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第3章 危険な男
悪を制するために
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「自分が同じレベルまで堕ちて、相手を同じように苦しませることでしか救われない。そうするしかなかったんだ」
リージェイクが僕を見つめる。
「きみはそう思うの? そうするしかなかった。そうしたことで、凱は救われたって?」
「思うよ。だって、その人間はもうそれ以上罪を重ねない……それは救いでしょ?」
「ジャルド……きみは……」
リージェイクが微かに首を横に振る。
「凱と同じことを言う」
眉を寄せた。
凱と同じって言われたのが不愉快なんじゃない。
その意味を、考えていたから。
「自分が悪になってでも制したい悪がいる時、悪を制することを選ぶ気持ちを理解出来ないのかと聞かれたよ」
「それで?」
「理解は出来る。だけど、その行動は認めない。たとえそうしたいと思っても、僕はそれを実行しない……そう答えた」
「何で?」
問いを重ねる僕に、リージェイクが悲しい瞳で微笑んだ。
「悪になった自分を制するために、今度はまた別の誰かが悪になろうとする……そんな負の連鎖を、私は止めたかったから」
「そんなの、ただの偽善だ。自分だけ我慢すればいいなんて……泣き寝入りしてたら悪い人間がいい気になるだけじゃん!」
リージェイクがわからなくなった。
違う種類の人間のような気がしてきた。
そして。
危険なはずの凱のほうが、ずっと僕に近い考えの人間だと思った。
「悪い人間は許さない。誰も罰せないなら、僕がやってやる」
「きみは本当に……」
「凱と同じ? だったら、凱は危険でもなんでもないよ。それか、僕も危険な人間なんだ。リージェイクは、どんなことしても仕返ししてやりたいって思うくらいひどいことする人間に会ったことないの!?」
熱くなった僕が冷めるまで、リージェイクは黙ったままだった。
「凱を……嫌いなの?」
呟くように聞いた。
「嫌いじゃないよ」
「凱は? リージェイクのこと、嫌いになったのかな……」
「その件があってから、凱は私に証明しようとした。自分という悪を制するために、私が悪になり得ることを。つまり、凱が私にひどいことをすれば、私は凱を罰するために報復するはずだ……と」
ショウが言ってた『リージェイクを目の敵にしてて』って……そういうことか。
「何かされたの?」
「まあ……いろいろとね」
具体的な内容を、リージェイクは答えなかった。
「でも、やり返さなかったんでしょ?」
「うん。だけど、凱の行為は出来るかぎり止めたよ。彼の攻撃の対象が、私だけじゃなく……周りの人間にまで及んできたから」
「え……?」
「私に報復させるためだけに、何の罪もない人間を傷つける……きみには出来る?」
首を振って否定した。
悪いヤツ本人に同じ苦しみを……それは出来る。
その理由が怒りからでも憎しみからでも、ひどいことをした人間に報復するのに迷いはない。
だけど……。
たとえヤツへの復讐に効果的だとしても。
ヤツの周りにいるってだけで全く悪くない人間を傷つけるなんて、たぶん……出来ない。
「凱は、平気でそれをしてきたんだよ。だから、私は必要以上に人と関わらないようにした」
「それで終わったの?」
終わっていない。
そう思いながら、尋ねた。
「いや」
予想通りの答え。
「私自身を攻撃しても効果はなく、私の弱点になる人間もいない。そこで凱は、私には何を根拠に決めたのかわからない人間をターゲットにした」
「意味ないんじゃ……?」
「そう。私も彼に言ったよ。『僕は正義の味方じゃないから、きみを罰する気はない。何のために人を傷つけるんだ?』」
「凱は何て?」
「『傷つけてるんじゃなく、壊してる。おまえには関係ない。悪にするつもりはもうないから』それだけだ。実際に、その後も彼は人を壊し続けて……私にはどうすることも出来なかった」
僕たちは黙り込んだ。
凱が人を壊す理由を、僕は考えた。
夕食会の前も、リージェイクはわからないって言ったけど。知らないだけで、何か目的があったのかもしれない。
「……凱が壊した人間には、そうされる理由があったんじゃない? 学校の教師の時みたいに。リージェイクが知らない何かが……」
僕の言葉にかぶせるように、リージェイクが口を開く。
