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第6章 目の前の悪夢
警告のシグナル
しおりを挟む 午後9時ちょっと前。
館から大通りに向かって私道を下り、森に入った。
最初は普通に歩いていたけど、今は小走りだ。
約束の時間があるわけじゃない。
昨夜よりも早い時刻。
なのに、急いでいる。
何か……嫌な予感がして。
ひとつめは。
リージェイクと話していた時に感じた、頭と心の不調和だった。
普段ならうかつに言葉に出さないようなことを口走っちゃうのは、ほかの何かに気を取られているせい。
自分の思考がどうもかみ合わなくて、胸が騒いだ。
その胸騒ぎの原因が、僕の気を取る何かだ。
考えられるのは、今夜会う予定の凱のこと。
初めてちゃんと向き合う彼に、聞きたいことがたくさんあった。
ただ、その期待にソワソワしていただけなのか。
それとも、嫌な予感を感じる何かが、僕と凱の間に起ころうとしているのか。
二つ目は。
昨夜来た時に天体望遠鏡があった場所……そこから森に入って東屋に辿り着いた私道の路肩に、天体望遠鏡がなかったこと。
それだけなら、気にならない。
代わりに、深緑のジャケットがあった。
胸の校章……このジャケットは、夕食会に現れた凱が手に持っていたものと同じ。
少なくとも、同じ学校の生徒の制服だ。
それは置いてあるんじゃなくて、脱ぎ捨てられたように草にひっかかって落ちていた。
そのジャケットを見た瞬間、これは何か不穏なことへの警告のシグナルだと思った。
そろそろカンテラの明かりが見えてくるはずのところで、叫び声を聞いた。
昨夜とは違う、はっきりと人の声だってわかる音。
誰の……!?
足を止めなかった。
叫び声は、三つ目のシグナルだ。
闇の中に東屋の輪郭がぼんやり見えてくる。
カンテラがない。
これは四つ目のシグナル……?
東屋にカンテラがないのは、そこに人がいないから。
凱がまだ来ていないんだったら、別におかしなことじゃない。
だけど……。
胸騒ぎ。
昼間はなかった制服のジャケット。
叫び声。
警告は誰へのもの?
僕か……凱か。
ほかの誰かか。
東屋に着き、テーブルに両手をついた。
ここまでの残り50メートルほど、暗い森の中で転ばない程度に全力で走って来たせいで、息が上がっていた。
プラス。
膨れた嫌な予感と不安で、鼓動の速さが指先でもわかるくらいだった。
「あうっ……! っや……ああ……!」
弾かれたように、その声のほうに目をやった。
四角い明かり。
小屋Bの……凱の拠点の小屋の窓。
大きく息を吸って、吐く。
目をつぶると、昨夜の光景が目に浮かんだ。
凱と女のセックスシーン。
セックスは動物にとって必要な行為。
人間にとっては、種の保存以外に快楽を得る目的もある。
足が竦んだ。
恐怖を感じた。
出来ればもう見たくない。
だけど……。
僕は20メートルほど離れた小屋へと足を進める。
「や……めろ……くっ……あああ……! うっ……あッ!」
昨夜の声よりもはるかに苦しみを帯びた声が、小屋から聞こえる。
小屋の中に人がいる。
普通に考えれば二人。
もしかしたら、それ以上の人間が。
ひとりしかいないってことはないはず。
そして、そのうちのひとりが……苦痛を与えられている。
それが僕の勘違いで、苦痛じゃない可能性もある。
昨夜みたいに。
セックスでは、苦痛じゃなく快感で叫ぶこともあるんだろう。
与えられる快感が、抑えられない声を上げさせることも知っている。
それでも。
その行為そのものが怖かった。
だけど。
今は……確かめなきゃ。
小屋の中で行われていることを。
それがセックスなら。ちゃんと、二人の意志で行われていることを。
合意のないセックスなら……止めなきゃ。
何が行われているにしても。
苦痛に満ちた声の主を、助けなきゃと思った。
