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第4章 協力者

友だち

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 自分の部屋に移った次の日の今日。
 10月21日の日曜日。
 予定通り、朝食後にれつの部屋をノックした。

「どうぞ」

 先に自室へと引き上げていた烈が、僕を招き入れる。

「お邪魔します」

 部屋に一歩踏み入れたところで、驚いて足を止めた。

 隣の僕の部屋と、シンクやバスルームの配置が逆なだけで間取りは同じ。
 12帖ほどの部屋の2辺の壁はほぼ本棚で覆われていて。もちろん、中には書籍が詰まっている。

 まるで学者の書斎みたいだ。

「すごい……ね」

「本が好きなだけ。情報はパソコンでも探せるけど、僕はこっちのほうが好きなんだ」

 ローテーブルの上にあった本を窓際のデスクに片づけながら、照れたように烈が言う。

「ここでいいかな」

 床に敷かれた青いラグマットの上に、烈がローテーブルを移動させる。

「部屋に誰かを呼んだことなくて……居心地悪かったらごめん」

「全然問題ないよ」

 僕たちはローテーブルを挟んでラグに腰を落ち着けた。

「………………」

「………………」



 ん……と。
 何を話したら……。
 烈は人見知りだっていうから、ここは僕が話しかけないと……。

 そうだ!
 本!
 本を借りに来たんだった。



 沈黙を破ろうと口を開きかけたその時。

「あのさ」

 烈が先に声を発した。

「僕、別に人見知りとかじゃないから」

 え……?

「母さんがそう思ってるのは、僕がそう思われるようにしてるせい」

 烈がにっこりと笑う。

 そういえば。
 昨夜の烈は僕の瞳をちゃんと見て喋っていたし、今もオドオドした感じは全くない。

「何で……わざわざ?」

「人見知りとか引っ込み思案な子って、どういうイメージがある?」

 烈は僕の質問に問い返した。
 暫し考える。

「人と話すのが苦手で、物事に消極的。あとは、臆病そう……とか?」

「みんな、だいたいそうだよね。いい面では、人を騙したり裏切ったりしない。デリケートで誠実で。黙って人を観察する、人を見る目がある人間ってとこ」

「へえ……」

「そう思われるのって、いろいろ便利だから」

 本に囲まれたこの部屋を目にした以上に驚いていた。

 何故なら……。

「じゃあ、人見知りに見せかけてる本当のきみは、臆病でも消極的でも誠実でもデリケートでもないんだ」

「でも、人を見る目はあるよ」

 僕の言葉を、烈は否定しない。

 ショウやほかの人のいるところで見た烈は、本性を隠した擬態だったってことか。

「僕に、本当のきみを見せるのはどうして?」

「ジャルドと友だちになりたいから」

 無言で烈を見つめた。



 彼の真意がわからない。

 友だち自体の意味や存在意義を、よくわかっていないのかもしれない。
 当たり障りのない人間関係の築き方や処世術は教わったけど……人と深く関わる方法やその理由は、実践しないと学べないものなんだろう。

「うん。烈。友だちになろう」

 そう言うと、烈が右手を差し出した。
 その手を取って、握手する。
 僕たちは笑い合った。

 純粋に仲良くなりたいだけじゃないってことを、僕も烈もわかってる。
 僕には僕の、烈には烈の思惑がある。

 それでいいと思った。

「さて、と。じゃあ、さっそく聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 素の烈は、積極的だ。

「いいよ。何?」

「きみのお母さんを殺したヤツらに、復讐したいって思った?」

 いきなりこの質問。

「思ったよ。刑務所に入っちゃったから、もう出来ないけど」

 ダイレクトに答えた。

 凱だけじゃなく烈も。館のほかの人たちも、母が殺された事件を知ってる。
 だけど、その詳細は知らない。
 僕の心情も。

「あの男たちに、生きる価値なんかない」

 冷たい声で言い放った僕をじっと見つめたまま、烈が頷いた。

「ありがとう。つらくさせたなら、ごめん」

「ううん。平気だよ」

「でも、この前の……かいの言ったことはひどかった」

 眉をひそめて、烈が呟く。

「みんなそう思ったよ。いくら凱でも」

「ああ、あれは……僕が傷つくようなことを言って反応を見たかっただけだと思う」

「見てどうするの? 悪趣味だよ」

 それはそうだ。
 凱は何がしたかったんだろう。
 僕が傷ついて泣けば満足だったのか……?

「でも、僕には好都合だったかな」

 え?

 僕の眉間にも皺が寄る。

「ジャルドなら、僕の協力者になれるって確信出来たから」

「え……?」

 疑問と驚きを、今度は声に出した。

 烈も、僕みたいに……協力者を探してる?
 
「烈は……何をするのに協力者が必要なの?」

「うーん。何をする……かぁ。まだはっきりとは決めてないんだけど、絶対にやりたいことがあって。僕ひとりじゃ難しいんだ」

 ますます僕と同じだ。

「だから、協力してくれる人がほしい。冷酷になれて、賢くて……痛みを知ってるけど痛みを無視できる人……が、いいかな」

 口を開けた。
 言葉がすぐには出てこない。

 今の僕と同じようなことを考えて……僕と同じような協力者を欲している……。

「凱……は? 条件に合うし、お兄さんだし。力を貸してくれるんじゃない?」

 自分を重ねてそう言うと、烈はあっさり却下する。

「凱は無理」

「何で?」

「自分のやりたいようにしかやらないから」

「目的を説明して上手く頼めば?」

「事情は話せない。勝手に違うゲームを始められたら、手に負えなくなる。凱は……」

 烈が溜息をつく。

「どっかおかしくなるんだ。リージェイクから聞いてない? 凱にひどいことされたって。頭が良くて抜け目がないから、残酷になる時は容赦ないよ」

「ちょっとだけ話してくれた。凱は……心のない破壊者だって。でも、わざと心がないように見せてるだけなんじゃないかな」

「わざと……じゃあ、人をボロボロに傷つけながら、実は心を痛めてるって? そんなことする意味がわからない……」

 首を傾げた烈が、頭を振った。

「どっちにしても。凱に手を借りるのは……いろいろリスクが高すぎるんだ。だから、知られたくない。内緒にしておかないと困る人がいるから」

「きみのやりたいことって、誰かのためなの?」

「自分のためだよ」

 烈の瞳が光った気がした。

「僕が許せない。それだけ」

「わかるよ」

 僕をじっと見つめてから、烈が俯く。

 顔を上げた彼の瞳にはっきりとある暗い光は、今の僕の瞳にもきっとある。

「きみにも……許せない人間がいるの? あの……お母さんの仇以外に」

 烈が問う。

「凱みたいな……人を傷つけられる人間の手が必要なの?」

「僕は……」



 どうするのが賢明か。

 ここに来るまで知らなかった烈の素顔。
 彼は思ったより曲者だ。
 僕のヤツへの復讐に、協力者が必要なのは確かだ。

 僕より腕力と体力のある人間がほしいと思ったけど。
 凱に協力してほしいと思っているけど。

 僕と同じ考えを持つ烈は、一番の協力者になるかもしれない。



「僕にも、どうしてもやりたいことがある。手を貸してくれる人が必要だ。僕も……きみに協力してほしい」

 僕と烈はお互いを睨むように見つめ合う。

 相手の瞳に、自分にも宿っているだろう怒りの炎が見える。
 だけど。
 それは目の前にいる相手に対してじゃない。



 僕と烈は、同時に頷いて微笑んだ。


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