「理由? 人が壊される理由? そんなものはないんだ、ジャルド。凱が何のために人を壊すのか、私にはわからない。だけど、人を壊していい理由なんかない。さっきも話しただろう。悪を悪で制しても、悪はなくならないんだ」
「じゃあ、どうすればなくなるの!? それ以外に悪いヤツをいなくするいい方法があるなら、教えてよ。悪いヤツがひとり減るなら、そいつをやっつける悪がひとり増えるほうが全然いい」
また、ヒートアップした。
「警察とか、法的な刑罰とかじゃ十分じゃないくらい悪い人間もいる。そんなヤツは壊されて当然だ。危険なのは、凱じゃなくてそっちだよ!」
「……凱は危険だ」
リージェイクが静かに言った。
「人を破壊する彼の行為には、心がない。心がない人間は……危険だ」
心がない。
それは、つまり……自分で心がないように見せてるんだ。
自分で心を……心の一部を封印している……僕みたいに。
「凱には近づかないほうがいい」
僕がどうしてって聞く前に、リージェイクが答えを続ける。
「食事の時にわかっただろう? 彼はきみを気に入った」
「大丈夫だよ。僕は壊されない」
「そうじゃない」
リージェイクが深い息を吐いた。
「凱はきみに自分と同じ匂いを感じたんだ。お互いにわかり合えるかもしれないって」
「そう……かな……」
確かに。今のリージェイクの話を聞いていて、凱と同じ考えを持つ部分はある。
でも。
わかり合えるかどうかは微妙だ。
「きみと凱は違う。私は、彼に関わることできみに自分を見失ってほしくない。きみに……心ない破壊者になってほしくないんだ」
リージェイクを見つめた。
兄のように僕を心配してくれる彼は、本当にまだ気づいていないんだろうか。
僕の心の一部分はもうすでに封印済みで、切り捨てた部分もあって。
凱の存在がなくても、悪を制するために自分が……悪になろうとしていることを。
僕にリージェイクがよくわからなくなったように。この先は、リージェイクにも僕がわからなくなっていくんだろうと思って……淋しさを感じた。
一方。僕の中で、凱は『危険な男』から『協力者候補』になった。
凱の人を壊す能力は、僕のヤツへの復讐の役に立ちそうだ。
反面、それは僕を壊す危険性もあることはわかっている。
わかっていながらも、その『諸刃の剣』を手にしたいと思った。
リージェイクが僕を見つめる。
「きみはそう思うの? そうするしかなかった。そうしたことで、凱は救われたって?」
「思うよ。だって、その人間はもうそれ以上罪を重ねない……それは救いでしょ?」
「ジャルド……きみは……」
リージェイクが微かに首を横に振る。
「凱と同じことを言う」
眉を寄せた。
凱と同じって言われたのが不愉快なんじゃない。
その意味を、考えていたから。
「自分が悪になってでも制したい悪がいる時、悪を制することを選ぶ気持ちを理解出来ないのかと聞かれたよ」
「それで?」
「理解は出来る。だけど、その行動は認めない。たとえそうしたいと思っても、僕はそれを実行しない……そう答えた」
「何で?」
問いを重ねる僕に、リージェイクが悲しい瞳で微笑んだ。
「悪になった自分を制するために、今度はまた別の誰かが悪になろうとする……そんな負の連鎖を、私は止めたかったから」
「そんなの、ただの偽善だ。自分だけ我慢すればいいなんて……泣き寝入りしてたら悪い人間がいい気になるだけじゃん!」
リージェイクがわからなくなった。
違う種類の人間のような気がしてきた。
そして。
危険なはずの凱のほうが、ずっと僕に近い考えの人間だと思った。
「悪い人間は許さない。誰も罰せないなら、僕がやってやる」
「きみは本当に……」
「凱と同じ? だったら、凱は危険でもなんでもないよ。それか、僕も危険な人間なんだ。リージェイクは、どんなことしても仕返ししてやりたいって思うくらいひどいことする人間に会ったことないの!?」
熱くなった僕が冷めるまで、リージェイクは黙ったままだった。
「凱を……嫌いなの?」
呟くように聞いた。
「嫌いじゃないよ」
「凱は? リージェイクのこと、嫌いになったのかな……」
「その件があってから、凱は私に証明しようとした。自分という悪を制するために、私が悪になり得ることを。つまり、凱が私にひどいことをすれば、私は凱を罰するために報復するはずだ……と」
ショウが言ってた『リージェイクを目の敵にしてて』って……そういうことか。
