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第5章 探索と調査と忠告と
館の庭で
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目的を達成するためには、どんな犠牲をも厭わない。
そう考える人間はたくさんいるだろう。
その考えのもとに行動する人間も、たくさんいるはずだ。
けれども。
現実に選択を迫られた時、実際にどこまでの犠牲を払えるのか。
掲げた目的を、自分がどのくらい切望しているか。
その目的達成で得られるものは、払う犠牲に見合う価値があるのか。
目的と犠牲を天秤にかけるなら、その目的は最優先のものじゃない。
自分にとって最優先の目的なら、それを達成するために払う犠牲の重さなんか考慮しない。
天秤がどっちにどれだけ傾こうが、犠牲を払うことに迷いはないからだ。
自分の目的達成のために、僕は全てを差し出せるだろうか。
森の探索と小屋Aの調査を終え。館で遅めのランチを食べたあと、庭に出た。
朝から昼過ぎまで森を歩き回ったから、午後は室内にいようと思っていたけど。修哉さんが庭のほうへ行くのを見かけたからだ。
館と庭の間にある小径に沿って歩いていくと、フェンスに2辺を囲まれた一画がある。
そこに、修哉さんはいた。
フェンスに絡めたつるバラの手入れをしている。
「こんにちは」
「おう、ジャルド。ここの居心地はどうだ?」
修哉さんが僕に笑顔を向ける。
「いいです。みんなよくしてくれるし、ご飯もおいしいし」
「そりゃよかった。ショウと綾の料理の腕はいい」
「修哉さんと凱の作ったカレーもすごくおいしかった」
「ははっ。オレが作れるのはそんなのだけだ」
話しながら。修哉さんはバラに視線を戻し、作業を続ける。
鉄製のフェンスの枠に、バラのつるを剪定しつつ誘導し直して留めていくようだ。
「男も料理をすべきだってのがショウの持論でな。オレと梓んとこの若いのと凱が食事当番の日は、だいたいカレーだ。まあ、子どもはカレー好きで助かる」
「奏子と烈と、友だちになりました。汐とは、まだほとんど話したことないけど」
「汐は今忙しくて、自由な時間がほとんどない。まだ15なのに……継承者ってのは|難儀だな。おっと、おまえとジェイクもか」
「僕はまだ特に何もしてないよ。リージェイクはラストワにいろいろ言われてるけど」
修哉さんの気さくな喋り方につられて、僕もくだけた言葉遣いになる。
丁寧語だと、どうしても他人行儀な気がするからちょうどいい。
修哉さんに聞きたいことがある。
そのためにも、彼との距離を縮めたかった。
「最近、ラストワとリージェイクの意見が合わないみたい」
「ジェイクは芯が強いからな。自分の信念を簡単に曲げない。あの年でああも達観されちゃあ、ラストワも手を焼いてるだろう。凱とは別の意味でな」
ちょっとためらったあと、口を開く。
「リージェイクと凱の間に……何があったの? 修哉さん、知ってるんでしょ?」
修哉さんはチラリと僕を見る。
「二人の仲がよくないって、ショウにでも聞いたか?」
「リージェイクに。1年前まで一緒にいて、いろいろあって、僕に……凱には気をつけろって」
「……そうか」
パチン。パチン。
暫しの間、修哉さんがバラのつるを切る音だけが響く。
「ショウが凱と烈を連れてここに来て4年半。その頃、ラストワが引き取ったジェイクをここに預けていた。オレは子どもたちを見てきた。父親代わりとまではいかないが……あいつらのことはよく知ってる。凱とジェイクは中学から高校の3年間、寮でもここでも一緒だった」
パチン。パチン。
「2年目に、凱が変わった。いや。変わっちまうようなことが起きたっていうほうが正しいか」
「聞いたよ。暴行事件を起こしたって……内容は聞かなかったけど」
「……聞かなくて正解だ」
修哉さんのハサミが止まる。
「オレは呼び出されたショウの代理で学校に行って、事件を知らされた。もう全てが処理されたあとだったが」
「その事件のことで……修哉さんは凱を責めた?」
「いや」
僕と修哉さんの視線がぶつかる。
「凱のやったことは犯罪だ。悪いことだってのは、あいつ自身重々承知してる。だがな、それでもそうしちまった気持ちがわかったからよ。オレにあいつを責める資格はないだろう」
ああ、そうか。
この人は、凱の気持ちを理解して認めたんだ。だから、きっと凱も修哉さんを認めてるんだろう。
でも……。
「リージェイクは……凱の気持ちはわかっても、認めなかった……」
確認するように言った。
「だから、いろいろひどいことをしたんでしょ? 凱はリージェイクに何をしたの?」
「ジャルド。おまえがそれを知っても、二人の仲は変わらんぞ」
「二人を仲直りさせたいんじゃない。僕が知りたいんだ。凱のことを」
真剣な僕の瞳を、修哉さんがじっと見つめる。
「話してほしい。烈に聞くつもりだったけど……」
「烈には聞くな。子どもにはきつい」
そう言って、修哉さんは溜息をついた。
「おまえにもだ。おふくろの事件を思い出すぞ」
一瞬、ぴくっと眉を寄せた。
「話してください。母のことは、大丈夫です」
短い沈黙のあと。無言で頷くと、修哉さんがフェンスの向こうを手で示す。
