からあの男への怒りは感じない。
 屈辱感とか悔しさとか、後悔とか悲壮感とか……そういったネガティブ感を、凱はまとっていなかった。



「凱。正面向いて」

 れつがそう言うと、凱はなんとか反転できるくらい身体を持ち上げた。
 急いでバスタオルを取って、凱の背中にかぶせる。

 濡れたベンチにタオルごと仰向けに寝転ぶ凱の身体を見て、烈が不快そうに首を振る。

 両側の胸の上、鎖骨から腕の内側にかけての乾いた血の肌。
 そして、喉から胸の間に赤い線。
 あと……。

「あ、そーだ。烈。そこのネクタイ取って。指に力が入んなくて取れなかったんだった」

 ペニスの根元を縛ってあったネクタイは、ずれて先に引っかかっている。

 烈は大げさに溜息をついて、結び目を解く。

「ほんとに変態だね。こんなことして何が楽しいのかわからない」

「オレはちっとも楽しんでねぇよ。なあ?」

「うん……」

 凱に同意する。



 確かに、凱は楽しんではいなかった。
 苦痛に叫ぶ姿は、見ているだけでつらかった。
 悪夢が去った今でも、その痛々しい傷痕を目にすると気が滅入る。

 なのに……。



「凱は……どうして平気なの? 嫌じゃないの?」

 凱が目を眇める。

「平気ってどこが? オレが傷ついてねぇように見えんの?」

 言葉に詰まった。

「嫌に決まってんだろ。突っ込まれんのはともかく……」

 外されたネクタイを目の前に翳して、凱が続ける。

「これはけっこうキツいんだぜ。見てたんだから知ってるよな」

「ごめん……」

 バカなこと言った。

 そうだよね。
 いくら凱だって……。

 バシャッ……!

「うあっつ!」

 突然、凱の身体にかけられた水。
 その出どころは、後ろに立つリージェイクの持つペットボトルだ。

「ジャルドをからかうな」

「いやさ、出せねぇまま延々とイカされんのは、マジでおかしくなんだろ。おかげで、飛びながらジャルドに話せたけど」

「凱」

「はーっ……」

 リージェイクに移していた視線を僕に戻し、凱が笑う。

「ごめんね、ジャルド。身体に傷はあるけどさーおまえの言う意味じゃ、オレは平気。なんも傷ついちゃいねぇよ」

 黙って凱を見つめる。

「あんなセックスは嫌だし、痛いのも好きじゃねぇけど……目的のためなら、オレは何を犠牲にしてもいーの」

「何でも……?」

「オレがどーにか出来るもんならねー。だから、苦痛にも屈辱にも耐えられる」

 苦痛と屈辱……。

「いっ! ッてーな、烈。おまえ、わざと雑にしてんだろ」

「苦痛に耐えられるんでしょ?」

「必要なら、だよ」

 バサッ。

 リージェイクの手から、凱の胸より下に今度はバスタオルがかけられる。
 季節は秋でも長時間裸でいて、水で濡れていれば寒いはず。

 凱の身体の表面の血を手早く拭き取った。
 左右の鎖骨の下にある三つの楕円に烈が消毒して、咬み傷の手当は終わりだ。

「凱。ほかにどこかやられたか?」

 リージェイクが聞いた。

「ほかー? ケツの穴が痛い」

「……ほかには」

「手首が痛い……のと、指がしびれてる……」

「縛られたところに力をかけてたせいだな」

「あとはー……」

「針……針を刺されてた」

 思わず口を挟んだ。

「あーそーそー。ドS男に注射針ぶっ刺されたんだった」

 凱が両腕を上げる。

 二の腕の内側に。こぼれた血の跡と、針穴の傷が左右合わせて四つ。
 眉間に皺を寄せて、烈が消毒する。

「僕、こういうのほんと嫌だ。どうしてこんなことするの?」

「オレに聞くなよ。参考書と一緒に注射針持ち歩くヤツの思考回路なんて、わかるわけねぇだろ」

「友だちなんでしょ?」

「まーねー。でも、相手を血まみれにしてやるのが好き?なんて聞かねぇじゃん。普通」

「凱はさ、いろんなリスク込みで好き勝手してるんだよね?」

「そーね。リスクゼロってのはあんまねぇしな」

「怖くない?」

「怖い……かぁ」

 凱が、顎を引いて自分の身体につけられた傷を見回した。

「こーゆー結果になんのは怖くねぇよ。オレが怖いのは……リスクにビビって諦めちゃうこと……あ。今はジェイクが怖い」

 リージェイクに目を向ける凱につられ、僕と烈も彼を見る。


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