「何かされたの?」
「まあ……いろいろとね」
具体的な内容を、リージェイクは答えなかった。
「でも、やり返さなかったんでしょ?」
「うん。だけど、凱の行為は出来るかぎり止めたよ。彼の攻撃の対象が、私だけじゃなく……周りの人間にまで及んできたから」
「え……?」
「私に報復させるためだけに、何の罪もない人間を傷つける……きみには出来る?」
首を振って否定した。
悪いヤツ本人に同じ苦しみを……それは出来る。
その理由が怒りからでも憎しみからでも、ひどいことをした人間に報復するのに迷いはない。
だけど……。
たとえヤツへの復讐に効果的だとしても。
ヤツの周りにいるってだけで全く悪くない人間を傷つけるなんて、たぶん……出来ない。
「凱は、平気でそれをしてきたんだよ。だから、私は必要以上に人と関わらないようにした」
「それで終わったの?」
終わっていない。
そう思いながら、尋ねた。
「いや」
予想通りの答え。
「私自身を攻撃しても効果はなく、私の弱点になる人間もいない。そこで凱は、私には何を根拠に決めたのかわからない人間をターゲットにした」
「意味ないんじゃ……?」
「そう。私も彼に言ったよ。『僕は正義の味方じゃないから、きみを罰する気はない。何のために人を傷つけるんだ?』」
「凱は何て?」
「『傷つけてるんじゃなく、壊してる。おまえには関係ない。悪にするつもりはもうないから』それだけだ。実際に、その後も彼は人を壊し続けて……私にはどうすることも出来なかった」
僕たちは黙り込んだ。
凱が人を壊す理由を、僕は考えた。
夕食会の前も、リージェイクはわからないって言ったけど。知らないだけで、何か目的があったのかもしれない。
「……凱が壊した人間には、そうされる理由があったんじゃない? 学校の教師の時みたいに。リージェイクが知らない何かが……」
僕の言葉にかぶせるように、リージェイクが口を開く。
「理由? 人が壊される理由? そんなものはないんだ、ジャルド。凱が何のために人を壊すのか、私にはわからない。だけど、人を壊していい理由なんかない。さっきも話しただろう。悪を悪で制しても、悪はなくならないんだ」
「じゃあ、どうすればなくなるの!? それ以外に悪いヤツをいなくするいい方法があるなら、教えてよ。悪いヤツがひとり減るなら、そいつをやっつける悪がひとり増えるほうが全然いい」
また、ヒートアップした。
「警察とか、法的な刑罰とかじゃ十分じゃないくらい悪い人間もいる。そんなヤツは壊されて当然だ。危険なのは、凱じゃなくてそっちだよ!」
「……凱は危険だ」
リージェイクが静かに言った。
「人を破壊する彼の行為には、心がない。心がない人間は……危険だ」
心がない。
それは、つまり……自分で心がないように見せてるんだ。
自分で心を……心の一部を封印している……僕みたいに。
「凱には近づかないほうがいい」
僕がどうしてって聞く前に、リージェイクが答えを続ける。
「食事の時にわかっただろう? 彼はきみを気に入った」
「大丈夫だよ。僕は壊されない」
「そうじゃない」
リージェイクが深い息を吐いた。
「凱はきみに自分と同じ匂いを感じたんだ。お互いにわかり合えるかもしれないって」
「そう……かな……」
確かに。今のリージェイクの話を聞いていて、凱と同じ考えを持つ部分はある。
でも。
わかり合えるかどうかは微妙だ。
「きみと凱は違う。私は、彼に関わることできみに自分を見失ってほしくない。きみに……心ない破壊者になってほしくないんだ」
リージェイクを見つめた。
兄のように僕を心配してくれる彼は、本当にまだ気づいていないんだろうか。
僕の心の一部分はもうすでに封印済みで、切り捨てた部分もあって。
凱の存在がなくても、悪を制するために自分が……悪になろうとしていることを。
僕にリージェイクがよくわからなくなったように。この先は、リージェイクにも僕がわからなくなっていくんだろうと思って……淋しさを感じた。
一方。僕の中で、凱は『危険な男』から『協力者候補』になった。
凱の人を壊す能力は、僕のヤツへの復讐の役に立ちそうだ。
反面、それは僕を壊す危険性もあることはわかっている。
わかっていながらも、その『諸刃の剣』を手にしたいと思った。
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