「あっちに座ろう」
僕たちは、作業台のそばにあるベンチに腰を下ろした。
そう考える人間はたくさんいるだろう。
その考えのもとに行動する人間も、たくさんいるはずだ。
けれども。
現実に選択を迫られた時、実際にどこまでの犠牲を払えるのか。
掲げた目的を、自分がどのくらい切望しているか。
その目的達成で得られるものは、払う犠牲に見合う価値があるのか。
目的と犠牲を天秤にかけるなら、その目的は最優先のものじゃない。
自分にとって最優先の目的なら、それを達成するために払う犠牲の重さなんか考慮しない。
天秤がどっちにどれだけ傾こうが、犠牲を払うことに迷いはないからだ。
自分の目的達成のために、僕は全てを差し出せるだろうか。
森の探索と小屋Aの調査を終え。館で遅めのランチを食べたあと、庭に出た。
朝から昼過ぎまで森を歩き回ったから、午後は室内にいようと思っていたけど。修哉さんが庭のほうへ行くのを見かけたからだ。
館と庭の間にある小径に沿って歩いていくと、フェンスに2辺を囲まれた一画がある。
そこに、修哉さんはいた。
フェンスに絡めたつるバラの手入れをしている。
「こんにちは」
「おう、ジャルド。ここの居心地はどうだ?」
修哉さんが僕に笑顔を向ける。
「いいです。みんなよくしてくれるし、ご飯もおいしいし」
「そりゃよかった。ショウと綾の料理の腕はいい」
「修哉さんと凱の作ったカレーもすごくおいしかった」
「ははっ。オレが作れるのはそんなのだけだ」
話しながら。修哉さんはバラに視線を戻し、作業を続ける。
鉄製のフェンスの枠に、バラのつるを剪定しつつ誘導し直して留めていくようだ。
「男も料理をすべきだってのがショウの持論でな。オレと梓んとこの若いのと凱が食事当番の日は、だいたいカレーだ。まあ、子どもはカレー好きで助かる」
「奏子と烈と、友だちになりました。汐とは、まだほとんど話したことないけど」
「汐は今忙しくて、自由な時間がほとんどない。まだ15なのに……継承者ってのは|難儀だな。おっと、おまえとジェイクもか」
「僕はまだ特に何もしてないよ。リージェイクはラストワにいろいろ言われてるけど」
修哉さんの気さくな喋り方につられて、僕もくだけた言葉遣いになる。
丁寧語だと、どうしても他人行儀な気がするからちょうどいい。
修哉さんに聞きたいことがある。
そのためにも、彼との距離を縮めたかった。
「最近、ラストワとリージェイクの意見が合わないみたい」
「ジェイクは芯が強いからな。自分の信念を簡単に曲げない。あの年でああも達観されちゃあ、ラストワも手を焼いてるだろう。凱とは別の意味でな」
ちょっとためらったあと、口を開く。
「リージェイクと凱の間に……何があったの? 修哉さん、知ってるんでしょ?」
修哉さんはチラリと僕を見る。
「二人の仲がよくないって、ショウにでも聞いたか?」
「リージェイクに。1年前まで一緒にいて、いろいろあって、僕に……凱には気をつけろって」
「……そうか」
パチン。パチン。
暫しの間、修哉さんがバラのつるを切る音だけが響く。
「ショウが凱と烈を連れてここに来て4年半。その頃、ラストワが引き取ったジェイクをここに預けていた。オレは子どもたちを見てきた。父親代わりとまではいかないが……あいつらのことはよく知ってる。凱とジェイクは中学から高校の3年間、寮でもここでも一緒だった」
パチン。パチン。
「2年目に、凱が変わった。いや。変わっちまうようなことが起きたっていうほうが正しいか」
「聞いたよ。暴行事件を起こしたって……内容は聞かなかったけど」
「……聞かなくて正解だ」
修哉さんのハサミが止まる。
「オレは呼び出されたショウの代理で学校に行って、事件を知らされた。もう全てが処理されたあとだったが」
「その事件のことで……修哉さんは凱を責めた?」
「いや」
僕と修哉さんの視線がぶつかる。
「凱のやったことは犯罪だ。悪いことだってのは、あいつ自身重々承知してる。だがな、それでもそうしちまった気持ちがわかったからよ。オレにあいつを責める資格はないだろう」
ああ、そうか。
この人は、凱の気持ちを理解して認めたんだ。だから、きっと凱も修哉さんを認めてるんだろう。
でも……。
「リージェイクは……凱の気持ちはわかっても、認めなかった……」
確認するように言った。
「だから、いろいろひどいことをしたんでしょ? 凱はリージェイクに何をしたの?」
「ジャルド。おまえがそれを知っても、二人の仲は変わらんぞ」
「二人を仲直りさせたいんじゃない。僕が知りたいんだ。凱のことを」
真剣な僕の瞳を、修哉さんがじっと見つめる。
「話してほしい。烈に聞くつもりだったけど……」
「烈には聞くな。子どもにはきつい」
そう言って、修哉さんは溜息をついた。
「おまえにもだ。おふくろの事件を思い出すぞ」
一瞬、ぴくっと眉を寄せた。
「話してください。母のことは、大丈夫です」
短い沈黙のあと。無言で頷くと、修哉さんがフェンスの向こうを手で示す。
「あっちに座ろう」
僕たちは、作業台のそばにあるベンチに腰を下ろした。
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