叫びは男の声だった。
凱の、叫び声だ。
館から大通りに向かって私道を下り、森に入った。
最初は普通に歩いていたけど、今は小走りだ。
約束の時間があるわけじゃない。
昨夜よりも早い時刻。
なのに、急いでいる。
何か……嫌な予感がして。
ひとつめは。
リージェイクと話していた時に感じた、頭と心の不調和だった。
普段ならうかつに言葉に出さないようなことを口走っちゃうのは、ほかの何かに気を取られているせい。
自分の思考がどうもかみ合わなくて、胸が騒いだ。
その胸騒ぎの原因が、僕の気を取る何かだ。
考えられるのは、今夜会う予定の凱のこと。
初めてちゃんと向き合う彼に、聞きたいことがたくさんあった。
ただ、その期待にソワソワしていただけなのか。
それとも、嫌な予感を感じる何かが、僕と凱の間に起ころうとしているのか。
二つ目は。
昨夜来た時に天体望遠鏡があった場所……そこから森に入って東屋に辿り着いた私道の路肩に、天体望遠鏡がなかったこと。
それだけなら、気にならない。
代わりに、深緑のジャケットがあった。
胸の校章……このジャケットは、夕食会に現れた凱が手に持っていたものと同じ。
少なくとも、同じ学校の生徒の制服だ。
それは置いてあるんじゃなくて、脱ぎ捨てられたように草にひっかかって落ちていた。
そのジャケットを見た瞬間、これは何か不穏なことへの警告のシグナルだと思った。
そろそろカンテラの明かりが見えてくるはずのところで、叫び声を聞いた。
昨夜とは違う、はっきりと人の声だってわかる音。
誰の……!?
足を止めなかった。
叫び声は、三つ目のシグナルだ。
闇の中に東屋の輪郭がぼんやり見えてくる。
カンテラがない。
これは四つ目のシグナル……?
東屋にカンテラがないのは、そこに人がいないから。
凱がまだ来ていないんだったら、別におかしなことじゃない。
だけど……。
胸騒ぎ。
昼間はなかった制服のジャケット。
叫び声。
警告は誰へのもの?
僕か……凱か。
ほかの誰かか。
東屋に着き、テーブルに両手をついた。
ここまでの残り50メートルほど、暗い森の中で転ばない程度に全力で走って来たせいで、息が上がっていた。
プラス。
膨れた嫌な予感と不安で、鼓動の速さが指先でもわかるくらいだった。
「あうっ……! っや……ああ……!」
弾かれたように、その声のほうに目をやった。
四角い明かり。
小屋Bの……凱の拠点の小屋の窓。
大きく息を吸って、吐く。
目をつぶると、昨夜の光景が目に浮かんだ。
凱と女のセックスシーン。
セックスは動物にとって必要な行為。
人間にとっては、種の保存以外に快楽を得る目的もある。
足が竦んだ。
恐怖を感じた。
出来ればもう見たくない。
だけど……。
僕は20メートルほど離れた小屋へと足を進める。
「や……めろ……くっ……あああ……! うっ……あッ!」
昨夜の声よりもはるかに苦しみを帯びた声が、小屋から聞こえる。
小屋の中に人がいる。
普通に考えれば二人。
もしかしたら、それ以上の人間が。
ひとりしかいないってことはないはず。
そして、そのうちのひとりが……苦痛を与えられている。
それが僕の勘違いで、苦痛じゃない可能性もある。
昨夜みたいに。
セックスでは、苦痛じゃなく快感で叫ぶこともあるんだろう。
与えられる快感が、抑えられない声を上げさせることも知っている。
それでも。
その行為そのものが怖かった。
だけど。
今は……確かめなきゃ。
小屋の中で行われていることを。
それがセックスなら。ちゃんと、二人の意志で行われていることを。
合意のないセックスなら……止めなきゃ。
何が行われているにしても。
苦痛に満ちた声の主を、助けなきゃと思った。
叫びは男の声だった。
凱の、叫び声だ。
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